第40話

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【Q.あなたから見た〈彼〉の印象を教えてください】


「もう、そんなこといったら不機嫌になるくせに。ねー? パパはおこちゃまだもんねー?」


 ニットの白いセーターの上に白衣を羽織った美人は、抱っこしている娘に頬をすりつけて笑った。


 娘の名はエレノア。今年で四歳になる。


【Q.そうではなくて、医学的に〈彼〉を教えて欲しいんですが】


「そうねぇ、強いて言うなら〈彼〉は、魔法の才能はないけど、魔力の才能はあるって感じかしら」


【Q.というと?】


「生まれつき魔力を外に出せない体質なんでしょうね。傷の治りが早いのも、体内に蓄積された膨大な魔力が関係しているんだと思う」


【Q.あの王家の秘術は魔法ではないんですか?】


「魔法の一種であることは間違いないわ。きっと王家の秘術っていうのは、〈彼〉にとって体内の魔力を放出する唯一の方法なのよ。同時に、〈彼〉自身の命を守る方法でもあるのね」


【Q.もう少しわかりやすく教えてくれませんか】


「つまり〈彼〉は、王家の秘術で魔力を発散しないといつか体が破裂しちゃうってこと。前国王様はきっとそのことに気づいて、〈彼〉に王家の秘術を教えようとした。でもそれは王家にしか伝えられない技。だから〈彼〉を養子にしたのよ」


【Q.もしも王家の秘術を習得できなかったら〈彼〉はどうなっていたと思いますか?】


「きっともうこの世にいなかった。修行で小出しにしてきたからこそ今があるって感じね。ちなみに秘術を習得できたのはセンスもあるのでしょうけど、本人の努力が大きいと思うわ。身長もそれほど高くないし、骨格も平均的な東の島国の人と同じだもの。〈彼〉が王家の秘術を習得できるかどうかは、前国王様にとっても賭けだったはずよ」


【Q.では、前国王はもともと〈彼〉を国王にするつもりはなかったと?】


「たぶんね。でも王家の秘術を習得できたのは、実子のアスタロトではなく〈彼〉だった。王の器は血で引き継がれるのではなく、意志と魂に引き継がれるものなのよ。だって〈彼〉、前国王様に似てるもの」


【Q.なるほど。貴重な意見、ありがとうございます】


「さて、それじゃ次はわたしが質問する番ね」


 そういって彼女は、こちらに向かって手を伸ばした。


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「おいおい、ずいぶん強引だな」


 控室でドレイクは苦笑した。


 目の前には、いましがた彼から奪った映像記録用の魔道具を持って悪戯っぽい笑みを浮かべているエルザが座っている。


「教えて。いまさらこんなことをみんなに聞いて回ってどういうつもり?」

「記録に残しておきたかったんだ。俺たちのことを」

「家庭をほったらかしにしてまで?」

「これも家族サービスの一環じゃないかな? ほら、娘たちの成長記録も兼ねてさ」


 ドレイクはバツが悪そうに頬を掻く。


「どうせ、少しでも〈彼〉の弱点を探ろうとしてたんでしょ」

「ま、まぁ、そういう側面もなくはないかな?」

「そんなことしなくたってあなたは強いわ」


 エルザは、不満気にいった。


「……ありがとう、エルザ」


 ドレイクは立ち上がる。


 纏っているのは、彼の情熱を代弁するかのような、真っ赤に燃える炎が描かれたトンクス一枚。


 鍛え抜かれた体の各所には、古い傷が刻まれている。


「かましてやんなさい!」


 エルザが拳を突き出すと、彼女が抱いていた女の子も真似して拳を突き出した。


「ああ、全力でかたりあってくる!」


 ドレイクは控室を出た。


 正面に伸びるのは薄暗い廊下。


 奥には外の光が見えた。


 やがてその光の中に入ると、大きな歓声が聞こえた。


「おおー! やっとでてきやがったー!」

「遅いっすよ隊長殿ー! 腹でも下したのかと思ったじゃないっすかー!」

「負けたら奢りですよ隊長殿ー!」


 そこは周囲がぐるりと観客席になっているコロシアム。


 乳白色の石で作られた古代風ながら、作りは奇麗だ。


「わははは! どうだ儂が出資したコロシアムは! 来週にはオープンしてここは客で溢れかえる! そしたら儂はさらに大儲けじゃあああ!」


 鼻の下の髭が特徴的な元大臣がなにやら叫んでいた。


 彼は近頃、財政に関するアドバイザーとしてよく王宮に顔を出す。


「おじさーん! がんばってねー!」


 キリカと孤児の子供たちが「ガンバレ! オジサン!」と筆で書かれた旗を振っていた。


 彼女の道場には世話になった。月に一度は食事に誘ったり誘われたりする家族ぐるみの付き合いだ。


「おじさまー! 負けたら承知しませんわよー!」

「俺の娘が応援してんだ! 絶対に勝てよ親友! うっ……頭いてぇ……」


 クリスマスローズ家もいる。


 ロザリアは旅に出ていたが、今日のことを聞きつけて帰ってきたようだ。以前より大人びている。


 ロバートの奴は相変わらずだ。昨晩、一緒に飲んだ酒がまだ抜けていないのか、頭を抱えていた。


「ふん、せいぜい悔いの残らんようにするんだな」


 リリィは、いまやすっかり城下町になじんでいる。


 薬になる珍しい植物を取り扱うことも多く、ときおりエルザと二人で食事にも出かけているようだ。


「「パパー! がんばってー!」」


 娘のサンドラとシルフィーヌも来てくれた。


 二人ともドレイクと同じ茶色の髪。


 髪が長いのが長女サンドラ、短いのが次女シルフィーヌだ。


 サンドラはいま学校の先生を勤めており、シルフィーヌはついこの間、国立マッシブ大学の入学が決まったばかり。なんでも、宮廷医を目指しているそうだ。


 観客席にいるみんなに手をふり、ドレイクは正面に向き直る。


 闘技場の中央に立っているのは、〈彼〉だ。


「よい顔になったではないか、近衛長」

「ありがとうございます」

「よもや、お主の年齢でそこまで熟成するとはの」

「はは、自分でも驚いています。あなたと出会ったのが三十代前半。いまはもう四十をこえてますからね」

「素晴らしきはその執念よ」

「執念、とは違います」


 ドレイクが告げると、〈彼〉は怪訝な表情になった。


「憧れです」

「……そうであったか」

 

 二人は笑いあう。


「さて、近衛団長。いや、ドレイクよ」

「はい」

「今日は、思う存分! 心行くまで! 全力で!」

かたり合いましょう!」


 二人が拳を握りしめると、「ちょっとまった!」と声がコロシアムに響いた。


 ざわつく観客席。


 戸惑う二人。


 廊下の奥からやってきたのは、娘を抱いたエルザだった。


 彼女は力強い足取りでドレイクの横を通り過ぎ、二人の間に立った。


「開始の合図もなしなんてしまらないでしょ!」

「エルザ……」

「ふっ、では任せるよしようかの」


 エルザは鼻を、んふー、と鳴らすと、大きく手を振り上げた。


「両者、準備はよろしいですね? それじゃいきますよ? レディ…………ファイッッッ!」


 いま、戦いの火蓋が切って落とされた。





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あとがき


最後までお読みいただきありがとうございました。

ほとんど勢いで書いてしまった作品ですが、個人的に好きなキャラも多く、楽しんでいただけたのなら幸いです。

次はゲストキャラ(ギルドのパーティーやモヒカン)に頼らないように書いてみようと思います。

次回作は3/3 AM6:00更新。

文明が崩壊した世界で危険な封鎖地域にもぐりこみ物資を回収する”盗墓屋”たちの物語です。

ジャンルは学園ハーレム系ポストアポカリプスサバイバルライトノベル。

もしよろしければ、ぜひそちらもどうぞ。


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裸拳の王様 超新星 小石 @koishi10987784

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