第4話

「先輩、キッチン借りていいですか?」

「ええー、でもまた爆発したら……」

「大丈夫です、アタシがさせません。ほらユメ、まずは湯煎に掛けるチョコを刻むよ」


 アタシはこう見えて、料理やお菓子作りは得意なんだ。

 ユメをせかしながら、キッチンに立たせる。だけどチョコを刻もうと包丁を取るユメを見て、悲鳴を上げた。


「ちょっと、そんな風に手を広げてたら、指切っちゃうよ。猫の手をするの!」

「えーと……こう?」

「うーん、手付きがぎこちないなあ」


 アタシはユメの背中に回り込んで、くっつきながら腕を前にまわす。

 そしてチョコを切るユメの手に、自分の手を重ねて動かした。


「ほら、こんな感じ」

「本当だ、切りやすいや」


 くっついたまま、包丁を動かしていく。

 やっぱりちょっと手付きはぎこちないけど、アタシのために頑張ってくれてるんだって思ったら嬉しいや。


 重ねたユメの手が暖かい。するとユメは逆の事を思ったのか、「ハナの手は冷たいね」って言ってくる。


「ハナって昔から冷え性だよね」

「でも、チョコ作るにはこっちの方がいいの。暖かかったら溶けちゃうしね」

「確かに。でも、普段は寒くない?」

「だったら、ユメが握って暖めてよ」

「了解。いくらでも手を握るからね」


 やった。これで今日の帰り道は、手繋ぎ確定だ。

 そしてそんなアタシ達を見守る料理部員達は、「熱々すぎる」、「チョコよりも先に、私達が溶けそう」なんて言っている。


「けど、残念だなあ。ハナにはナイショで作って、ビックリさせたかったのに」

「もう十分ビックリしたよ。だっていきなり爆発騒ぎ起こすんだもの」

「それはごめん。あと、浮気じゃないかって不安にさせたのも」

「あ、あれはアタシが勝手に勘違いしただけだから」

「でも不謹慎かもしれないけど、少し嬉しかった。だってハナ、ヤキモチ妬いてくれてたってことでしょ」

「はぁっ!? な、ななな、何を言って……痛っ!」


 左手中指に痛みが走る。

 もうー、ユメが変なこと言うから、指を切っちゃったじゃない!


 切り口からは血がにじんでいて、慌ててユメから離れて手を心臓より上に持っていく。


「何やってるの。ハナって時々ドジだよね」

「うっさい。誰のせいだと思ってるの!」

「俺のせいなの? まあいいや。手貸して」


 ユメはアタシの左手を取ると、傷口を自分の口元に持っていって……吸った。


「ちょっ、何してんの!」


 もちろん止血なのだろうけど、傷口を吸っているユメは返事ができない。

 ううー、恥ずかしい。けど同時に、もっとこのままでいたいって思ってしまう。

 痛みなんて忘れて、胸の奥がポワポワと暖かくなっていく。

 一方料理部員達はと言うと。


「わ、私達はいったい何を見せられているんだろう?」

「換気、換気をしなきゃ。室内に糖度が充満していくわ」


 何やら騒いで、ララはこっちにスマホのカメラを向けている。

 まあそれはさておき。


 ほどなくして血は止まって、調理再開。

 今度は爆発することなくチョコを湯煎にかけて(そもそも以前はどうやって爆発させたんだろう?)、色々やって調理していき、完成したのはチョコトリュフ。

 チョコを丸める作業はユメでも失敗することなく、むしろ丁寧にまん丸に仕上げてくれた。


「完成ね。美味しそうじゃない」

「ハナのおかげだよ。せっかくだから、出来立て食べてみる?」

「え、いいの?」

「本当は明日渡すつもりだったけど、もうバレちゃったし、せっかくだから。はい、あーん」

「あーん」


 うーん、口の中いっぱいに、幸せな甘さが広がっていくー。

 これ本当に、アタシとユメで作ったの? 美味しすぎるんですけど。


 そういえば前にユメ、アタシが作った料理は、好きな女の子が作ったってシチュエーションが最高の調味料になっていて何よりも美味しいって言ってたっけ。

 その時は恥ずかしさでいっぱいになって、ろくに考えもしなかったけど、今なら分かる。

 お菓子作りが苦手なユメがアタシのために頑張ってくれた。それはアタシにとって、最高の調味料だもの。


「もう一個もらっていい?」

「ハナは食いしん坊だね。いいよ、あーん」

「あーん」


 再び口の中に、甘さが広がる。

 それどころか、まるでこの空間全てが、幸せな甘さに満ちていってるみたいだ。


「と、糖度の過剰摂取で、キュン死にした……バタッ」

「気をしっかり持て! たかが致命傷だ!」

「心の糖尿病確定ね。今までの人生のトータルした甘さを、この数分の甘さが上回ってる」

「ララさん、ムービー撮ってるなら、アタシにも頂戴!」


 家庭科部員やララが何やら騒いでいるけど、アタシ達はそれを華麗にスルー。

 ありがとねユメ。最初は浮気なんて疑っちゃったけど、ユメは最高の彼氏だよ。


 よーし、アタシも負けてられない。

 家に帰って、明日ユメにあげるためのチョコを作るんだー!


 あ、でもその前にもう一個だけ。

 三つ目となるとチョコを、ユメ「あーん」って食べさせてもらう。


 ちなみにこの様子はララのスマホで撮影されていて、後日それを見せられたアタシは恥ずかしさで悶絶するのだった。



 おしまい🍫

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バレンタインなのに悪夢? 彼氏の秘密は知らぬが花? 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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