第2話 危険な罠

 それはちょっとした偶然だった。魔術師ネイが壁に手をついた時に気づいたのだ。

「……ここ隠し扉がある!」

 パーティはダンジョンの壁に隠し扉を見つけた。

「……確かに。押してみるか」

 戦士のカイが壁を押すと、壁が凹んで後ろの通路が現れた。

「これは……誰かが何かを隠すために作った……という感じでしょうか?」

 呪術師のサラがそう言った。

 そこは首都からかなり外れた場所にある、初心者向けのダンジョン、「シーフズケイヴ」と言う場所だった。三人はそこへレベル上げのために雑魚モンスター討伐に来ていたのだった。


 魔術師ネイは十六歳。女。なんでも貴族の家系らしいが、その辺のことは詳しく分からない。一応炎系の魔法が使える。紅色のハーフローブに安くて短い魔法のワンドを持っている。髪は茶色で肩のあたりで切り揃えている。


 戦士カイは二十歳。男。背が高く、ハンサムである。とはいってもプレートメイルを着込んでいるので、パッと見は分からない。力はそれなり。剣の腕もそれなりで、どっちかというと戦力と言うよりはパーティの盾役である。


 呪術師サラは二十二歳。女。魔法ではなく、呪術という異国の魔法を使う。攻撃も治癒も出来るパーティの主力である。他の二人が経験不足なので、結局のところそうなっているのだ。黒い変わったシルエットのローブを着込んでいる。髪は黒くストレートで長い。


 通路はやがてスロープになり、下へ下へと向かって行った。

「ねえ、どんどん地下に降りていくんですけれど……大丈夫かな?」

 ネイが不安そうにそう言うと、サラがフォローした。

「モンスターの気配は無いわ。この深さだとかなり強いモンスターが出て来てもおかしくは無いけれど、どうやらモンスターもこの通路には気づいていないようね」

「大丈夫! 出て来たら俺が倒すから!」

 そう言って剣を無闇に剣を構えるカイだったが、二人はやはりそれほど期待はしていなかった。



 通路はさらに深くへと続いていた。そしてその先に小さな空間が現れた。カイが松明をかざすと、そこが石造りの小部屋であることが分かった。

「ねえ、宝箱があるわっ!」

「待って!」

 ネイが部屋の奥に宝箱を見つけて近寄ろうとしたが、サラが咄嗟にそれを止めた。

「こういう隠し場所の宝箱は気をつけないと。たいがい罠がしかけられているから」

「ああ、ごめんなさいっ!」

 剣士カイはどうしていいか分からず、サラを眺めている。

「俺が一発殴ってみようか?」

「……爆発するかもしれないわよ?」

「じゃあ、どうするんだよ? 誰か宝箱の罠に詳しい人は? サラはいけんの?」

「ちょっと待って。とりあえず調べてみる」

 サラはそう言うと呪文を唱え始めた。サラの前で閃光が何度かきらめき、宝箱に降り注いだ。サラはその様子を見るとこう言った。

「……何らかの罠がかけられている。でもよく分からない。中身は空では無いわ。金貨がかなりの量入ってる。凄い。でも何か……金貨の他に何かが中にいるような」

「中に何か潜んでいるの? ミミックとかそういうやつ? 開けたらバーンって出てくるっていう?」

「そうね、ネイ。そういう類のやつだと思う」

「サラの呪術で開けられる?」

「あまり鍛えていないから……やってみるけど」

 サラは罠解除の呪術を唱えた。薄い光る霧のようなものが宝箱を包んで、何度かバチバチと音を立てていたが、それっきりだった。

「……うーん、これは無理かな。かなり高度なような。本職でないと」

「本職って言っても……」

 ネイは周りを見渡したが、もちろん戦士、魔術師、呪術師の三人しかそこにはいなかった。

「俺の知り合いには……いないな……」

「あたしも……」とネイ。

「困ったわね……」

「あっ! あれだ!」

「何? カイさん?」

「聞いたことがあるんだよ、人を貸してくれるギルド。何とかタイムとか言ってた。確か酒場でチラシを見たよ」

「お金かかるのね……どうだろう、中身的には元は取れると思うのだけれど。一度聞いてみるのもいいかもしれないわね」

「じゃあ、一度行ってみようよ」

「そうね」



 ダンジョンをいったん撤退し街に戻った三人は、酒場のチラシを手掛かりに迷宮派遣カンパニー「ハーベストタイム」を訪ねた。サラは受付で状況を話した。

「……はい、はい。状況は良く分かりました。大丈夫、秘密は厳守します。……シーフですね。少々お待ちください」

 受付のハーフエルフのピンクの服の女の子が、カウンター奥の部屋へ走って行き、やがてせかせかと戻って来た。

「一名いるそうです。ただ……ちょっと変わり者でして。扱いにくいかもしれません」

「それはどういう……?」

「あ、いえ、腕は確かなんですよ。ちょっと趣味が変わっているだけで」

「?」

「お値段は……現場の状況を話したところ、本人曰くこれぐらいならやると言うことで」

 そこに提示された金額は十分元が取れそうな金額だった。

「お願いします!」

 サラは二つ返事でそう答えた。



 翌日、ダンジョンの入り口で三人が待っていると、一人の小柄な女の子がやって来た。茶色のミドルヘアを片側でリボンで結っている。服装はレザーの短い上下にグローブ、ブーツ。丸い目が印象的である。腰には小さな革鞄。中にはシーフの道具なのか、ジャラジャラと何かの道具が見えている。

「あなたが、サラさん?黒髪で異国のローブを着ていると聞いたのだけれど」

 女の子は三人の中にいたサラにそう聞いた。

「ええそう、あなたがハーベストタイムの?」

「はい。わたし、シーフのポプリです。迷宮派遣カンパニー「ハーベストタイム」からやってきました」

「どうぞ、よろしく」

「よろしく」

 二人は握手をした。心なしか、ポプリの目がキラキラとしている。

「あの。宝箱。ミミックの可能性があると聞いたのですけど」

「ええ。何かが潜んでいるようでした」

 すると、ポプリは軽く手を握って喜んだ。

「よし!」

「よし?」

「いえ、何でもありません。問題は無いです」

「……?」

「さあ、行きましょう!」



 三人と一人は他の冒険者に見つからないようにそっと隠し扉を開け、通路を降り、奥の部屋へとやって来た。

「これが……」

 宝箱を見たポプリは目をいっそう輝かせた。そして手を宝箱にワナワナと伸ばしながらこう言った。

「いま、今、出しまちゅからね〜」

「へ?」とサラ。

「い、いや何でもないです。大丈夫です。宝箱はガッチリ開けますんで」

 三人は顔を見あわせ、ポプリに聞こえないように小声で話した。

「今、幼児語で「出しまちゅ」とか言ってたような……」

「俺もそう聞こえた。何を?」

「……き、気のせいかな……」

 ポプリは拡大鏡を取り出し、とりあえず鍵の部分をつぶさに観察した。

「これは……なかなか高度な罠……」

「でしょう?」

「期待出来ますね!!」

「……ええ……」

 そして鍵開けの道具を取り出し、カチャカチャと開け始めた。やがてゴトリと音がして蓋が少し開き、隙間が出来た。中はまだ見えなく暗くてよく分からない。ポプリは上から下から横から中を覗き込み、何かを見つけたのか、一本の棒をそこへねじ込んだ。

 すると、ボンッという音とともに小さな爆発が起こった。ポプリは弾き飛ばされ、転がった。

「大丈夫ですか?」

 ネイが走り寄ると、ポプリはむくりと起き上がった。

「大丈夫です。シーフ受身は達人ですので、ほらこの通り」

 確かにどこも怪我はしていないようだった。

「しかし、あれがトラップだったとは……やりますね、宝箱設置した人。達人級に間違いない」

「もうやめときます?」

 サラはそう言ったが、ポプリはまるでやめる気は無いようだった。

「いえ、これぐらい高度な方が期待出来ますんで」

「……ええ……(何が?)」

 ポプリは今度は10本のシーフ道具を取り出した。それを宝箱の隙間に一本ずつ慎重に差し込んでいく。

「よし、これで罠は無力化するはず。あとは中央のこの鍵を……」

 ポプリが中央の鍵穴に道具を差し込んで右に回すと……宝箱の蓋がゆっくりと開いた。

 中を見ると、そこには大量の金貨があった。

「これは……かなりのお宝だわ!」

「凄いな!」

「やったーっ!」

 しかし、ポプリは違った。愕然として何か浮かぬ顔である。その目は金貨の横の1つの卵を見つめていた。

「この卵は……何かしら?」

 とサラが言うと、ポプリはこう言った。

「これは古代妖精の卵……それはそれは貴重なもので……売ればかなり高く……」

「そうなんですか!? それは凄い!」

 三人は宝箱の中身を取り出し、軽く数えてみた。思っていたよりも高く売れそうだった。

「ポプリさん、ありがとう! かなり儲かりそうなので、報酬額を上げますね?」

「え? ああ……どうも……」

 しかしやはりポプリはあまり浮かぬ顔である。それどころか目に少し涙が浮かぶぐらいの表情だった。

「……ミミックじゃ無かった……」

「?」

「……あのガブリと来る一撃……」

 サラは思い出した。受付嬢が言っていた少し変わり者だという言葉を。そこはかとなく、何となく、推測で理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮派遣カンパニー 銀河星二号 @kumapom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ