バレンタインにかこつけて告白する幼馴染百合
川木
バレンタインにかこつけて告白する幼馴染百合
「もうすぐバレンタインね……」
「ん? そうだね。もちろん、今年も千奈美ちゃんにあげるからね。楽しみにしててね」
蘭子は机の上に広げている雑誌から私に顔をあげてにっこりと人好きのする笑顔を浮かべた。雑誌は蘭子が定期購読しているレシピ本で、はわかりやすくバレンタイン特集がされている。
昔から食べることが好きな蘭子は作ることも好きで、バレンタインも毎年手作りチョコをくれている。と言うか日常的にご飯もお菓子も作っているし、私もよくご馳走になっている。
バレンタインもただの大義名分と言う感じで、特にそれそのものに意味はない。クラスメイトにも普通に配っている。だから私も何も思わず受け取り、ホワイトデーにお菓子を買ってお返しして終わりだった。
だから私がバレンタインか、と言っても、私が渡す方として参加するとは思わなかったのだろう。小学生の頃誘われた時も、作る方に興味はなくて断ったことがある。
だけど、今年はそうではない。私だって、心境の変化と言うのがあるのだ。
「……あのさ、今年、私も一緒にバレンタインのチョコ、つくらせてもらってもいい?」
「えっ、そ、それは別に、いいけど。作りたい物があるとか?」
「ん、まあ。なんていうか。何つくるかは決まってないけど、渡したいって言うか」
「そ、そう、なんだ」
今までずっと、そう言うことに興味が無いと言っていた私の変化に、幼馴染の蘭子は戸惑っているようだ。だけどその顔に馬鹿にする気配はない。純粋にびっくりしているんだろう。
「あ、じゃあ、また放課後にね」
「あ、うん」
そこで昼休み終了のベルがなった。詳しくはまた、放課後に。と言うことで私は自分の席に戻った。
バレンタインで作りたい物自体は決まっていない。チョコはあれば食べるけど、自分から積極的に買うほど好きでもないし、こだわりもない。そもそも私が食べる為ではなく、好きな相手に渡すものなのだから、相手の好みに合わせるのが一番だろう。
だから、蘭子に頼んだ。蘭子が作るものと同じものなら間違いない。人に配る以上万人向けに作ってるとは言え、自分が嫌いな物を作るわけないんだから。
「……」
蘭子と離れたけど、心臓がまだちょっとドキドキしている。一番いい手なのは間違いないけど、
蘭子とは昔からの付き合いだ。出会いは覚えてないけど、幼稚園で一緒におままごとをしていた記憶はある。いつのまにか出会っていて、いつの間にか仲良くしていた。ちょっとどんくさくて小さなころからぽっちゃりしている蘭子は、私とは全然タイプが違うけど馬が合うと言うか、一緒にいて居心地がよかった。
そんな感じで腐れ縁じみた仲が続いているけれど、私は気付いてしまった。蘭子のことが特別に好きだってことに。
特別な出来事があったわけじゃない。ドラマチックなことも、雷に打たれたような衝撃もなかった。いつも通りニコニコしている蘭子を見てると、ほんとに可愛いなって、好きだなって思って、それだけじゃなくて、私の事だけ見てほしいなって。そう思っている自分に気づいた。
その感情はごく自然に私に馴染んだ。気付いてしまえばずっと前から当たり前に好きだったなって思うし、蘭子が離れてしまうなんて想像もできない。
告白をしたいと思った。だけど中々足を踏み出せなかった。だからこのバレンタインを切っ掛けにしたくて、蘭子に提案したのだ。
いきなり告白はハードルが高いけど、まず一緒に作らせて、と言うだけならなんとかできた。これで私が好きな人がいて、告白しようとしているのだと言うことは蘭子に伝えられた。あとは渡すだけだ。
「……はぁ」
机の上に教科書を出した手が、少し震えている。ちゃんと渡せるかな。土壇場で、冗談でとか誤魔化さないかな。
自分ではそれなりに器用に生きてきたつもりだったけど、蘭子にフラれたらと思うと、何もそれらしいアプローチはできなかった。告白しようと決めてから半年。私は自分の勇気のなさを嫌と言うほどわからされてしまった。自信がない。
……でも、ちゃんと告白しなきゃ。今までは蘭子も恋人をつくる気配はなかった。でもなんだか最近、蘭子は以前より綺麗になってきている気がする。クラスメイトも以前より蘭子を意識している気がするし、このままではその内、トンビに油揚げをとられかねない。
私はなんとしても、絶対、今度こそ告白するぞ、と心に決めた。授業にはあまり身が入らなかったけど、まあ、バレンタインデイは来週だ。それまでは仕方ないだろう。
○
「これでいいの? もっと混ぜなくて大丈夫なの?」
「あんまり混ぜると、ふくらみが消えちゃうから。大丈夫だよ」
「そうなの……」
千奈美ちゃんは真剣な顔で生地を見ている。その神妙な顔は、まるで重要な実験でもしているかのようなまなざしだ。
「じゃあ、後は焼くだけなのね」
「うん」
「……」
「そんなに心配そうに見ないでも、きっと美味しくできてるよ」
バレンタイン前日。私の家で千奈美ちゃんはバレンタインのチョコを作っている。今日はこのまま千奈美ちゃんが家に泊まっていく予定だ。お泊りは久しぶりだけど、幼馴染だから今までにも何回かあった。私と千奈美ちゃんは仲良しなのだ。
だけど、こんなことは初めてだ。
いままでずっと、千奈美ちゃんはバレンタインに興味なんてなかった。千奈美ちゃんは美人だけど恋愛ごと自体に興味が薄くて、漫画でもバトル物の少年漫画ばかり読むような男の子っぽいところがあった。
それでいいと私は思っていた。千奈美ちゃんが恋愛に興味がなければ、大親友の私が一番千奈美ちゃんの傍にいられるから。
だけど去年高校生になってから、千奈美ちゃんはどこか変わった。たまに憂いたような目をするようになった。私に向ける笑顔が少し変わった。照れたようにはにかむことが多くなった。意味ありげに私を見つめていることがあった。目が合うことが増えた。
ハッキリ言って、私は自惚れていた。もしかして、千奈美ちゃん、私のこと好きになったのでは? と。
いやだって、高校生になっても相変わらず千奈美ちゃんと親しい人は私だけだったし。私に向ける目が前より優しい気がするし。
千奈美ちゃんとは小さい頃からの付き合いで、いつも一緒にいてくれた。どんくさい私の手をいつも引いてくれた。昔から太っていた私はいじめと言えないほどの扱いをされたりしたけど、どうすればいいのかわからない私の変わりに怒ってくれたこともあった。
千奈美ちゃんは昔からしっかりしていて気が強くて、私が言えないことを言ってくれて、できないことをやってくれる。私にとって頼りになる大親友で、ちょっと気が強すぎて私以外に親しい人がいないのもどこか優越感があった。
千奈美ちゃんのことが大好きで、私が一番近くにいたかった。これが恋愛感情の自覚はあった。だけどどうせ私みたいなデブスは釣り合わない。友人ならまだしも、恋人なんて無理。そう思ってた。
だけどもちろん、千奈美ちゃんが血迷って私を好きになってくれたなら話は別だ。当然付き合いたい。もちろん、100%の自信はなかったけど、少なくとも意識されてるのは間違いないと思い込んだ。
だから私なりに、千奈美ちゃんに釣り合うように今までより身綺麗にして、ちょっとでも可愛くなれるようお洒落にも気を配った。
でもそれは本当に、私の思い込みでしかなかった。
「……」
予熱したオーブンにいれて焼かれる生地を千奈美ちゃんはじっと見ている。その横顔は、見ているだけで胸がどきどきしてしまう。
これで、私が自惚れた通りに私を思ってくれてるならどれだけ嬉しいことだろう。
でも、そんなわけない。私の勘違いだったのだ。どこの世界に渡す相手と一緒につくる人がいるのだ。千奈美ちゃんは当然私みたいなデブじゃなく、お似合いの素敵な人に恋をしていて、私はその余波に勝手にどきどきしてその気になってたのだ。
惨めがすぎる。千奈美ちゃんが私のこと? って希望を持っていてもダイエットを失敗するような私ごとき、ほんと、身の程を知れって感じだよね。
「うーん。中々膨らまないのね」
「まあ、そうだね。そろそろ席について待たない?」
「ん。そうね」
千奈美ちゃんを誘導して、ソファに座る。もうちょっとしたら母が帰ってくる。そうなると台所で込み入った話はできない。もちろん夜になれば私の部屋に行ってできるだろうけど。ちょっと、今のうちに踏み込んで聞いてみようかな。
「千奈美ちゃん、聞いてもいい?」
「ん? どうしたの? 改まって」
「まあ、なんていうか。渡したい人がいるって言ってたよね。その人って、つまり、その、好きな人なんだ?」
「……まあ、そうね。そうよ」
まだ気になるようで台所の方をちらちらみていた千奈美ちゃんは私の質問に動きをとめ、ちらっと私を見て顔を赤くしてから頷いた。
可愛い。千奈美ちゃんはいつも凛として格好よかった。こんな風にいかにも恋する乙女みたいな顔は初めて見た。でも、こんな可愛いところも、凄く魅力的でますます好きになってしまう。
でも、そうか。千奈美ちゃん、恋する乙女なのか。バレンタインにチョコレートを渡して告白なんて、如何にもだもんね。そう言う乙女心があったんだ。……可愛い。好き。
あー、片思いの芽が無いってわかってから新たな魅力に惚れ直しちゃうとか、私って本当、どうかしてる。諦めなきゃいけないのに。
どうせ、今回の千奈美ちゃんの恋が叶わなくたって私の恋が叶うわけじゃないのだ。だったら早いうちに諦めて、純粋な大親友として千奈美ちゃんの恋を応援できるようにならなきゃいけない。
もっと詳しく聞いて、千奈美ちゃんの好みと私は全然違うし絶対無理って明らかにしよう。
「ねぇ、誰? 私も知ってる人? 教えてよ」
「……今は内緒」
「えー、じゃあヒント。どんな感じの人か、雰囲気だけでも教えてよ」
「ん……優しい人」
照れながら応えてくれる千奈美ちゃんは可愛いし、ちょっとぶっきらぼうに答える感じもちょっと前の子供っぽさの残る千奈美ちゃんっぽくて可愛い。のだけど、それはそれとして、少なくとも自分に対して優しくない人を好きになる人はいないと思う。実質ノーヒントでしょ。
うーん。そのくらいだと、私だって千奈美ちゃんには全肯定くらい優しいでしょって思ってしまう。張り合ってどうするの私。
「もう一声」
「……お、……内緒」
「えー。今言いかけたのに」
「後で。後で、決意が固まったら言うから」
「え? そ、そう? じゃあ、わかった」
ちょっと拗ねたように頬が赤いまま私を睨むように言ってくる表情は、なんだかすごく見ている私も照れてしまいそうなもので、言葉も何だか意味ありげで、私は頷いて引くしかなかった。
だって、決意って。ただ好きな相手を私に言うだけで? それってもしかして、私だから? いやいや! もう勘違いしたでしょ、自惚れるのもいい加減にして私。幼馴染で大親友でも、あんまり接点無くて無理目な高嶺の花とかなら言うの躊躇うでしょ。そう言うことだよ! つまり、ますます私には無理ってこと。期待するな私。
そう自分に言い聞かせても、ドキドキしてしまう心臓は止められなかった。
○
蘭子の部屋に入るなんて何回もあったし、お泊りだって珍しいことじゃない。それでも、蘭子への思いを自覚してからは初めてのことだ。前回は何にも考えてない中学生の頃だった。
でも今、お風呂上がりの蘭子を見ると、こう、何と言うか、ちょっと、直視できない。だってなんか、色気がすごい。蘭子は普段きっちり着て露出があんまりないから、ちょっと薄着になると落差でもう、すごい。胸も大きいし、どこもかしこもふわふわ柔らかそうで、いい匂いがする。
うぅ。見てるだけでドキドキしてしまう。
「ねぇ、千奈美ちゃん」
「え、な、なに?」
思わずぼーっとしてしまって、蘭子の問いかけに慌てて応える。自分がお風呂に入る分には気持ちを落ち着けられたのに。
蘭子の部屋に泊まる時は子供の時ならともかく、大きくなってからは同じベッドで寝ていない。普通にベッドの横に布団を敷いて寝る形だ。
私用に敷いてもらっている布団に座って蘭子のベッドにもたれる私の隣に、お風呂をあがって部屋に戻ってきた蘭子は気負うことなく座った。
別にそれもおかしくないことだけど、すぐ隣に座られて余計意識してしまう。うう、いい匂いがする。
「さっき、後で言うって言ってたでしょ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「え、あ……さっきのって、その。私の好きな人の話、よね」
「うん。やっぱり内緒?」
……好きな人を言うと言うのは、つまり告白だ。
だからそう簡単には言えないのだけど、そんなことを知らない蘭子は急かすように問いつめてきた。
タイプだけでも知りたいと言うのはわかる。私も蘭子のことを恋愛的に好きじゃなければ、相手を気にかけてしまうだろう。そのくらいには普通にだって仲が良かったんだから。
蘭子は私に何も警戒していないようで、パジャマの一番上をとめておらず、上から谷間がちらっと見えてしまっている。やや赤みがかった肌は触れたくなるほど輝いている。ごくりと思わず唾を呑み込んでしまう。
「……」
「千奈美ちゃん?」
「うっ、いや、何も見てない、じゃなくて、その……」
告白をするつもりだ。明日、バレンタインのチョコを渡して。とそう脳内で言い訳してはっとする。待って。
一緒にラッピングまで済ませたチョコブラウニーは冷蔵庫にいれている。沢山つくったそれらは明日の朝には鞄に入れて持ち出して、蘭子はそれを配るのだ。じゃあ私との分は? 普通に考えたらそんなもったいぶる必要がないのだから、朝一に交換では?
え? そんな朝ごはんの片手間に、おばさんとか他の人も普通にいる空間で告白できるわけなくない?
「えっと、その。バレンタインのチョコって、当日以外に渡すのって失礼だと思う?」
朝の交換の時に断ったりしたら不自然だ。それに一回流したら放課後に改めて勇気が出るかわからない。だったら、今、渡すしかない? それに気づいた私は今度は緊張で唾を呑み込みながら蘭子に尋ねる。
蘭子が当日しかないわー。と言う価値観なら話が変わるので先にそう尋ねることにする。
「え? えっと、別にそんなことない思うけど。違う学校の人なの? 予定とかもあるし、賞味期限があるけど、別に明後日とか週末でも全然大丈夫だよ」
「じゃあバレンタインの前でも大丈夫かな」
「前でも大丈夫だけど、もう前日だよ? もう今年は渡せないってこと?」
きょとんとする蘭子に、はっとする。しまった! この状況で、前、つまり今渡せる相手なんて、蘭子しかいないじゃないか。蘭子がその気になってくれるようちゃんとした告白にしたくて、蘭子がOKかどうかばかり気にして、あからさまに条件を絞りすぎてしまった。
かーっと顔に熱が集まるのを自覚する。すでに恋愛感情を自覚してから何度も誤魔化してきたので、ドキドキするくらいならなんでもない風に装える自信はある。でも、この状況はさすがに誤魔化せないでしょ!
「ちょ、ちょっと待ってて!」
今は気付いていないけど、もうちょっとよく意味を考えればすぐに気づかれることだ。今、告白するしかない。まだちょっと心の準備はできてないけど、するしかないのだ。ここで誤魔化したって、どうせ後で気づかれるのだ。そうなったら気まずくて、このまま幼馴染でなんていられない。
だったらはっきり告白した方がいいに決まってる。私は、蘭子が好き。この気持ちは誰にも負けない。蘭子にだって否定させない。
蘭子が私をどう思っているのかはわからないけど、でも、私の気持ちを伝えなきゃ何も始まらないはずだ。
私は蘭子にそう言って部屋を飛び出す。そして冷蔵庫から私が作ったチョコレートを取り出して戻る。
「お待たせ」
「う、うん。それはいいけど……チョコ、持ってきたんだ?」
「ええ」
部屋に戻ると蘭子は戸惑いながら顔を赤くしていた。私が出ている間に、私の言葉の意味に気付いてしまったらしい。もうすでに知られている。そう思うと逃げ出したいくらい、体が熱い。
「あの、もう気付いているかもしれないけど」
「う。うん」
「……私がチョコをあげたい相手は、蘭子よ」
蘭子の顔がまっすぐに見れない。ちょっと間違えれば手に持っているチョコレートの包装をぐちゃぐちゃにしてしまいそうだ。手が震える。手汗もすごい出てきている気がする。
「それは、あの、そう言う意味、だよね?」
ためらうように戸惑うように、蘭子はそう曖昧に問いかけてくる。
やっぱり蘭子にその気はなかったのだ。迷惑だったのか。もしかして幼馴染の立場を利用して気持ち悪いとか思われたのか。そんな風に最悪なことばかり思考が走る。
いや! だとしても、ここで終わりじゃない。まだ全然、終わりなんかじゃない。
「そうよ。蘭子のことが、好きなの。好きになっちゃったの」
このままではフられてしまう。そんな危機感が私の羞恥心や恐怖心を押しのけ、私は座ったままの蘭子の前に膝をついてチョコを差し出しながらストレートに告白した。
蘭子はどこかぼんやりしたままそれを受け取ってくれた。わかりやすく全面拒否する様子はない。それだけでほっとしながらも、でもいつもの蘭子ならすぐに柔らかい声音で応えてくれるところ、何も言葉を返してくれない。
まだ。もっとちゃんと伝えなきゃ。今すぐなんて無理は言わない。でもちょっとでいい。私の気持ちの変貌に拒否感がないなら、これからを見てほしい。
「ごめん、急に。でも、私の事、そう言う意味で考えてほしい。これから幼馴染としてだけじゃなくて、恋人候補として、見てほしい」
「……ほ、ほんとに? 夢じゃなくて?」
「え? いや、夢って。……夢じゃない。私が蘭子の事好きな気持ちは疑わないでほしい」
ほわぁ、とでも口から声がでそうなほどぼんやりとしている蘭子に、私は気持ちが伝わるようにしっかりと正面から顔を合わせて言った。
「っ、う」
「え、ちょっと、蘭子?」
ようやく私の言葉が届いたのかな? と思った瞬間、蘭子は顔をこわばらせてぽろぽろと泣き出した。我慢できないというように、両の目から次々に出てくる。
チョコを持った手をおろして、反対の手で涙をおさえる蘭子だけど、全然止まらない。慌ててハンカチを取り出して頬に押し付けると、蘭子はそれを受け取って押し付けるように涙をぬぐった。
こするでもないその仕草は大人っぽくて、そんな場合じゃないけどなんだかドキッとしてしまう。いつもふわふわと笑顔だった蘭子が泣くところなんて、初めて見た。
だけどドギマギすると同時に、悲しくなる。私に告白されるのは、泣くほど嫌だったのだ。言葉にできないくらい嫌悪感を感じて、涙をこぼしているのだ。
「泣かないでよ、蘭子……」
私の方が泣きたい。なにも、泣くことはないじゃないか。確かに私の告白は突然だったかもしれない。予想外で、意識もしてない人間に告白されて、いっそ気持ち悪かったのかもしれない。でも、なにも泣かなくても。
「ご、ごめんね。私も、こんな、泣くつもりなんて、なかったんだけど」
「……ううん。私こそ、ごめんなさい、ほんと、身の程知らずに好きになって。泣くほど嫌だったなんて思わなくて」
告白して、さすがにその場でOKはもらえなくても、とりあえず恋人候補として友達以上の付き合いをしてもらえるんじゃないかって。そしたらそこからが勝負だって。そんな風に思ってた。
でもそんなことなかった。その場で拒否されないって自惚れていた。ただの友達でしかなかったんだ。泣くほど嫌なんて。蘭子は優しいから言葉では言わないだけで、それ以上に雄弁にその感情を語っている。
惨めだ。もういい。もう、諦めるしかない。こんなに嫌がっているのに、もう頑張ることはできない。
泣きそうなのを堪えて、誤魔化すようにお尻を下すことで距離をとって俯く。泣いてしまったら、きっと蘭子は私を傷つけたと、もっと傷つけてしまう。そんなつもりはない。なかったことにして、また元通り、は無理でも、無難に友達の関係に戻りたい。
「えっ!? え、いや、違う! 違うよ!?」
顔を伏せて気取られないまま蘭子を慰め、告白を流そうと思っていたのだけど、何故か私の言葉に蘭子は急に興奮したように叫んだ。
「んえ?」
びっくりしてちょっとうるんでいたのが引っ込み、思わず顔をあげてしまう。
そこには頬に涙が流れた線もそのままに、蘭子がびっくりした顔をしていた。いや、何故そこでその顔? 理解が追いつかない。
「あの、私は嫌で泣いたとかじゃなくて、その、私も、千奈美ちゃんが好きなの」
「えっ……え! ほんとに!?」
はにかんだ笑顔で言われた内容はとっさに信じられないくらいで、思わず膝立ちになって蘭子の肩を両手でつかんだ。
それに一瞬びっくりした肩をゆらしながらも、蘭子は顔を赤くして、今度は素直に喜んでるとわかる可愛らしい顔で頷いた。
「う、うん……ごめん。嬉しすぎて、泣いちゃった」
「……そっ、そうだったの!?」
そんなこと、ある? え、蘭子、可愛すぎない? 嬉しすぎて泣いちゃうとか、繊細すぎるでしょ!
「じゃ、じゃあ、あの、こ、これから、恋人ってことで、いいの?」
「う、うん。その、こんな私だけど、千奈美ちゃんのこと、大好きな気持ちは本当だから。千奈美ちゃんがいいなら、その、恋人としてよろしくお願いします」
「っ! 嬉しい! よろしくね! 絶対、幸せにするから!」
私は予想もしていなかった展開に、ものすごく嬉しくてたまらなくて、喜びのまま蘭子に抱き着いてそう宣言した。
「お、大げさだよぉ」
腕の中に素直に収まる蘭子はあったかくて、可愛くて、都合のいい夢じゃなくて本当に、蘭子と恋人になれたんだって実感して、なんだかちょっとだけ、私も泣きそうなくらいだった。
○
千奈美ちゃんに告白された。全然予想してなかった。チョコレートをとってきた時点で、え、もしかしてとは思ったけど、まさか本当にそうだと確信はなかった。
だってその前に、絶対あるわけないって諦めたから。だからもしかしてこれは都合にいい夢なんじゃないかとか、ドッキリなんじゃないかとか、そんな風に疑ってしまって、すぐには答えられなかった。
でも間違いないって、千奈美ちゃんが念を押すように言ってくれて、その言葉が染み込むと同時に私は泣いてしまった。だってそんなの、嬉しすぎる。絶対あり得ないと思ってただけに、嬉しすぎて、私は言葉にできなかった。
「泣かないでよ、蘭子……」
そんな情けない私に、千奈美ちゃんは相変わらず優しくて、その優しさがただの友情じゃなくて、恋愛感情なんだと思ったら余計に嬉しくて、私はそのまましばらく泣いちゃった。
「私こそ、ごめんなさい、ほんと、身の程知らずに好きになって。泣くほど嫌だったなんて思わなくて」
ようやく涙が止まった私に、千奈美ちゃんはいつになく柔らかい声でそう言った。そのいつもと違う声音に一瞬不思議に思って、それからその内容が頭に届いた。
「えっ!?」
意味がわからないくらい自虐的なその認識に、素っ頓狂な声が出てしまってから、私は慌てて訂正する。
「こんな私だけど、千奈美ちゃんのこと、大好きな気持ちは本当だから。千奈美ちゃんがいいなら、その、恋人としてよろしくお願いします」
そして笑顔になってくれた千奈美ちゃんにほっとしながら、私は改めて気持ちを伝えた。
千奈美ちゃんの事が大好きだった。もしかして千奈美ちゃんも? とは思った。それでも、私から告白する勇気なんて全然なかった。
でも千奈美ちゃんは告白してくれた。それどころか、私が泣いちゃって、それが嫌だからなんて勘違いをしても、千奈美ちゃんは優しく私の涙をぬぐってくれた。
優しすぎる。千奈美ちゃんのこと、改めて好きになってしまう。ずっと前から、ずっと大好きだったけど、それだけじゃない。千奈美ちゃんの新たな面が沢山でてきて、その都度、もっと大好きになってしまう。
「絶対、幸せにするから!」
なんて言って、千奈美ちゃんは私を抱きしめた。恋人になれたのは嬉しいけど、それって、結婚とかする時に言う言葉じゃないかな。でもきっと、千奈美ちゃんは本気でそう思ってくれているんだ。
「お、大げさだよぉ」
千奈美ちゃんの背中をぽんぽん撫でながら、私は思わずそう言ってしまう。本当はすごく嬉しい。千奈美ちゃんは冗談は言っても、嘘はつかない。だからきっと、本当に本気でそう思っていってくれているってわかった。わかったけど、幸せすぎて、ちょっと恥ずかしいから。
「大げさじゃない。蘭子が一緒にいてくれたら私は幸せだから。だから同じように思ってもらえるよう、頑張るってことよ」
「……そんなの、私も同じだよ」
私が小さめの声でそう応えると、千奈美ちゃんはぎゅっと抱きしめるのをやめて顔を合わせて、小首をかしげた。その様子は可愛らしくて、格好いいだけじゃなくてこんなに可愛い千奈美ちゃんも、私の恋人なんだ。そう思ってドキドキしてしまう。
「そうなの?」
「うん。千奈美ちゃんが私の恋人として傍にいてくれるなら、それだけで幸せだよ」
そうすると千奈美ちゃんはぱっとまた笑顔になって、ぎゅっと私を抱きしめた。
そうしてしばし抱き合ってから、千奈美ちゃんは恥ずかしそうに私を離した。
「その、ちょっとテンション上がって、強引にしちゃったわね。ごめん」
「謝らないで。私、嬉しかったよ」
「んん。また抱きしめたくなっちゃうから、やめて」
抱きしめてもらってもいい、むしろ抱きしめてもらいたい。そう思ったけど、そう言うのは恥ずかしいから。と言うか、よく考えたらパジャマだし、なんかすごく恥ずかしくなってきた。お風呂上がりだし大丈夫だと思うけど、緊張とかでちょっと汗かいちゃったけど、大丈夫だったかな。
「あ、あの、チョコレート、ありがとう。食べていい?」
「それはいいけど」
誤魔化すように、さっそく千奈美ちゃんからもらったチョコレートブラウニーを開封する。一緒に作ったし、ラッピングも全部私が知ってる。何も予想外じゃない。だけど、私に向けたものなんだ。そう思うと、すごくわくわくする。
千奈美ちゃんが用意している時は正直、誰か知らない人に渡す想像をして嫌な気分だったけど、でも今は、あれだけ真剣につくって用意してくれたのを知っているだけに、とっても嬉しい。
「ん、美味しいね」
「まあ、ふふふ。千奈美と一緒に作ったんだし当たり前だけど、ありがとう」
「あ、それだよ。私と一緒に作ったんだから、絶対私に渡すんじゃないって思ってたし。びっくり」
「え? そう? 千奈美と一緒につくったほうが、間違いなく千奈美が喜ぶ味になると思ったんだけど」
「ん、うーん」
そう言われたらまあ、そうかもだけど。千奈美ちゃんってやっぱりちょっと、普通の女の子の思考じゃないよね。
「と言うか、私なんかのどこが好きなの? 私って、まあ、その、デブだし」
好かれてるかもと自惚れたりもしたし、結局そうだったわけだけど、釣り合うかとか、そもそも私って千奈美ちゃんに惚れられる要素があるかと言われると疑問だ。
「えっ? デブって、そんな風に卑下しないで。蘭子は肉付きがいいけど、むしろ私みたいに骨ばってるのより可愛いし、いつもにこにこしてる性格が魅力的でずっと一緒に居たくなるし、なにより、笑顔が可愛い」
「……」
え、そんな、全肯定されると思ってなかった。もちろん、どこが好き、なんてふざけた質問をしているので、褒めてもらえるとは思ってたけど。こう、千奈美ちゃん的にいいところを教えてもらって、長所を伸ばしていこうとも思っての質問だったのに。
そんなにいつも笑顔だったわけでは……うーん? でも、千奈美ちゃんのことは好きだから、千奈美ちゃんの前ではそうだったと言われたらそうなのかな?
「照れてるの? 可愛い」
「う。ち、千奈美ちゃん、そう言うキャラだっけ?」
もっとこう、気が強いと言うか、ハキハキ何でも言うからけっこう辛辣なことも、って思ったけど、でも思い返してみても、人を褒めるのにもハキハキ言うから、別におかしくはないのか。うう。でもまさか恋人になってもそんな素面で褒めてくるなんて。
「キャラと言われても。私は別に、思ったことを言っただけよ。それより、蘭子は、その。私のどこが好きなの?」
「えっと、その、なんでもはっきり言う気持ちいいところとか、いつも凛々しくて格好いいところとか、その、告白の時の可愛い感じとか、全部好きだよ」
聞かれたので、ちょっと恥ずかしいけど素直に答える。全部好きって言うのが純粋な本音だけど、それだけだとさすがにたくさん褒めてくれた千奈美ちゃんに申し訳ないので、言いまわしを考えてみた。言ってて思うけど、千奈美ちゃんはほんと、格好いいと可愛いと両方持ってて強いなぁ。
「そ、そんな風に見てくれてたの? ふふ、照れくさいけど、言葉で聞くと思ってたより嬉しいわ」
「う、うん。そうだね。あ」
照れている可愛い千奈美ちゃんを見ていると、折角のブラウニーがいつの間にかなくなってしまっていた。もちろん自分用にも分けておいたから同じものが他にもあるけど、でも、千奈美ちゃんがくれたのはこれで全部だ。
「ご、ごめん。もう食べちゃった」
「ん? どうして謝るの? 蘭子にあげたんだから、喜んでもらえて嬉しいけど?」
「そ、そっか。じゃあよかった」
「あ、ねぇ、催促するみたいで悪いんだけど、私も、蘭子からチョコもらってもいい?」
「あ、うん。ちょっと待ってて」
千奈美ちゃんの催促にはっとする。確かに、私もと告白したんだから渡すべきだ。とは言え、普通にいつも通りの友チョコで作ってしまっているから、折角ならちゃんと本命チョコを作りたい気もするけど。でも千奈美ちゃんが欲しいと言うなら話は別だ。
私はいそいそと台所に行って千奈美ちゃん用にラッピングしておいた分をとってくる。ついでに飲み物も。部屋には普通にいつも通りお風呂上がりに飲む用の水が部屋にあるしさっきはそれで食べたけど、折角だしちょっとくらいいいよね。千奈美ちゃんが好きなホットミルクを二ついれて部屋に戻る。
「お待たせ。はい、ついでのホットミルク」
「わ、ありがとう。蘭子のそう言う細やかな気遣い、いつも素敵だなって思ってたの」
「えっ、あ、ありがとう。えへへ。照れるね。ごめんね、もう自虐しないから、そんなに褒めてくれなくて大丈夫だよ。はいどうぞ」
そっとお盆を二人の間においてから腰をおろして座ると、千奈美ちゃんはすかさずピッタリ私に寄り添ってからそう褒めてくれた。いつもはわざわざそんな風に言わないから、きっとさっき私が自分を、私なんかって言ったからまだサービスしてくれてるんだろう。
さすがに照れくさいからそう訂正しつつ、そっと千奈美ちゃんに包装を渡す。
「ありがとう。早速いただくね。ん。美味しい」
千奈美ちゃんは嬉しそうに、でも例年とは違ってちょっと照れながら受け取ってくれて、開封して中身を一つ取り出して一口食べた。ミルクを飲みながら微笑んでくれた千奈美ちゃんを見ていると、何だか満たされると共に、もっとちゃんとしたのをプレゼントしたいなって気持ちになった。
包装も百均で買った透明のフィルムケースをつかった簡易包装だし、千奈美ちゃんがくれたのはもちろんあれでいいけど、今度ちゃんとしたの作ろうかな。本命チョコつくるのって一回してみたかったし。
「蘭子、あーん」
「えっ、いや、それは千奈美ちゃんにあげた分で」
「うん。美味しいよ。でもほら、蘭子の分もうないし」
「う」
「恋人の蘭子と一緒に楽しみたいの。ね、いいでしょ? ほら、あーん」
早食いでごめんなさい。だって、正直一人分で分けてるしみんなこのくらいでちょうどいいって言うけど、一人分って少なくない? 秒でなくなっちゃうよね?
恥ずかしい。それに、あげたバレンタインチョコをもらうってどうなの? いや同じものだし、と言うか余ってる分もあるし、そもそも後日また作るつもりだし、いいの、かな?
と抵抗はあったものの、あーん、と恋人に迫られて拒否できるほど私の理性が強かったら太っていないわけで。
「あ、あーん。んぐんぐ」
美味しい。ホットミルクを一口。ああ、合うなぁ。やっぱりチョコにはミルク。水でシンプルに口をリセットするのもいいけど、甘いホットミルクと甘いチョコの味は口の中をあまあまにしてくれて幸せな気分になる。
それを千奈美ちゃんが、かっこいいお顔を寄せて、手づから食べさせてくれる。すっごく気分がいい! お姫様になったみたいな気分! しあわせー!
「美味しかった?」
「うんっ。……って、ほとんど私が食べちゃってる!? え、な、なんで!?」
あーんされるまま食べて、全部なくなったので優しく微笑みかけてくれる千奈美ちゃんにミルクを飲んでお腹をさすりながら応えてから、千奈美ちゃんが最初の一口しか食べてないことに今更気付いた。
もちろん私がやっちゃってる訳だけど、千奈美ちゃんだってわかっててやってるよね!?
「蘭子が食べてるとこ、幸せそうで可愛くて、好きだからつい。でも私も最初に食べたしね? 美味しかったよ。ありがとう、蘭子」
「う、うぅ。そう言ってくれるのはその、満更でもないけど。でもそもそもこんな夜に二人分も食べて、太っちゃうし」
最初に食べ始めたのは私だけど、でもそれは千奈美ちゃんの気持ちが嬉しくて、嬉しすぎて浮かれちゃってたからで、本当ならこんな夜中に、しかもミルクのお砂糖たっぷりだし。
お腹を撫でながら後悔する私に、千奈美ちゃんはにっこりと笑って、私の手に自分の手を重ねる。え、ちょっと、間接的にだけどお腹触られてるの恥ずかしいな。
「ちょっとくらい太っても大丈夫よ。そもそも蘭子は太ってないし、可愛いから」
「え、えぇー? そんなこと言うのは千奈美ちゃんくらいだと思うけど」
「私が思ってるだけじゃ不満?」
「ふ、不満じゃないけどぉ」
「それに触り心地もいいし、私は好きだな」
千奈美ちゃんは言いながらそっと私の手の甲を撫でた。その仕草はなんだかとってもえっちな意味もあるような気がして、私は体温があがってしまう。デブだし、私なんかと思ってたけど、考えたら恋人にって言われたってことは、千奈美ちゃん、私のことそう言う目でも見てるんだよね?
うっ。今更すごく恥ずかしくなってきた。私、パジャマの下に下着つけない人なんだけど、胸、もしかして浮いてないかな。大丈夫?
というか、もしかして千奈美ちゃん、そう言う趣味の可能性がある?
「ち、千奈美ちゃん」
「お腹いっぱいになった? まだ余裕あったし、なんならもうちょっと持ってこようか?」
「え、それはさすがに」
「蘭子が食べたいなら、私、食べさせたいな。恋人になったし、ちょっとくらいいちゃいちゃしたいって言うか。駄目?」
この後、私はドキドキしながら千奈美ちゃんの甘言にのって、もう一人前食べてしまうのだけど、なんならホワイトデーまでに3キロも太ってしまうし、そう言う意味でお泊りする為にせめてこの時の体重に戻るまで半年もかかるとは、この時は考えもしないのだった。
おしまい。
バレンタインにかこつけて告白する幼馴染百合 川木 @kspan
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