記憶の彼方より。

甘木智彬

Qui altum in memorias


 ある日のことだった。私は、ひとつ嫌なことに気づいた。


 私の記憶の中に奇妙なヤツがいる。


 それに気づいたのは、小学生のころの、誕生日パーティーをふと懐かしんだとき。


 あのパーティーって誰が来たんだっけ? Aちゃんと、Bちゃんと、Cくんと――



 ――ヤツ。



 水死体みたいに真っ白でぶよぶよの体で、髪は生えてなくて、


 握りこぶし大の、白目のない真っ黒な目がふたつ。


 明らかに、異常な存在。


 そんなヤツが、異物としか言いようがないモノが、私の朗らかな誕生日パーティーの記憶の中に、紛れ込んでいたのだ。


 私はすぐに、当時のアルバムを漁った。


 しかしそこに写っていたのは、Aちゃんと、Bちゃんと、Cくん。ヤツはどこにも居なかった。


 そう、居ない。居るはずがない。


 ……ゾッとした。全然身に覚えがないし、そんな奴がいたはずもないのに、確かに思い出せてしまう。さらに恐ろしいことに、私は気づいてしまった。――他の記憶にも、ヤツがいると。


 中学校の授業参観。ずらりと教室の後ろに並ぶ保護者の中に、そいつがいた。


 高校の文化祭。クラスメイトの中に、そいつは何をするでもなく突っ立っていた。


 大学の入学式。新入生で緊張していた私の近くに、そいつはやはり立っていた。



 



 そんな気色の悪い存在が、いたはずもないのに!


 私は心底震え上がった。不気味にも感じた。だけど、実害があるわけでもないし、私の妄想か思い違いなのだろうと考えて――そう自分に言い聞かせて――その存在については、極力考えないようにしていた。


 しかし、先日、決定的なことが起きてしまった。


 ――同僚たちと話していて、簡単な心理テストみたいなものを出された。



『目を閉じて、想像してみて』



『誰もいない、真っ白な部屋を』



 私は、言われた通りに、それを想像した。



 そして、



 誰もいないはずの真っ白な部屋の中に、



 ――ヤツが、居た。



 無機質な部屋の白さとは違う、生々しい青白い肌の、水死体みたいにぶよぶよとしていて、髪の毛も生えてなくて、そんな存在が部屋の中に立っていて。



 



 握りこぶし大の、白目がない真っ黒な瞳と――目が合った。



 私は悲鳴を上げ、パニックになったらしい。らしい、というのは、気が付いたら病院に居たからだ。同僚たちが救急車を呼んでくれたそうだ。


 そして、残念ながら、私に異常は見られなかった。


 私の頭には、何の異常もなかったのだ。


 だけど。だけど。


 


 確かに、いるのだ! 頭の中に思い描いた部屋の中で!


 目が合ってしまった!!


 あの日を境に。


 あいつは、過去の記憶から、さかのぼってくるようになった。


 半年前の友達とのご飯で、あいつは喫茶店に何食わぬ顔でいた。


 1ヶ月前の取引先とのミーティングにも、あいつは紛れ込んでいた。


 1週間前の病院で、医者に泣きつく私の背後に、あいつは立っていた。



 どんどん、現在いまに、近づいてきている。



 逃げれられない! 必死に考えないようにしているけど!


 でも! ちょっとしたことを思い出すだけで!!


 あいつはどんどん近づいてくる!


 数日前に注文した薬のことを考えるだけでも、ああ、ああ!!


 嫌だ!! この部屋に!! あいつはいた!!


 モニタを覗き込んで、ネットショップを漁る私の後ろに!!


 あいつは確かに立っていた!!


 ……こんなことなら、私の頭がおかしければよかったのに!! が現実であるより、よっぽどマシだ!!


 あいつが、過去から現在いまに追いつくのに、あと数日もない……



 たすけて。



 誰か私を、たすけて。



*******************************




 ……俺があいつの死体を見つけた時、この手紙が、あいつのそばにあった。



 最初は丁寧な文字で書いてあったのに、だんだんと殴り書きになっていくこの手紙が、普通とは到底思えなくて。



 ――なんとなく、あいつの親には見せてはいけない気がして、勝手に持って帰ってしまったのだ。



 あいつの身に、いったい何が起こったのか。



 それを考えようと、俺があいつの顔を思い出した時だった。



 記憶の中、あいつの顔の後ろに――



 何かがいた。

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記憶の彼方より。 甘木智彬 @AmagiTomoaki

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