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 見送りに来たのは執事の寿宏と允典だけだった。そもそも見送り自体一実たちには必要のないものなのに、客というだけで少々面倒を掛ける立場になってしまう。


「ありがとうございました」


 少し髪が乱れた寿宏は深々と頭を下げた。まだ目が赤い允典もそれに続く。


 何を、なんて聞くのは野暮だ。


 一実たちはただこの壽松木家に訪れた客で、結果的に家の中をぐちゃぐちゃにひっかきまわしただけの存在だ。そんな者に感謝などする必要ない。


 でも、この家の中の誰かに言葉で救われるものがあったのなら、苦労をしたかいがあったのではないだろうか。


「こちらこそ、お世話になりました」


 同じように頭を下げる人見。高級な机に足を乗せて暴言を吐き散らしていた人物と同じとは思えないほど丁寧な言葉だった。


 刃を向けられたら刃を、善意には善意を。人見はそういう人だ。


 気に入らない物に対して真っ向から歯向かう体勢は年齢的に考え直してほしいものだが、徹底的に戦って最終的にはコテンパンに叩きのめす姿は見ててスカッとする。ただそれよりも、優しさにはその倍の優しさをもって接する姿勢が一実は好きだった。


 日々どんなにひどい言葉を投げかけられても、それは人見なりの愛があってのことだ。誰かのためを思って発する言葉は一見とげとげしく見えるが、中を開ければぬくもりに満ちている。


 たった二日のことだが一実は多くのことを学んだ。


 あと、いざという時のためにミルクのアメを持ち歩いていようとも思う。


 いつまでも顔を上げずに見送る二人に手を振って門を出た。ただ部屋でごろごろして大きなお風呂に入って豪華な夕食を食べて、朝起きて一悶着がありつつも朝食を食べただけなのに一実は何だか疲れていた。無意識のうちに気を張っていたんだろう。家に帰ったらゆっくり休もう。


「最初から外部犯だと気づいていたな」


「えっ!?」


 のんきな一実の横を歩く人見の顔がいつの間にか般若になっていた。さっきまでの優しい笑みはどこへいったのやら。


「ん? 何のことかな?」


「白々しいとぼけ方をしやがって。それじゃなきゃこのお荷物を連れて行くわけないだろ。殺人犯がいるような場所に餌食になりやすいこのバカを」


「あっ今、私のことバカって言いました?」


「念のために部屋に引きこもるよう言ったのに、ふらふら出歩くようなやつをバカ以外に何と言えと?」


「やっぱりー!」


「何もなくてよかったね」


「その状況を作り出したお前が言うな。そもそも部外者がのこのこ事件現場に行くこと自体おかしいんだ。なぜ警察であるお前が止めないでむしろ招待したんだ。追悼式にドレスコードなんてどう考えても変だろ」


「それは追悼パーティだって言うから。普段着で言ってたらきっと浮いたよ?」


「違う、違うんだ。そういう事じゃない。そもそもパーティが変だと思わないのか? どいつもこいつも常識を学んでいなさすぎる。日本では追悼パーティなんかしない。あんなの死者に対する冒涜だ。出席した全員呪われてしまえ」


「そうなると私たちも呪われることになりますけど」


「僕らは事件の解決の手助けをしたんだから幽霊や地縛霊だって大目に見てくれる」


「なんて自分勝手な論理」


「結果よければ全てよしって言うしね」


「だからそれをお前が言えた立場ではないんだと言ってるんだ」


「まあまあ、いいじゃないですか。先生がいなければ葉菜子さんの気持ちも、市籠さんと允典さんの想いも一生知ることができなかったんですから。そのために行ったってことにしましょ?」


「それが何だ」


「えーーー!?」


 感謝を告げる寿宏と允典をもう忘れたというのだろうか。今でも後ろを振り返ればこっちを見ている二人がいるかもしれないというのに。


「とても大事なことじゃないですか! あの家族にとってはすごく!」


「あんな事、僕が言う前に家族の内で話し合うべき問題だったんだ。第三者にうるさくあれこれ言われたって、明日の朝になればきっと怒りの矛先は僕になって結局何を言ったのかすらあの家族は忘れているだろう。まあ家族のなりそこないだがな。執事と娘の動き次第で状況は変わるだろうが、キョンシーになっていた骸骨旦那は一生理解することなく死んでいくだろうな」


「悲しいです」


「……そういやお前号泣していたな。鼻水垂らして汚い奴め」


「素敵なお話だったじゃないですか!」


「はあ……」


「何ですか」


 一実の熱量を「よくわかりません」と言いたげな顔をして適当にあしらった。大好きな映画や漫画を熱く語り合って、好きだろうと予測したものを「これ見て!」と押し付けた次の日に「何か微妙だった」と突っ返された気分だ。


 人の感性はそれぞれだとわかっているが、よさを理解してくれるはずだと期待していた相手だから尚更ショックが大きい。


 なぜなら事の始まりは人見だからだ。人を想うことの素晴らしさを語っていたのなら少しは葉菜子の思い出話に感化されたと思うのが自然だろう。


「ならあれを見ても素敵な愛だと言えるなあ」


「あれ?」


 しょんぼりと肩を落としていた一実に、人見はいたずら少年のような声をかけた。何ごとかと視線を追うと、道路を挟んだ向かい側に歩いている人物がいる。人見の言っている意味を理解しようとよくよく観察すると、片方は一実が知っている人物だと気づいた。

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