第11話 第八の依頼

 ある日、エニシのもとに手紙がやってくる。商務省特許庁からだ。

 内容は、昨年度に使用された特許のライセンス料をお知らせするものであった。

「そういえば、特許の使用料ってどのくらいのものだっけ?」

 そんなことを思いながら、エニシは文面を読む。

 そしてひっくり返った。使用料の合計金額は千五百ロンスだったからだ。

「はぁ!? なんでこんなに!?」

 正直、雀の涙ほどしか貰えないと思っていたエニシは今年一番驚いた。

 エニシは思わず内訳を見る。

 まず無銘剣ウィスパーケムの値段は百ロンスほど。月に平均二十五本売れたので、一年間で三万ロンス売り上げたことになる。その売上から特許の使用料として五パーセントが権利者に与えられる。

 よって、権利者のエニシには千五百ロンス入る計算だ。

「いや、これだけ入るなら、職人辞めても食っていけるわ……。てかそもそも、無銘剣ウィスパーケムってそんなに売れてるのか……」

 エニシは知らないが、無銘剣ウィスパーケムが売れている理由は、単に冒険者が買っているからだけではない。冒険者の間で広まった噂は、やがて騎士団や軍人にまで広がった。その中から興味本位で剣を買った騎士や軍人が、その性能を評価したのである。その評価の声によってさらに噂は広まり……、という、いわば一種の口コミのような状態にあった。

 工場の方もフル稼働ではあるものの、残念ながら生産が追いついていない状態だ。当然、他の製品も作っているのだが、それだけ人気商品であることが伺えるだろう。

 こうして、エニシの銀行に特許使用料が振り込まれた日のことである。

 店に、ある客がやってくる。

「エニシという職人はいるか?」

「自分がそうですが……?」

 その客は、なかなか珍しい風貌をしていた。白い学ランのような服を着ている。ここまで真っ白な服装は、この国ではなかなか見ない。

「貴様が希代の鍛冶職人だな?」

「……そう呼ばれるのは初めてですけど」

「まぁいい。貴様に頼みたいことがある」

「でしたら、相談窓口の方でお聞きします」

 そういって、エニシと客は相談窓口で対面する。

「要望などはありますか?」

「普通の剣が欲しい。両刃のヤツだ」

「普通のですか?」

 わざわざ自分に注文しなくても、とエニシは思ったが、もしかしたらコレクターの可能性もある。

 エニシは、出かかった言葉を飲み込んで、要望書にメモを書く。

「他に何か要望などは?」

「それなんだが、これを原材料にしてほしい」

 そういって客は、どこからともなく謎のインゴットを取り出し、机の上に置く。

 プラチナにも似た白い輝きを放っている。エニシがそのインゴットを手に持ってみるが、見た目に反してかなり重い。

「これ、見た感じプラチナのようですが、一体なんですか?」

「今はまだ言えない。だが必ず良いものが出来上がるだろう」

「いや……。でもこれの名前が分からないと、材料を揃えることも出来ないんですが……」

「材料なら心配はない。俺がいくらでも用意してやろう」

「いくらでもって……、どのくらいですか?」

「そうだな……。今すぐ工房の裏に行けば分かるだろう。ではよろしく頼む」

 そういって客は百ロンスを置いて、そのまま帰っていってしまう。

「あ、ちょ……」

 エニシは追いかけることもなく、そのまま帰してしまった。

「なんか変なお客さんだったね」

 裏から見ていたニーフィアが声をかける。

「本当になんだったんだ?」

 そして気になる言葉。エニシはすぐに工房の裏へと向かった。

 するとそこには、先ほど見せてもらったインゴットが山のように積まれているではないか。

「な、なんじゃこりゃー!?」

 結局、普通の剣を作る以外は何も分からずに依頼を受けることになってしまった。

「それで? これどうするんだ?」

 カナルがインゴットの山を見ながら、エニシに聞く。

「どうしましょう……? いや、使うしかないんですが……」

「ま、そうなるか。それで、これがどんな鋼材なのか検討はついたか?」

「いえ、全くつきません。文字が刻印しているわけでもないので、情報が一切ない状態です」

「んー、そうなると……」

 そういってカナルは何かを思い出す。

「そうだな……、解析に出してみるか」

「解析って、元素解析にでも出すんですか?」

「そうだ。それなら、これがどんな元素か分かるだろ?」

「でも大丈夫なんですか? 依頼費用とか……」

「ま、なんとかなるさ」

 カナルの助言もあり、エニシはこのインゴットを解析してくれる研究所に回すことになった。

 試料ならいくらでもあるため、インゴットのうちの一つをそのまま預けた。

 以前にも紹介したが、この世界には元素分析装置が存在する。X線を照射して、そのスペクトルで元素を調べるというものだ。

 その装置自体は巨大であるため、専門の業者や研究所が所有している。

 さて、数日もすれば解析結果が返ってくる。しかし、なにやら様子がおかしい。研究所の職員が、直接エルド工房にやってきたのだ。

「エニシさん。あまりこういうことを言うのは研究者として恥ずかしいのですが、あり得ない結果が出ました」

「あり得ない結果……ですか?」

 そういって研究者が、何かの紙を取り出す。横長の紙には線が書かれており、いくつかの山が見える。

「これがX線を照射した時に返ってきたスペクトルなのですが、ここに大きな山があるのが分かりますか?」

 そういって紙の端の方にある山を指さす。

「確かにありますが……。これが何か?」

「実は、ここには山なんて存在しないんです」

「……どういうことでしょう?」

「ここには該当する元素は存在しないはずなんです。つまり、未発見の元素が多量に含まれていることを示しています」

「……マジすか」

 エニシは考えるのを止めそうになった。

 未発見の元素。この世界の現在までに知られているのはプルトニウムまでだ。すなわち、プルトニウムより原子番号の大きい元素が含まれているということである。

 しかし、エニシは不思議に思った。基本的にウラン以降の元素は超ウラン元素と呼ばれ、自然界にはほとんど存在しない。存在していたとしても、放射線を放出するため元素は遥か昔に消滅している。また、プルトニウム以降の元素は、原子核を加速器で加速させたうえで衝突させなければ生成しない。

 それでも存在していると言うことは、これは本来存在してはいけない元素でもあると言うことだ。

「なんでそんなものが検出されてるんですか……?」

「いや、私たちにもさっぱりで……」

 研究所の職員も困惑気味だ。

 エニシもどういうことなのか考える。

 プルトニウムより大きい原子番号で、かつ安定的に存在できるような元素など、前世の科学では到底発見することなど困難だ。

 もし存在するとしたら、それはこれまでの科学の通説をひっくり返すことになる。「特定の場合」を除いて。

「ん? ……あぁっ!」

 その時、エニシに電流走る。

 原子には魔法数と呼ばれる、特定の数字が存在する。中性子もしくは陽子の両方の数がこの数字の個数だけ揃うと、原子核が非常に安定する。例えば中性子二個、陽子二個のヘリウムは非常に安定している物質で、中性子八個、陽子六個の炭素は半減期が五千七百三十年と長期に渡って比較的安定している物質になる。こういった中性子と陽子の個数を二重魔法数と呼ぶ。

 その法則に則って原子を中性子と陽子の個数で表――核図表と呼ばれる――を作ると、数が大きくなるごとに原子核は不安定になる。

 しかし、二重魔法数と呼ばれる場所では原子核は比較的安定するとされており、安定の島と呼ばれている。

 もし仮に、不明なスペクトルの部分がこの安定の島の物質だとしたら。

 現代科学ではまだ生み出せていない元素だとしたら。

「まさか、ウンビヘキシウム……?」

 ウンビヘキシウム。西暦二千二十年代ではまだ発見されていない原子番号百二十六番の超重元素だ。陽子の個数が百二十六個あり、これが魔法数にあたる。

「ウンビ……、なんて?」

「あ、いや、こちらの話です」

 エニシは話をうやむやにして、話をそらす。

「とにかく、よく分からない元素が存在しているというんですね?」

「そうなります。これどこから手に入れたんですか?」

「それが分からないんですよ。依頼者が工房の裏に山のように置いてったんですよね」

「えぇ……」

 職員も困惑気味である。

 しかし、エニシの中では少しだけ分かったような状態である。確証のない推測ではあるが。

「とりあえず、依頼の費用を……」

「あ、はい」

 そういって、エニシは今回の分析費用を払う。とりあえず経費で落ちるようだ。

 職員が帰り際に山と化したインゴットを数個持ち帰りたいと言ったので、お土産として持って行ってもらった。

「よし、在庫の整理になったな」

「もうちょっと持って行っても良かったのに……」

 カナルがそんなことを言う。

 しかし、さすがに未発見の元素が含まれているものを、ありとあらゆる場所に拡散させてしまっては、収拾がつかなくなる可能性もある。

 その他懸念要素として、ウンビヘキシウムの半減期の問題がある。半減期が存在するということは、その分だけ元素が変化するし、放射線を放出することになる。

 つまりここにあるのは、原子力発電で使われるウランなどと同じ放射性物質なのだ。

 本来なら心配する所ではあるが、ウンビヘキシウムは比較的原子核が安定している。つまり半減期が長いのだ。その分放射線は出にくい。つまり被曝しにくいということである。

「まぁ、この世界は魔法があるから何とかなるでしょ」

 非常に呑気であるが、エニシはそう考えることにした。

 さて、研究所の職員が残していった元素の解析表であるが、それによると酸素、クロム、ウンビヘキシウムを中心に多量に含まれているらしい。

「これ、酸素とクロムが混ざってるのか……。特性がどうなってるのか全く分からん……」

 物質の化学式や融点の情報である特性が分からなければ、材料を生かすことが出来ない。

 しかし、そうも言ってはいられない。分析をかけたことで、かなりの時間を消費している。早いところ鍛錬しなければ、今後のスケジュールにも影響を及ぼす。

 エニシは、インゴットを直接叩いて剣を作ろうとした。

 しかし、ここで問題が発生する。加熱してもインゴットがめちゃくちゃ硬いのだ。

 このまま叩いても、なまくらの剣ができるだけだろう。

「どうしよう……」

 しかし、このまま考えても仕方ないのは明白だ。そこでエニシは恥を忍んで、あの客にもう一度来てもらう事にした。

「苦戦しているようだな」

 客が来て開口一番そんなことを言う。

「えぇまぁ、それなりには」

「硬すぎて打てないんだろう? よく分からない物質相手によく頑張ったほうではないか」

「はぁ……」

 褒められているのか貶されているのか、エニシにはよく分からなかった。

「それでは、これをやろう」

 そういって、エニシにビン詰めされた粉を渡す。

「これは……?」

「貴様が結論に至った、原子番号百二十六番の酸化物、酸化オリハルコニウムだ」

「え?」

 エニシは耳を疑った。なぜ、エニシの結論が客に知られているのか。この人には一言も言った覚えはない。

 それに、後半に重要な発言をしていた。

「そして、これが酸化クロムだ。酸化オリハルコニウムと酸化クロムを化合させることで、クロム酸オリハルコニウム、通称オリハルコンが完成する」

「……オリハルコンですって?」

 エニシはその言葉に驚く。オリハルコンという物質はゲームや創作物の中でしか聞いたことがないからだ。

「あと、これをやる。オリハルコンの化合式だ。これくらいのヒントがあれば、どうにか造れるだろう」

「あなたは一体、何者なんですか?」

「そうだな……。一言で言えば、流浪者だ」

 そういって客は、そのまま店を出た。

 呆然としているエニシであったが、今は注文の品を打つのが先である。

 エニシは工房に入り、急いで準備する。

 まずは、酸化オリハルコニウムと酸化クロムを一対一の比率で混ぜ、それを炉の中に入れる。

 その間にエニシは、何度目かの鋳造の準備をする。叩いて成形するのもままならない材料であるため、最初から剣の形に整えるのだ。

 型が完成した所で、炉から融けたオリハルコンを取り出し、そのまま型へと流し込む。

 空気で冷やし固めること数時間。十分に冷えたところで、次は鍛錬の作業だ。

 ただでさえ硬い材料であるオリハルコンを、叩いて成形するのだ。今まで以上に叩く。叩く。ただひたすらに叩く。叩きすぎて、最近は出てなかったマメが手にできた。

 こうして、叩くこと丸二週間。どうにか叩き終えた。叩きすぎて久々に腕がつりそうになっている。

 エニシ本人による試し斬りも終了した。金剛剣白色の完成だ。

 そして客がやってくる。

「製作ご苦労。ちゃんとした剣になっているな。対価はこれで十分か?」

 そういってロンスの束を机に置く。

「えと、今回は材料がありましたので、四百五十ロンスになります」

 ニーフィアが領収書を切りながら言う。

「ほう、意外と良心的なんだな」

 ニーフィアが札束の枚数を数え、余った分を客に返す。

 客がそれを受け取ると、彼は踵を返した。

「では、これで」

 その時、エニシが声を上げる。

「あの! あなたは本当に何者なんですか?」

 エニシの疑問は最もだろう。誰も知らないはずの元素を知っていて、それを量産できる技術を持っている。明らかに、この文明にはないオーバーテクノロジーの集大成だ。

「何者、か……。まぁ、世界そのものを流浪する者としか言いようがないな」

 そういって客は店を出た。

「エニシ……。結局あの人って何者だったの?」

「いや、本当に分からない……」

 流浪する者。それが何を意味しているのか、エニシにはさっぱりであった。

 なお、工房の裏に積み上げられていたオリハルコンのインゴットは、いつの間にか跡形もなく消え去っていたそうな。

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