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強い記憶ではないが、かろうじて覚えている姿が浮かぶ。
心地いい風を感じていた直後耳をつんざく勢いで発せられた声。ショックよりも驚きが勝っていたあの瞬間、視界の端でカップ麺をぶちまけている講師が居た。
寝癖だらけの髪に、時代遅れのシャツと特徴がないスラックス。足元は適当さがにじみ出たビーチサンダルだった。その人が白衣を着てなければ、一実は講師だとも思わなかったかもしれない。白衣を着ているから講師という考えも安直だと言えるが、講師以外に白衣を着るのは理工学部など薬品を使ったりする授業を受ける生徒だ。けど一実が告白の場に選んだその中庭は理系の校舎から遠く、滅多に白衣を着た生徒を見ない。
だから講師だと判断した。けど、そこからさらにその人物が人見だと認識するには、小学生に微分積分を解かせるぐらい難しい問題だ。
一実が気づかなかったのは無理もない。
普段見る人見の格好は決まってスーツだ。
ドラマに出てくる俳優とは言わずとも、一般的な企業に勤めるサラリーマンより自由が利くし、髪型にも規定はない。モデルの様に日々様変わりせずとも、スーツに合わせて額を出したり使うワックスを変えたりと様々だ。
そのため、一実から見た人見の印象は『常にスーツを着たお洒落な人(性格は度外視)』で固まってしまっている。決して間違っているわけではないが、その思い込みのせいで、日々大学構内で何度も人見とすれ違っているのにもかかわらず、スーツを着ていないせいでその人物を『人見』と認識できていなかった。
今さらながら思い返せばあのダサい人物は一実の視界の端にいつも居た気がする。
食堂で双葉と昼食を食べている時は配膳係のおばちゃんに「もっと食べなあ!」とご飯を日本昔話盛りされていたし、あくびをかみ殺して講義を受けていた時も部屋の外を歩いているの見た。想い人をこっそり見ていた時もちょうど邪魔な角度に居てどいてくれと恨んだこともある。
「待ってください。あれ先生なんですか? あれが?」
「僕は講義を受けるのならきちんと起きているべきだと思う。昼食後の眠たい時間帯で講師の声も相まって睡魔が襲ってくるのは仕方ないことだが、まあ白目向いて舟をこぐぐらいならもう潔く突っ伏して寝るのもありだな。講師側からしたら遠くから見てもあの光景は怖い。あと、恋愛中毒のお前のことだから好きな人を追いかけたい気持ちを押さえられないんだろうが、壁から顔だけ出して相手のことを見るのはやめた方がいい。あれは普通に怖い」
「やだやだやだ怖い! 先生の方が怖いです! やっぱりあれ先生だ! めちゃクソダサい講師が居るって噂されてたやつだ! 何であんな格好してるんですか、いつもと変わらない格好で居てくださいよ。あれで気づけとか無理な話ですって!」
「同じ格好していたら僕が探偵だということがバレてしまうだろ、それによって本業に影響が出てしまっては困る。だから大学構内ではあれがちょうどいいんだ」
横断歩道の先に事務所が見えた。歩行者信号が青に変わり、歩いて行く人見。一実はその背中を見ながらこう思った。
こんな探偵がいてたまるか!
探偵さんは推理がお嫌い! 夜明一 @mugimugitya
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