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つい最近一実が告白した相手だ。「ごめん!」と大学中に響くような大きな声で断りを告げ、速足で去っていったあの人物。名前はもう思い出せないが、顔は覚えている。もう過ぎた話とはいえ、一度は恋心を抱いたんだ、忘れるわけがない。
その人がニヤけた顔を晒して手を繋いで歩いている。幸せですオーラ全開で。となれば横にいるのは恋人か想いを寄せている相手だろう。どんなツラをいているのかと好奇心剥き出しで目を動かすが、その瞬間一実は固まった。
葉菜子の話は素敵だと思う。心の底から感動して涙だけではなく鼻も垂らして聞いていたんだ。允典と市籠の二人の愛はもちろん、それを美しいと言える葉菜子は素晴らしい。
でも一実は葉菜子にはなれない。
「はぁああ!?」
手を繋いでいる相手が男だと認識した瞬間、一実の口から汚い声が吐き出された。
「なん……、えっどういうことですか!?」
「そういうことだろ」
「わかんないです! あれ、まってまって? そもそも何で先生が知っていたというような顔をしているんですか。っていうか私、あの人に告白したとは言ってないですよね? なのに何でピンポイントで? 偶然にしては怖すぎる」
「は? そんなの知ってたからに決まってるだろ」
「何を」
「全部だが?」
「ぜ……全部?」
「全部の意味がわからないのか? お前があいつに中庭で告白してフラれたことも、相手が男と付き合っていることも全て知っていたということだ」
「何で!? 怖い! 本当に怖い! GPSとかつけてます!? まさか盗聴とか!?」
「僕がそんなことをすると思うか?」
「思いますよ!!」
「呆れるなあ」
「あれ、大学で心理学の講師やってるの一実ちゃんに言ってないの?」
「言ってないが?」
鷹尾からの優しいパスを横入りした挙句にホームランで打ちやがった。
「何ですかそれー! 聞いてないですよ! 当然心理学の講義取ってませんけど、居るなら居るって言ってくれたっていいじゃないですか! 色々伝達とかそういうのとか、っていうかそもそもスーパーだって先生が居た方がメニュー考えるの楽なんですけど!! 大学から事務所に行くルート一緒ですよね!?」
「スーパー云々は家政婦の仕事だろ。米や油とか重たい物は通販で買っているんだから、常識の範囲内の買い物なら無理なく持ち歩くことは可能だ。もしどうしても無理な場合は、毎日事務所に押しかけてくるこの暇人公務員を呼びつけろ。国家の犬だからしっぽ振って飛んでくるぞ。それに、お前に与える僕の情報は必要最低限だけの情報でいいと判断したから話さなかっただけだ。何かわからないことがあるたびに僕の所に来そうだと思ったからな。大学では探偵業をしてることは学長以外知らないんだから、他学科のお前が僕の準備室に入り浸りでもしたら怪しまれるだろ。安全な生活を送りたいんだ。そこそこ給料もいいし、探偵業だけであそこの家賃は賄えないし学長がどうしてもというから仕方なく行っているだけだしな」
「この様子じゃ僕らの母校だってことも言ってないみたいだね」
「た、鷹尾さんも通っていたんですか!? 学部は? 今からでも転科できるかな……できるだけ頑張りますね! あっ、ついでに食堂や講義室でよく座っていたところを教えていただけませんか?」
「余計なこと言いやがって、こうなるとわかっていたから教えなかったのに。ストーカーが加速するだろ」
「それについては何も言われたくないですね。先生だって私のことつけてるんじゃないですか? 告白したこともフラれたことも見てなければわかんなくないですか?」
「昨日事務所で言ったようにフラれたことは顔を見れば一目瞭然なんだ。後をつけているわけではない。お前が僕の目の前で色々やらかしているだけのことだ」
「ハハハ。いやいや、何を言います」
相当な数フラれている一実だが、告白をするとなれば人目に付かない場所を選ぶ。あの時だって昼休みにはめったに人が来ないような場所を選んだ。
「まあお前が面白い人間だから目につくっていう可能性はあるがな」
「褒めてます?」
「いや別に褒めてはいない」
「む!」
「そうだ、思い出した。明日、クリーニングに出してる服を取りに行ってくれ」
「え、またですか? この前出したばっかりじゃないですか。何したんですか」
「カップ麺をぶちまけた」
「え~? 先生って意外とドジなところもあるんですね~」
「……。空き時間に人気のない中庭で小腹を満たそうとしたら、どっかの馬鹿が盛大にフラれていてな。相手の声が想像以上に大きいことに驚いて手を滑らしたんだ」
「何ですかそれー、そんなおかしな話が……」
ある。
身に覚えが、ある。
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