縁を繋いだ話
時系列は結婚式から1ヶ月後くらいです。
―――――――――――――――
「まあ、なんて素敵なの!」
とある午後の早い時間。部屋に入った瞬間、歓喜の悲鳴を上げたのはコーネル伯爵令嬢ロクサーヌ。
彼女の前には等身大のトルソーが二体。右には水色地にブルースターの造花を散りばめたドレスが、左には白地に白百合をあしらったドレスがそれぞれ着せられている。
「水色は星繋ぎの夜会のドレスね。明るい場所で見るといかに精巧な作りをしているか良く分かるわ。こっちはウエディングドレスかしら。清楚で優雅、とてもミシェルに似合っていたことでしょう。わたくしも結婚式に参加したかったわ」
うっとりと語るロクサーヌに、私は恐縮する。
「その節は招待出来ず不義理をいたしまして……」
「あらやだ、怒ってないわよ!」
陳謝の言葉を彼女は笑い飛ばす。
「事情は重々承知の上でのただの感想よ。ご結婚おめでとう。わたくし、前々からミシェルは只者ではないと思っていたのよ」
「ありがとうございます」
……私は自分が亡国の公女だったことに未だ驚きっぱなしですがね。
あの騒乱と結婚式から一ヶ月。ようやく落ち着きを取り戻したガスターギュ邸に、ロクサーヌが訪ねてきました。名目は私の結婚祝いと相談ということなのだけど……。
「それにしても本当に美しいわ。これなら商品として申し分ないわね」
ブルースターのドレスの裾を広げてじっくり観察したロクサーヌは、一つ頷いてから私を振り返った。
「ねえ、ミシェル。このドレスのデザイナーをわたくしに紹介してくださらない?」
……そう、今日のロクサーヌは、コーネル伯爵家の代表としてガスターギュ家に商談に来たのだ。
「我がコーネル領は綿花の産地で綿織物作りが盛んなの。製品を加工する時に大量の端切れが出るから、それを有効活用できないかと常々思っていたのだけど……。初めて見た瞬間、閃いたの。この造花のドレスは、まさに端切れの二次利用にぴったりだって!」
ロクサーヌは熱く語る。
「ドレスと共布で花を作ってもいいし、染色して単品の花にしてもいい。織り方によってシルクのような光沢も出せるわ。知ってる? 星繋ぎの夜会以降、社交界でミシェルのドレスが評判になってるのよ。『あの花のドレスはどこの工房の物だ?』って」
……そうなの?
「しかも、ベルナティア様がご自身の結婚式で似たデザインのドレスを着たって噂なの! お式は非公開だったから、あくまで伝聞の伝聞なのだけど。でも、そんなミステリアスなところがまた想像力を膨らませちゃって、いまや国中の貴婦人が躍起になって花のドレスの出所を探っているのよ。わたくしもコーネル領の発展のため、ぜひともこのブームに乗りたいところなの! いいえ、ブームなんかで終わらせない。文化として定着させるわ!」
ロクサーヌは鬼気迫る形相でがしっと私の両手を握る。
「だからお願い。このドレスの製作者を紹介して。勿論相応のお礼はするわ」
……そ、そうはいわれましても……。
「このドレスは……ここで作ったんです」
「え?」
聞き返すロクサーヌに意を決して、
「このドレスは、私と家人のアレックスが作った物です」
私の告白に、コーネル伯爵令嬢は零れ落ちそうなほど目を見開いて――
「ミシェル、業務提携しましょう!!」
――ずずいっと顔を寄せてきた。
「わたくしにこの花のデザインと製法を預けてくださったら、きっとガスターギュ家の名に恥じない品質のドレスを製造することをお約束しますわ。早速利権の割合を決めましょう!」
「い、いえ、利権なんて。後でアレックスに作り方を説明させますから、デザインはお好きに使っていただいても……」
「いいえ、そういうわけにはいきませんわ!」
たじろぐ私に、ロクサーヌは物凄い勢いで迫ってくる。
「知的財産は守られてしかるべきもの。わたくしはミシェルとずっと友達でいたいの。そのためにはお金のことはきっちりしておかないと。ガスターギュ家の財務責任者は?」
「ええと、家令のゼラルドが……」
「では、契約内容を詰めていきましょう。クリス、紙とペンを」
「はい、お嬢様」
部屋の隅に控えていたコーネル伯爵令嬢専属執事が懐から筆記用具を取り出す。
「草案を作るから、後ほどじっくり検討なさって」
「は、はあ……」
私が呆然としている間にゼラルドが商談を引き継ぎ、テーブルを挟んで何やら議論を交わしていく。
……いつの間にか大事になってるんですけど?
とりあえず、まだシュヴァルツ様が
私のやることはなんでも「好きにしろ」とシュヴァルツ様は言うけれど、ガスターギュ家の事業に関わることを家長の意見抜きで決めるなんて絶対にしません。
「それで、もう一人のドレス製作者はどこにいるのかしら? アレックスって、あの元気な赤毛の子でしょう?」
以前我が家に来たことのあるロクサーヌは、アレックスとも顔見知りだ。
「今は所用で外出しています」
もうすぐ騎士学校の入学審査を受ける予定のアレックスは、「推薦状を貰いに行こう」とトーマス様に誘われて、朝からどこかへ出掛けている。
「そろそろ帰ってくると思うのですが……」
と言っている最中に、
「ただいまー!」
玄関から元気な声が聞こえてきた。
「ねえ、ミシェル。……あっ」
いきなり部屋のドアを開けたアレックスは、私以外の人物が部屋の中にいるのに気づき、慌てて頭を下げた。
「こんにちは、ロクサーヌ様。いらっしゃいませ」
「ごきげんよう、アレックス」
「これ、ノックもせずにドアを開けるなど行儀の悪い!」
余裕で挨拶を返すロクサーヌの後ろで、眉を吊り上げたゼラルドが叱咤する。途端にアレックスは頬を膨らませて、
「だって、お客様がいるの知らなかったんだもん。それにオレもお客様連れて来たから、早く知らせなきゃと思って……」
「お客様?」
私が鸚鵡返しすると、
「私だ」
開けっぱなしのドアから顔を覗かせたのは、長い銀髪の絶世の美女。
「ベルナティア様! ようこそおいでくださいました」
「王城でトーマス殿下とアレックスに会ってな。顔見せについてきた」
近衛騎士団総長である侯爵様は気さくに笑う。
「しかし、取り込み中のようだな。早々に失礼する」
「いえ、それは……」
私が言いかけた瞬間、背後から「ぴゃえ!?」と素っ頓狂な声が響いた。振り返ると、そこにはレースの手袋で口許を覆って涙目でプルプル震えるロクサーヌの姿が。
……あ。
「ベルナティア様、こちらはわたくしの友人のコーネル伯爵令嬢ロクサーヌ様です」
すかさず紹介すると、ベルナティア様は思い当たったように頷いた。
「ああ、コーネル大臣のご息女か。私はベルナティア・ファインバーグだ」
「勿論存じ上げておりますわ! わっ、わっ、わたくしのことをご存知で?」
「あの審問会の日、ガスターギュ家の擁護を叫んだお嬢さんだろう? よく覚えている」
「ふえひぁえぃっ」
真っ赤になったロクサーヌから、意味不明な悲鳴が上がる。
……この二人は、私が一番辛いときに味方でいてくれた人達だ。
「ベルナティア様、ロクサーヌはコーネル領の運営に携わっていて、特産の綿織物で造花のドレスを作ろうとお考えなのですよ」
「それはいい。きっと人気が出るだろう。私の婚礼のドレスもミシェル達と作ったんだ。参考に見てみるかい?」
「よよよよろしいのですか!?」
「ああ、今度ファインバーグ邸においで」
「ぜひぜひぜひ!!」
ベルナティアのお誘いに、ロクサーヌは首がもげるほど頷く。
「はぁ、どうしましょう。わたくし、幸せすぎて眩暈が……」
「わー、お嬢様っ。お気を確かに!」
ふらっと脱力したロクサーヌの体を、専属執事のクリスが慌てて支える。
そんなコーネル家の二人に、ベルナティア様とアレックスは不思議そうに顔を見合わせている。
部屋の奥ではゼラルドが黙々と応接セットにお茶の準備を始めていて、その横ではトーマス様が焼き菓子をつまみ食いしている。
シュヴァルツ様のいない、騒がしい午後。
……ガスターギュ家を中心に広がっていくご縁の輪を、私は満たされた気持ちで見守っていた。
【こぼれ話置き場】売られた令嬢は奉公先で溶けるほど溺愛されています。 灯倉日鈴 @nenenerin
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