詰まり。
音佐りんご。
ゆびは。
◆◇◆
洗面所。
花園それを後ろから見守る。
菅田:あー、駄目っすね。これ完全に詰まってますよ先輩。
花園:そう、なんとか……ならない? 菅田くん。
菅田:一応頑張ってはみますけど、うーん、思ったより深くって、たぶん業者さん呼ばないとどうしようもないんじゃないかなぁ。
花園:それは……困るかな。私、ほら、知らない人家に入れるの苦手だから、その、怖くって。
菅田:そ、そうっすよね、花園先輩。すみません。
花園:そんな、菅田くんが謝ること無いよ。むしろ私は「いつもありがとう」ってお礼言わなきゃいけないくらい。菅田くん、困ったときはいつも助けてくれるもん。
菅田:いえいえ、先輩にはいつもお世話になってますからね。こうして恩返しが出来る機会があって俺、嬉しいっす。
菅田、得意げに笑う。
花園:菅田くん……。
菅田:は、花園先輩……あ、な、なんか長いもの無いっすか?
花園:長い、もの?
菅田:そうです、菜箸じゃちょっとこれ以上は厳しいんですよね。
花園:長いものかぁ。
菅田:あ、この前のバーベキューの時の串とかどうでしょう?
花園:……バーベキューの、串。
菅田:そうですそうです。鉄のやつ。確かあれ、花園先輩が用意されてましたよね?
花園:……確かに用意したけど、あれは……あれは、うん、残念だけど、捨ててしまったから。もうないよ。
菅田:あ、そうなんすね。
花園:まぁ一度、使った物だからね。あんまり再利用できないかなって。
菅田:でも、結構余ってたような。
花園:……うでも、またみんなでバーベキューするには足りないかなって。それでね、捨てちゃったの。
菅田:あー、なるほど。
花園;それとも、する?
菅田:え? するって何をですか?
花園;バーベキュー、二人で。
菅田:え、ええええ!? せ、先輩と二人でですか!?
花園:でも、二人だけじゃ、食べきれないよね。うん。じゃあ、だめだね。
菅田:え、いやいや、俺、結構食べるんで大丈夫っすよ?
花園:そうなの?
菅田:そうっす。
花園:そっか、じゃあ、今度やろうね。
菅田:はい、ていうかバーベキュー好きなんですね、先輩。
花園:好きだよ、お肉に串を、通すのとか。
菅田:あー、結構本格的でしたもんね。
花園;でも、今はないから、お箸で頑張ってもらえたら嬉しいな。
菅田:うっす。じゃあ、菜箸で頑張るっす。
排水口で菜箸がカチャカチャと音を立てる。
花園:ごめんね、菅田くん。
菅田:え?
花園:迷惑、かけて。
菅田:いえいえいえ! 迷惑だなんてそんな。
花園:でも、
菅田:先輩、困ったときはお互い様っすよ!
花園:うーん、やっぱり申し訳ないな。
菅田:さっきも言いましたけど、先輩はいつも良くしてくれてるじゃないですか。これくらいお安いご用っすよ!
花園:私なんて全然……。菅田くんってすごい良い子だから、つい手を出しちゃうっていうか……。
菅田:い、良い子!?
花園:あ、えっと、あはは、何言ってんだろう私。ごめんね?
菅田:いえ、正直その、嬉しいです。
花園:え?
菅田:あ、それに、やっぱり先輩が頼ってくれて嬉しいっす!
花園:菅田くん……。
間。
菅田:……なぁんて、はは。
花園:ふふふ。
菅田:あ、そういえば、先輩。
花園;どうしたの?
菅田:これ、何落としたんですか?
花園:……うーん。
菅田:つついたら何か感触はあるんですけど、引っ張り出せなくて、ぴったりはまってる感じですよ。固いような柔らかいような――。
花園:ゆび。
菅田:え?
花園:ゆびは、落としたの。
菅田:えっと、指輪、ですか?
花園:……うん。
菅田:あの、それは、どういう……、アクセサリー的な、
花園:アクセサリー?
菅田:いや、でも花園先輩あんまりそういうの付けてるとこ……。
花園:菅田くん?
菅田:あ、いや……先輩の大事なものっすよね!
花園:そう、とっても……とっても大事な物。だからごめんね菅田くん。お願い、頑張って取って欲しい。ダメかな?
間。
菅田:そっか……。うぅん、じゃあ頑張ってとらないとっすね!
花園:菅田くん、ありがとう! 大好き!
菅田:だ!? あ、えっと、俺も花園先輩のことす、すきです……あー!
花園:どうしたの?
菅田:あ、いや、そ、それにしても指輪なんて、水道管に引っ掛かるものなんですね!
花園:私ちょっと、油断してて……落としちゃった。
菅田:いや、でも、だとしたらこればっかりは引っ掛かってくれて良かったのかもです。
花園:良かったって?
菅田:だって、流れちゃったら大変ですからね。
花園:あー、確かに、大変なことになるかも。
菅田:不幸中の幸いってやつですよ。
花園:そう、だよね、うんラッキー、かも知れないね……。
菅田:あぁ、先輩そんな顔しないでくださいよ!
花園:え?
菅田:俺がなんとかするっす!
花園:……うん。ほんとにラッキー。近くに菅田くんが居てくれて。
菅田:は、花園先輩?! か、からかわないでくださいよ、もう! ほ、ほら、頑張って取るのに集中しないとでしょ?
花園:ふふふ、ごめんね。でも、ラッキーっていうのは心からそう思うよ、ほんとに、ついてる。……取れちゃったのにね。
菅田:上手いこと言いましたね、先輩。
花園:ふふ、お礼考えとかないとね。
菅田:お礼だなんてそんな。いいですよ。
花園:だめだめ。ちゃんとお礼しないと気が済まないもの。じゃないと私、菅田くんのこと嫌いになっちゃうかも。
菅田:え、それはどうして……?
花園:負い目があると、どうしても、距離を感じちゃって、そしたら私その人のこと避けるようになっちゃうから。
菅田:あー、なんとなく分かりますけど、それは寂しいですね。
花園:でしょ? だから、菅田くんは私の恩返しを甘んじて受け入れてください。
菅田:仰せのままに。
花園:うむ、よろしい。
菅田:なんか楽しそうですね。
花園:うん。じゃあ、そうだね、ごはんなんてどう?
菅田:ごはん?
花園:お礼といえば、食事でしょ? ごちそうしてあげる!
菅田:さっきのバーベキューの件ですか?
花園:ううん。違うよ?
菅田:え、じゃあ、何奢ってくれるんですか?
花園:奢る?
菅田:今度どっか行こうって話じゃ?
花園:そうじゃなくて、今。
菅田:い、今……ってことは、その、手、手料理……!? ごちそうって、手料理のことだったんですね!?
花園:もしかして、嫌? だったら外食でも良いけど……。
菅田:いや、そんなこと無いっす! めっちゃ嬉しいっす!
花園:そう! 良かった!
花園:折角、うちまできてくれたんだから、食べてって。
菅田:ありがとうございます。
花園:気にしないで。私がしたいからそうするんだもん。
菅田:やったー! ……あ、じゃなくて、ちなみに何作ってくれるんですか?
花園:実は私、今肉料理に嵌まってて……。
菅田:肉料理、ステーキとかですか?
花園:うん、そうだね。ステーキ、良いよね。それに最近いい包丁買ったから、美味しく焼けるようになったんだ。
菅田:へー! そうなんですね!
花園:実は、仕込んであるんだ。昨日から。
菅田:そうなんですか?! ていうか、めっちゃ本格的ですね!
花園:うん。じゃあ、ちょっと焼いてくるね。楽しみにしてて!
菅田:はいっす!
花園、去る。
菅田:……花園先輩の手料理。うわぁ、すごい、嬉しい。……叶わぬ恋と知りながらも、やっぱり嬉しい物は嬉しいよな。いや、でも待て、さっき大好きって、もしかしたら……いや、でも、うーん。
キッチンから肉の焼ける音がする。
菅田:ま、考えても仕方ない。大好き嬉しい。手料理嬉しい。今はそれで良いじゃ無いか。
匂いが漂う。
菅田:うわぁ、すごい良い匂いしてきた。これは、早く終わらせないとな。よし! 頑張ろう!
菅田、手元の菜箸をかちゃかちゃと操る。
菅田:にしても、手強いな。どんな詰まり方してるんだろ――んん?
菅田の手が止まる。
菅田:せんぱーい! なんか、固いところと柔らかいところがある感じなんですけど! もしかして何か一緒に引っ掛かってるんですかね?
花園:(声)あ、ごめーん、もしかしたら、いっしょにゴミとか詰まってるかも。
菅田:あはは、先輩、排水溝は網とか付けといた方がいいっすよ?
花園:(声)わー恥ずかしい……!
菅田:はは、……可愛い。――お?
菅田の菜箸が何かを掴む。
菅田:あ、掴めたかも!!
花園:(声)ほんと!?
菅田:はい! ……よし、じゃあ引っ張り出しますね!
菅田:ゆっくり、慎重に……。
花園:(声)菅田くん頑張ってー!
間。
菅田:よし、とれた! 指輪! と――。
花園:お疲れ様。
菅田:――え。先輩。ちょ、え、
花園:焼けたよ。
菅田:先輩、
花園:ふふ、よかった。
菅田:え、これ……
花園:取れたみたいね――
花園:指は。
《幕》
詰まり。 音佐りんご。 @ringo_otosa
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