濃い味のあとがき

 ここまでご覧いただき、ありがとうございました。


 まず、この物語で扱っている年齢が若すぎる点について。

 本来なら二十歳過ぎスタートが妥当なくらいですが、奈良時代。どうしてもこの年齢設定はスルーできないものなので、ご容赦下さい。

 また、時代ゆえ、女性蔑視ととられかねない表現もありますが、著者に女性蔑視の意図はありません。

 


 莫津左売なづさめは十六歳で登場時は地味な女性でしたが、蛹が蝶となるように、実はとても美しい女性です。

 莫津左売は自己評価がそこまで高くないのと、三虎はその美しさを好ましく享受しつつ、あまり外見に頓着していないので、莫津左売の美しさをあまり語ってはくれません。

 莫津左売の美しさは、「あらたまの戀 ぬばたまの夢」をお読みいただけると、良くわかりますよ。



莫津左なづさめる」は、手のひらでなでさすって、慰めることの意だそうです。莫、はとても大きい、広い、という意味があるそうで、津も、水が溢れるほど広くある場所。

 とても大きく、広がっていく尊さで、優しく撫でさすってくれるイメージです。




 三虎は、遊行女としての莫津左売を必要としていました。

 現代におきかえると、銀座の高級クラブに、つきあいとして通うボンボン。立場上、銀座に馴染みの女の一人もいないとおかしい。

 東京にいる限りは、月に二回必ず通ってきてくれます。

 金離れが良く、けしてしつこくしたり、女を所有しようとしたりしません。上品な上客。

 そう考えるとわかりやすい。

 でも、冷たいの? 愛していなかったの? 

 違うと思います。 

 運命の女への愛とは、違ったのでしょうけれど、遊浮島の他のどんな女にも食指を動かさなかったのです。

 三虎は、愛していました。




 莫津左売も、そんな三虎を、心から愛していました。

 登場時は華奢でヤジにうち震える、男性の保護欲をそそる少女でしたが、年を経て、愛する三虎と触れ合い、華奢な手弱女たよわめの外見の特徴そのままに、しっかり自立した女性へと成長します。(奈良時代の自立なので、現代の自立とは違います。花麻呂と家庭を築いていき、二人で暮らしていく覚悟を決めた、ということが、莫津左売の自立です。)

 三虎のことは己の心から分かちがたく愛している。

 でも、何年も、ずっと愛させてもらったのです。

 三虎が莫津左売の手元から飛び立つと決めたのなら、追いすがったりしません。

 三虎を解き放ってあげながらも、莫津左売は己の足に力が満ちていることを感じます。

 三虎を己の全てで愛し、与えながら、また莫津左売も三虎から、もらっていたのです。

 生きていくための力を───。

 

 莫津左売は、真珠のように美しい女でした。

 

 


 

 著者はまず、「あらたまの恋 ぬばたまの夢」を書くにあたり、第十八章「あらたまの年月かねて」を、読み切りみたいにして、書きました。

 ズバリ花麻呂の回想は無しで、膺懲ようちょうの部分。うん、書きたくて。

 そうやって古志加を書いてみたあと、避けられない問題があるな、とその問題と向きあうことにしました。


 古代、金持ちは一夫多妻制問題です!


 どうにも逃げられないな、これは書いておかねばなるまい。

 愛人──ではなく、吾妹子あぎもこ、これは、愛人の尊称とまではいかないですが、美称です。

 吾妹子を持つのなら、ぞんざいに扱う男なんて、ヒーローとして著者が愛せません。

 きちんと、吾妹子も愛せるから、ヒーローとして魅力的であるはずです。


 と思って莫津左売を書いたら、著者は莫津左売も大好きになりました。

 なので、三虎の名を、古志加ではなく、莫津左売にあげました。

 著者の精一杯の莫津左売への贈り物です。

 

 きっと、「あらたまの戀 ぬばたまの夢」を読了いただいた方がこれを読んだら、


「あああ! 三虎、何をしとるんだ、その手を放せ〜っ。」


 と叫びたくなってしまうのではないでしょうか?

 ご安心下さい。わ・た・し・も・です!

 莫津左売を応援しつつ、古志加も可愛い著者は、あうぅ、と悶えながらこれを書きました。


 でも、書いて良かったです。

「三虎、」は、スピンオフではなく、サイドストーリー。


 まるで見えない地下水脈のように、「あらたまの戀 ぬばたまの夢」の物語の地下を、ひっそりとこの物語は流れ続け、知らないところで土壌を潤し続けていたのですよ。

 美しい莫津左売の澄んだ眼差しは、ずっと三虎を影から支えていたのです。


「三虎、吾が夫」の物語が終焉を迎えたあと、紅珊瑚べにさんごおみなである古志加こじかは、莫津左売が去ったことを知ります。

 そして、地下水脈は静かにふっつりと消えるのです。

 その時、古志加に、笑顔は浮かんできません。

 なぜなら、古志加は、三虎の愛がどんなにこまやかで、愛されているおみながどんなに幸せか、良く解るからです。

 一人の女が、そんな愛を失ったのです。

 そのことに思いを馳せ、笑顔は浮かんでこないのです。



 このことを、なぜここに著者は書くのでしょう?


「あらたまの戀 ぬばたまの夢」を通して読んでも、「三虎、吾が夫」を読まないと、きっと分からない事だからです。


「あらたまの戀 ぬばたまの夢」を読んでない方には、盛大なネタバレ?  

 いいえ。

 ネタバレには違いありませんが、これしきの事を先に開示したとしても、「あらたまの戀 ぬばたまの夢」の面白さが欠けるなどということはありません。


 古志加は、ずっと三虎だけを恋して、苦しい恋をして、最後は三虎を手に入れます。


 莫津左売は、ずっと三虎だけを恋して、美しい愛で三虎を支えますが、三虎は最後、去っていきます。


 二人の女性に愛され、三虎は幸せ者です……。


「あらたまの戀 ぬばたまの夢」を読んだことがない方も、「三虎、吾が夫」は、独立した切ない恋物語としてお読みいただけます。


「あらたまの戀 ぬばたまの夢」を読んだ方は、こういう事だったのか、と納得できる美味しさです。


「三虎、吾が夫」を読んでから「あらたまの戀 ぬばたまの夢」をお読みいただけると、三虎、こうなるのか……。と非常に味わい深いです。




追記。莫津左売は花麻呂と幸せになれたのでしょうか? それが窺い知れる短編を書きました。

「花麻呂、立つ虹の」

 莫津左売の名は伏せて。「吾が夫、三虎」「あらたまの恋 ぬばたまの闇」両方の後日譚になります。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。






↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093072807011083








◎参考文献


 ○仏典Ⅱ 世界古典文学全集7   筑摩書房


 ○万葉仮名で読む万葉集   石川九楊  岩波書店


 ○古代歌謡集  日本古典文学大系  岩波書店


 ○万葉集     岩波書店


 ○日本の伝統色  和の色を愛でる会   大和書房

 

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