第24話 もう一度


「師匠、どうしていきなりこんな」


 屋敷の一階のリビングで私は戸惑いながら聞いた。


「仕方なかろう。考え抜いた末の結果じゃ」

「考え抜いて、どうして私に首輪を掛けることになるんですか!?」


 胸の前で腕を組みドヤ顔で言う師匠に私は自身の首にはめられた太いリングを掴んで外そうとする。

 しかし、白を基調としたクリアブルーのラインが入った首輪はどう足掻いても取れる気配がない。いったいどうしてこんなのを私に無断で付ける考えに至ったというのか。


「お願いです、師匠。これ、取ってください。どうしても落ち着かないんです」


 私は師匠に懇願するように言った。

 この首輪は一切肌に触れずに浮いている状態で私の首に掛けられているが、どうも落ち着かない。胸の奥底で慣れない嫌な感覚がずっとするのだ。

 師匠はそんな私の真意を知ってか知らずか、ガバッと私を抱き寄せると背中に手を回し、片手を頭に置いてきた。


「っな!?し、師匠!?」

「かわいい」

「んなっ!?ちょ、と離れてください、ぁ、師匠、もう、ちょ……」


 頭を撫でながら力一杯抱きしめてくる師匠に私は必死で抗うが、力負けして全く抜け出せない。


「し、ひょー……苦じぃ……ギブで、す」

「ん〜〜ん?あ、すまんすまん、つい」


 私は手首だけ動かして師匠の太ももを叩きながら言うと、ようやく気が付いたのか私を解放してくれた。


「師匠……、私を殺す気ですか……」

「いやぁ、キリアがあまりにもあざとい聞き方をするもんでな。じゃから、お主にも責任がある」


 いや、そんな理不尽な……。

 私は上着のズレを直してため息を吐いた。まったく、この人には困ったものだ。


「あのですね、師匠。何度も言ってますが、中身は男なんですからそういったことを気安くしないで下さい。あと、髪の匂いも嗅がないで下さい」

「ちぇ〜〜」


 首元を抑えながら注意する私に師匠はぶーたれるだけで反省の色はない。


「なぜ見た目が可愛いい男に女である我が抱き付いてはならんのじゃ」

「その案件がすっごくややこしいからですよ。お願いですから」


 私は魂だけ転生し、死んでしまったエルフの少女に代わるようにしてこの体に乗り移っているのだ。今は自分の体とは言え、好き勝手するつもりも、されるつもりもない。それはこの体の持ち主に対して申し訳が立たない。


「昨夜はあんなに我に泣きながらしがみついてきておった癖に。貴様だけ我に自由に抱きつけるなど不公平じゃとは思わぬかや?」

「不公平って、そうではなくて。あれは……その、感情が昂っていたからで、も〜〜〜」


 なぜこの人は頭が良いのに察しが悪いんだ……。


「む。今、お主。我のことをなんぞ思うたかや?」

「ほら、そういうところですよ!」

「仕置きじゃ仕置きじゃあー、このかわゆいたわけめ!」

「うわああああ〜〜〜〜っ!」


 私はガバッと両腕を広げて抱きつこうとしてくる師匠から一目散に逃げた。エントランスの階段を駆け上がり、自室の扉に手を掛け、中へと入るその間際、振り向き様に追っ手を確認する。


「あ……あれ?」


 師匠がいない。

 おかしい。いつもなら扉をこじ開けてでも追いかけてくるはずなのに。


「いったいどこに?」


 私は不審に思い、かくれているであろう師匠を探して廊下を見渡していく。するとその途中、目にしていた景色が突然先ほどまでいたリビングの景色へと変わった。


「ここじゃ。たわけ〜」

「えっ?!」


 その声に驚きながら振り返るとにっしっしっと悪い笑みを浮かべた師匠がいた。


「確保っ!」

「きゃうっ!!?」

「なんじゃ今の声は!もう一回聞かせよっ!」

「離して、離して下さいししょーー!」


 私はまんまと捕まり、師匠のもみくちゃにされていく。

 なんで?さっきまで自分の部屋の前にいたのに!


「まさか……」


 ーーーキリア転移装置。

 私はそこでようやく師匠の言っていたこのリングのダサい名前を思い出した。

 そういうことかっ!


「んふふふふふふ〜〜〜」

「師匠、なんて卑怯な真似をぉ〜〜!」

「卑怯?なにが卑怯というのかや〜?我の知力の賜物じゃ〜〜〜んふふふふ、はあ〜〜〜」


 だから、匂いを嗅がないでっ!風呂にも入ってないんだから!


「じゃなくてっ!こんなのずっと付けてろって言うんですか?」

「じゃから、そう言っておろう。もう付けてしまったんじゃ、諦めい〜〜〜」

「んああ〜〜、やめて離れて〜〜」


 魔道具か魔導機かしらないけれど、こんな転移装置ありなのだろうか。これではもう師匠から逃げる術が無くなってしまう。これから毎日呼び出されたら、私はどうすれば……。


「〜〜〜っ、…………?」


 師匠におもちゃにされていく絶望的な未来を思い描いていると、後ろから抱きついていた師匠が急に私を解放し、肩を掴んで振り向かせてきた。


「これがあればお主を……キリアを守ってやれる」


 師匠の金の瞳が魔法を使った時のように焔色へと変わる。


「もう魔物なんぞにお主を攫わせぬ。もう二度と傷付けさせぬ。もう二度と一人にさせぬ。この先例え、お主に危険が降り掛かろうとも、それを我が全て取り除いてやる」

「……っ…………」

「じゃから、キリア。我とーーー」


 師匠は私の前に手を差し伸べると言った。





 ーーーもう一度、旅に出よう。





 あの旅の始まりの日。

 私が勝手に師匠から離れ、魔物に攫われてしまったあの出来事を、師匠はずっと重く受け止め考え続けていたらしい。

 なぜ。

 どうして。

 どうしたら。

 これから、どうすべきなのか。

 彼女は独り、部屋に篭って探し続けていたのだ。

 私の非を責めることもせずに。

 ずっと。

 師匠から避けられていると思っていた私は、それを聞いて自身の恥ずかしさに消えたくなった。

 この首輪は師匠の手作りらしい。

 こんな物まで作ってしまうとはやはり師匠はすごい人である。

 対して私はどうだ?

 旅を再開するために。師匠の為に心配を掛けないようにするために。そう言いながら自分勝手に屋敷を抜け出して、結局死に掛けた。

 私は師匠に何かを返すどころか、迷惑しか掛けていない。

 そんな私に。

 彼女はまるで告白でもするかのように誘いを申し出てきた。

 目の前の少女にどれだけ救われれば気が済むのか。


「はい」


 私はそっと手を取るのだった。











〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

皆様がもっと楽しめる話を書けるようになるために、一度この物語は完結とさせて頂きます。

またの機会があれば読みに来てください。


現状思考より。

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異世界で私が旅に出るまで。 現状思考 @eletona_noveles

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