第10話 第七の依頼
前回の依頼によって、エニシの手元にはがっぽりと現金が入ってきた。まさにゴールドラッシュのようである。
そのためエニシは、今月の給料は意外とあるのではと考えていた。
しかし実際に渡された給料は、想像より少ない。むしろ先月よりも減っているようだ。
「ニーフィア、なんで今月の給料少ないの……?」
エニシはすがるような思いで、ニーフィアに理由を聞く。
「それはもちろん、必要経費を抜いたからねー」
「そんな経費あった……?」
「当然でしょ? 貰ってきた領収書見てないの?」
そういって、この間造った盾で出た領収書の束を見せる。
「これが盾の材料費、特注の箱の費用、浸炭材とか言ってたやつの材料費、エルド工房にいる他の職人の手当に……、あと盾の外注の依頼費用。これでだいたい八百ロンス。それで、そこから工房の預金や消耗品購入費用を引いたら、今月のエニシの給料はそんなものよ」
「マ、マジか……」
「そもそもねぇ、エニシがよく分からない技法を使って余計なお金発生させてるのが悪いのよ。少しは反省しなさい」
「うぅ……」
確かに、エニシのやっていることはかなり特殊と言わざるを得ない。通常の日本刀を作るだけでもエルド工房の標準価格より二割ほど高いのに、希少金属などを添加した特殊合金を採用しているせいで余計に値が張っている。
要するに、何事もほどほどが一番という訳だ。
しかし、盾を造ったことで予想外の反応が出る。エルド工房への注文が少しずつ増えてきたのだ。完全受注生産で製造している工房としてはかなりありがたいことなのだが、余りに注文数が多いと生産が追いつかない場合がある。現に、エニシの製造予定製品の一部に納期の遅れが出ている状態だ。これは他の職人も同様である。
そのため、依頼に制限をかけざるを得なかった。今はとにかく依頼品を造り続けるほかない。
そうしてぼちぼち依頼注文を再開させ始めた時だった。
とある男性が来店する。
「すまない。エニシと言う職人がいるのはこの工房か?」
「えぇ、自分がそうですが、何か?」
「エニシ殿。貴方に打っていただきたい剣がある」
エニシはなんとなく嫌な予感を感じる。しかし、ここで拒むわけにもいかない。
「……では、相談窓口へ」
要望書とペンを持って、相談窓口に座る。
「では、どのような剣をご所望ですか?」
「簡単に言えば、蛇腹剣だ」
「……はい」
エニシは一瞬固まったが、少しは慣れたようだ。そのままペンを走らせる。
「蛇腹剣ですか……。自分が言うのもなんですが、実用性に乏しいと思えるんですが?」
「こう見えて、自分はすでに四つの剣の流派を会得している。そこで、自分で新しい流派を作ろうと考えている。剣の概念に囚われない剣なら、これまでにない流派を作れるだろう」
「だから蛇腹剣を……」
それがどうして蛇腹剣になるのだろうか?
エニシは一瞬納得しそうになったが、そんなことはなかった。危うく自分の感覚が狂うところであった。
「しかし、構造面からして耐久性などは保障出来ませんが……」
「それでも良い。耐久度を上げる魔法が使える」
「あっさいですか……」
そんなメモ書きを要望書に書いていく。
「うーん……。こうなると、どんな構造にするのが一番いいかな……」
エニシは、そもそもこの剣が作れるのかを考える。蛇腹剣はフィクションの武器としては有名な方である。自分の前世の記憶の中から、蛇腹剣を引き出してくる。
そして一つの結論に至った。
「少々前金をいただくことになりますけど、なんとか仕上げてみましょう」
「助かる」
「では、こちらの書類にサインをー」
いつの間にかいたニーフィアが、書類のやり取りをする。
その間、エニシはふと思った疑問を客に聞く。
「一体どこから自分の情報を仕入れているんですか? 特に宣伝とかしているわけではないんですけど」
「知らないのか。今じゃ冒険者だけでなく、軍や騎士団の中でも有名だ。エルド工房のエニシは腕の立つ職人だともっぱら噂されている」
「えぇ……?」
界隈では有名なようだ。それはもう色々なものを打ってきたものである。
「はい。前金として二百五十ロンスいただきました」
「すみませんが、時間をいただくと思います。最善も尽くします」
「よろしく頼む」
そういって客は店を出る。
「さて……、面倒なことになったな……」
エニシは頭をかきながら、二階の設計室に向かう。
「でも、そんなこと言いながらいろんな剣造ってきたじゃん」
ニーフィアがそんなことを言う。
「そうかもしれないけどさぁ……。今回ばかりはレベルが違う。どうにもならないよ」
机の前に座ると、紙を取り出して簡単なポンチ絵を書いていく。その絵は矢じりに似ている。
「要するに、この矢じりのような小さい剣を複数用意すればいいんでしょ? そうなるとー……」
エニシは少し思案した後、メモを書いていく。
「ワイヤーを使って、この矢じりをまとめるのが良い感じだと思うんだよなぁ……」
そういってブツブツ独り言を言うエニシを見て、ニーフィアは微笑む。
エニシは小一時間ほど考えて、結論を出す。
「よし、まずはこれで試してみよう。鋼材を使うと加工とか面倒だから、まずは木材で作ってみるか」
エニシは顔なじみの木材店で必要なものを買ってくる。そのほとんどは端材であったが、十分使えるものだ。
さて、これを使い慣れた短刀で削りだしていく。まずは鉛筆で木材にローポリゴンのような線を描いていく。その線に合わせて、ローポリの剣の欠片を切り出す。これを数個用意した。
ローポリの剣の欠片にさらに線を書き足し、立体的に仕上げていく。
こうして、「く」の字のような欠片が数個出来上がった。
「これに穴を開けて……」
剣の欠片を万力に固定。錐を取り出して、穴を開けていく。
「やべ……。完全に削りだす前に穴開ければ良かったな……」
そんなことを言いながらも、錐で無心に穴を開けていく。
そこそこの大きさの穴を、全ての剣の欠片に二個ずつ開ける。そして、開いた穴に紐を通して、端をアシュリー・ストッパー・ノットという結び方で抜けないように作る。
もう片方は簡単に作ったグリップを用意して、これまた端を結んで抜けないようにした。
こうして、試作第一号は完成である。
「さてさて、これがどう動くかな?」
まずは紐を引っ張って、剣の状態にする。当然、端の剣の欠片が引っ張られ、次々と欠片同士をまとめていく。紐を引っ張っている状態では、剣の状態が維持されるようになっているのだ。
「うん、この感じなら悪くないね」
次は紐を緩める。鞭の状態だ。
そのまま適当に振り回してみる。すると、剣の欠片が全て先端の方に移動し、一塊になってしまった。
「あれ?」
これでは鞭ではなく、鎖分銅の状態である。
原因は明らかだ。
「あー、途中の剣の欠片にストッパーのようなヤツ仕込んでないからか」
剣の欠片が均等に整列していれば、鞭として機能する。しかし、紐の間を自由に移動できるようにしてしまったために、遠心力で剣の欠片が全て外側に向かってしまっているのだ。
「これは改善の余地アリだな……」
エニシは試作第一号を持って、設計室に戻る。
「どうすれば等間隔で欠片を保持できるだろう……?」
試作第一号を分解して、机に置く。
「ワイヤーの途中に結び目を作って、それに引っかかるようにすれば等間隔に並ぶかな……」
そういって紐の途中を結んで、玉を作る。
「これがこう、欠片の中心辺りに来れば……。いや、そしたら欠片の方にも細工をしないといけなくなるな。ただの穴の中にそんな複雑な形状を掘るのは現実的じゃないし……。ていうか本物は鋼材だから、穴開けるだけでも大変なのに加工なんて出来ないじゃん」
エニシは欠片を机の上に放り投げる。
「それにこの方法だと、等間隔に並べるための紐と伸縮用の紐の最低二本が必要になるな。そんなに複雑にしたら、作るの大変になる……」
結局この案はボツになった。
エニシは再び机に向かって、形状を検討する。
「矢じりの形状なのはいいんだけど、もうちょっと複雑にしないと駄目かなぁ……」
そういって何種類かの形状を書いてみる。それと同時に、ワイヤーの通し方も検討しないといけないのを思い出した。
「何か……、何かヒントとかないかなぁ……」
設計室の中をキョロキョロと見渡す。設計室には、これまで製造された剣の設計図が積み重なっている。その中から、何かヒントを得ようと図面を引っ張り出す。
しかし、当然のことではあるが、剣の設計図しかなく、蛇腹剣のヒントになるようなものはない。
「……ちょっと外に出てみるか」
エニシはヒントを求めて、工房を出る。こうして散歩するのも、かなり久しぶりだ。
小道を抜けて、大通りへと出る。この辺には、洋服屋や装飾品を扱う店が多く並んでいる。
大通りに沿って歩いていると、屋台が並んでいる広場に出た。ほとんどの店は食料品を取り扱っているが、中には生花や金品を取り扱っているのもある。
ちょうど空腹だったエニシは、適当に屋台飯を買う。小麦粉を水で溶かして焼いた薄皮で、鶏肉やソースを巻いたものである。トルティーヤのような物と言えばいいだろうか。
それを食べながら、エニシは大通りをのらりくらりと歩く。もちろん、蛇腹剣のヒントとなるものを探しながらである。
「うーん……。なかなかないもんだなぁ……」
それもそうだ。簡単にヒントがあれば、アイディアなんぞ要らないものである。
そんなうんうん唸っているエニシの目の前に、何やら人だかりが出来ていた。
エニシも興味本位で、その人だかりに混じる。
「あれが出征する近衛騎士団らしいぞ」
「皇帝陛下直属の騎士団か。やっぱりオーラが違うな」
「これから西方大陸戦争に行くんだろ? 少し遅くないか?」
「俺たちが知ったこっちゃねぇよ。そもそも、別の国同士の戦争に首突っ込むこと自体が間違ってるだろ」
そんな話が聞こえてくる。
エニシも、呆然と騎士団の様子を見る。
ガッチャガッチャと鎧同士がぶつかる音が聞こえてくるだろう。エニシは、その構造を想像してみる。
「金属の板と板をリベットで繋ぎ合わせてるんだよな……」
その図を想像した時、エニシに電流走る。
「そうか……! そうだ! リベットだ!」
ヒントが舞い降りた。
群衆の中で思わず叫んだため、周りの人から変な目で見られる。しかしそんなことは気にせず、エニシは急いで工房に戻る。
工房へと戻ったエニシは、急いでアイディアを殴り書きする。
基本的な矢じりの形は変えない。しかし、矢じりの先端の一部をさらに鋭く突出させ、その分後ろのくぼみの一部を先端に合うようにへこませる。
そして先端に穴を、くぼみには貫通させたキー溝を掘る。
欠片を合わせる時に穴の開いた部分にピンを差し込み、伸縮ができるようにすれば完成だ。
一応、実証のために木材で作ってみる。
形状は少し複雑ではあるが、鉄鋼材料を加工するよりは楽だ。
そして、メモ書き通りに剣を組み立てる。
キー溝長さの分だけ、剣身は伸縮する仕組みだ。後は剣の縦軸方向に穴を開け、紐を通せば、試作第二号の蛇腹剣が完成だ。
紐を引っ張れば剣として使え、紐を緩めれば鞭として使える。
「これだ……!」
しかし、これはまだ試作品である。これから実際の剣を打たなくてはならない。しかも小さい部品を多数用意しなければならないという、非常に面倒なものである。
とにかく手を動かさなくては完成しないため、エニシは動き始めた。
まずは剣の欠片を用意するため、剣身を短くした剣を量産する。
そして、そこから剣の欠片とするため、手作業でひたすら切削と研磨する作業を行う。この作業を行うだけで丸一月かかった。
ようやく剣の欠片が出来上がったところで、今度はピンを差し込み、剣として組み立てていく。この作業で一番の難所は、剣の中心を通るワイヤー用の穴を切削することだ。この国には、まだボール盤という便利な工作機械は存在しないため、一から手で切削しなければならない。これが非常に面倒なのだ。
しかし、文句を言っても作業は終わらない。エニシは淡々と手を動かす。結局この作業が終了したのは半月後のことだった。
こうしてワイヤーを差し込む所までは終了した。後は巻き取る機構だが、これはもちろん、あの人の力を借りることになった。
「ホント、エニシって人使い荒いんだからぁ」
そんなことをぼやきつつも、イリスは制御用の魔法陣を書いてくれる。
今回はシンプルだ。柄の部分にあるスイッチを一度押せばワイヤーが伸び、もう一度押せばワイヤーが巻き取られる。つまりモーターの制御である。
これは簡単な作業だったようで、数日で出てきた。後は実物を見ながら、各種パラメーターや制御を確認する。
こうして、約二ヶ月の時間を要し、蛇腹剣雲龍の完成だ。
早速客に来てもらった。
「なるほど。このスイッチを押して切り替えるのか」
そういって、剣と鞭を使い分けて試し斬りする。
「かなりイメージに近いものだ。感謝する」
「ありがとうございます」
「それで、いくらになる?」
「はい、合計で八百五十ロンスになります」
いつものように、どこかから出てきたニーフィアが、価格を提示する。
額面通りの金額を払った客は、そのまま町の中へと消えていった。
「いやぁ、今回は疲れたぁ……」
「ずっと作業してたもんね」
「それで、今月の給料は弾んでくれるの?」
「それはどうかなー?」
「……ま、期待するだけ無駄か……」
余談だが、その月のエニシの給料は四割増しだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます