迷宮派遣カンパニー

kumapom

第1話 エルフの回復術師


※これは迷宮派遣カンパニー1話として「勇者と派遣スタッフ」をリライトしたものです。


 世界は混沌としていた。だって魔王がいたから(分かりやすい説明)。

 だがしかし。魔王がいるのなら勇者だっていたのである。


「やったー! 覇王の剣だ!」

 勇者グリアは辺境の古城に巣食っていたアークデーモンを打ち倒し、ついに覇王の剣を手に入れた。魔王を倒すことのできるとされる伝説の剣である。それもこれも宮廷魔法師ザンダーと、美貌の僧侶ファーラのおかげであった。


 勇者グリアは二十三歳。銀色のスケールメイルに赤のマントをなびかせている。宮廷魔法師ザンダーは三十四歳。深緑のローブを目深に被り、ロングの黒髪を一本に結い、顎髭を伸ばしている。ファーラは……本人曰く二十歳らしいが、もう少し若くは見える。茶色のロングの髪を王冠のような形に結っている。


「やったー! 無敵の盾だ!」

「おお!」

「凄いわ!」

 そして高山の岩窟にいたオーガロードを倒し、無敵に盾を手に入れた。どんな攻撃も弾き返すというミスリル合金の盾である。


 3人の団結力は素晴らしく、ついにあとは魔王城に乗り込むだけとなった。勇者一行は山間の寒村に最後の宿をとった。そして翌朝——。



 勇者グリアは村の中央の噴水広場で仲間がやって来るのを待っていた。覇王の剣もある。無敵の盾もある。ついでにおやつのドーナツも持って来た。

「ついに……この日が来た! 魔王を倒す日が! ……まあ、魔王城の中は広いから明日になるかもしれないが、とにかく時は来たのだ! ……しかし遅いな二人は……」

 しばらくすると、燦々と輝く朝日を背に宮廷魔法師ザンダーがゆらりと現れた。しかし浮かぬ顔をしている。何か困った様子である。

「どうしたザンダー? 腹でも痛いのか?」

「……いや、そういう訳ではなく……」

「言ってみろ」

「腹を壊したのは私ではなくファーラだ」

「なんと!」

「彼女は来れない」

「……しかたがない、明日に延期しよう……」

「それが……医者に見せたところ、すぐには動けそうにないんだ。なんでも食い物の毒に当たったとかで、血清が必要らしい。それを取りに行くのに一週間はかかるんだと」

「一週間?」

 勇者グリアが驚いたのも無理はなかった。預言者の書によると、世界が魔王に滅ぼされるのは3日後なのだ。

「どどどどどどどどど、どうする?」

「思いっきり動揺してるなグリア」

「だだ、だって! 俺とお前だけだと無理だぞ! 魔王の一撃がどれぐらいのダメージか知っているのか? 避けるのだって相当難しいぞ!」

「策はある」

「……策?」

「代役を用意した」

「代役? ファーラの?」

「ああ」

「そんな存在がいるのか?」

「……いたよ」

「どこにいたんだ?」

「まあ聞け。座れ」

 勇者グリアと宮廷魔術師ザンダーは噴水の端に腰かけて話し出した。

「人材派遣ギルドに駄目元で聞いてみた」

「派遣ギルドォ?」

「まあ落ち着け。最近噂のギルドだ。相当優秀らしい。いたんだ。最適の人材が。ファーラに負けない、いや凌駕するヒーラーが」

「……信じられないな」

「もうすぐここに来る。見れば分かるだろう」

「来るのか……」

「来たな」

 寒風で落ち葉が舞い上がった。そして降りしきる落ち葉の向こうから、一人の少女が現れた。年の頃は十五、六才ぐらいに見える。髪は金色。左右で結っている短めのツインテールである。

 少女はトーンの高い声で名刺を差し出しこう言った。

「どうも、迷宮派遣カンパニー「ハーベストタイム」の回復術師ライラです」

 特徴的なのは緑の帽子の端から見えている尖った耳である。エルフだ。

「君はもしかしてエルフなのか? あの伝説の?」

「そうです。見た目は若いですが、もう何十年も生きています。正確な歳は企業秘密です」

 ライラの金色の髪が風になびくと、彼女の魔力が光の粒となって舞った。

 勇者グリアは宮廷魔道士ザンダーを見た。ザンダーは黙ってうなづいた。

「魔王を倒すと聞きました。勇者さん、さあ行きましょう」

「ああ、そうだな……」

 一行は魔王城へと旅立った。



「まずい! 避けろグリア!」

 通路の影から近づいた敵に気づいたザンダーが叫んだが、魔王の手下の1つ目巨人の一撃が勇者グリアを押しつぶした。どう見ても即死であった。

「ヒール!」

 ライラがそう唱えると、勇者の死体がまるで風船でも膨らますかのように元の状態に戻った。

「……生きている!」

「私の魔力量なら、それぐらいどうということはありません」


 ライラは実に優秀だった。切り刻まれて塵と化しても、燃えて毛消し炭になっても、勇者グリアは復活したのだ。

「行ける! 行けるぞ! ライラ、君は素晴らしい! ありがたい!」

「……お仕事なので」

「そ、そうだったな」

 ふとグリアの心によぎる一抹の不安があった。

「ちょ、ちょっとザンダーとお話があるんで、そこで待っててくれる?」

「はい」

 勇者グリアは宮廷魔道士ザンダーを物陰に手招いて、こそこそと話をしだした。

「何だ? グリア?」

「なあ、ライラは優秀なんだが、もしかして……凄く高く無いか? ……そのお手当というか給金というか」

「……ああ、それな。一応魔王を倒した報奨金をアテにしている。すでに借り入れて払ってある」

「おい、それは一種の賭けじゃ無いのか?」

「あの状況で、他にやりようがなかったんだからしょうがない」

「……まあ、そうだな」

「魔王を倒せば済むことだ!」

「……そうだな」



 そして一行はついに魔王の部屋へとやってきた。部屋は一見、ゴシック様式のように見えたが、よく見ると装飾として刻まれていたのは人の顔で、床からは黒い人の手が無数に生えてうごめいていた。魔王の玉座の後ろには真っ赤なドロドロの滝が流れ落ちている。

「行くぞ、ザンダー! ライラ!」

「おう!」

「はぃ!」

 玉座に近づくと魔王の巨大な体躯が見えてきた。二十メーターはあろうかという大きさで、大きなツノと翼が生え、目が緑色の光り、口から炎が漏れている。魔王がその蹄で一歩踏み出すと地響きで一帯が揺れた。

 魔王の周囲には緑色の翼を持ったコウモリのような配下が空中で踊っている。

「来たな勇者よ」

 人語とは違う奇妙な発音で魔王はそう言った。

「お前を倒しに来た! 覚悟しろ!」

「行け! 我が配下たちよ!」

 魔王の配下はいっせいに勇者に群がって来た。

「うぉぉおおおおおおぉおぉぉおお!」

 勇者が力を込めると、覇王の剣が光った! 一度しか使えないという勇者の力だ。

 グリアが剣を振るうと、光の線が群がる配下を薙ぎ払って行く。

「行けるぞ! グリア!」

 配下を次々となぎ払い、勇者は魔王に切りかかった。しかし、魔王がその巨大な爪の生えた指先をチョイと曲げると、グリアの体が吹き飛んだ。

「ぐぁぁ!」

「ライラ殿! 早くヒールを!」

 しかしライラは動かない。じっと懐中時計を見ている。

「……時間です。おつかれさまでした」

「え?」

「え?」

「ここからは延長料金になりますが、よろしいですか?」

「……」

 勇者グリアは瀕死の体で泣きそうになりながら宮廷魔道士ザンダーを見た。ザンダーは涙を流しながら黙ってうなづいた。

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