バレンタインの隠し味
深川我無
バレンタインの隠し味
トマトは図書館でレシピ本を睨みながら必死にメモを取っていた。
明日は恋する乙女達の運命の日。
そう。
バレンタインだ(´・ω・`)
「何読んでんの?」
さやかがニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。
「分かってるくせに!! レシピよレーシー ピ!」
さやかは椅子の前後を入れ替えると、背もたれに頬を乗せて前の席に座った。
「高橋にあげるんだ?」
そのままの姿勢で眉毛だけ動かして言うサオリにトマトは真剣な眼差しで頷く。
図書館のしんとした空気が気恥しさを助長してトマトは耳まで赤く染めた。
「じゃ!アタシ行くわ!!頑張ってねートマト」
サオリは不自然にトマトを強調してそう言うと、手をひらひらしながら去っていく。
トマトは膨れっ面でその背中を見送ると再びメニューとにらめっこを始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
家に帰ってからは早かった。
クッキー作りの容量で生地をこねて寝かせると、それをタルト皿に敷き詰めて、重石を乗せて、オーブンにイン!!
その隙に粉ゼラチンを入れた水を湯煎にかけて、クリームチーズを砂糖と生クリームとまぜて泡立てる!!
ふわっと変化したクリームチーズにゼラチンをゆっくり合わせ入れれば…
大体の準備は整った…
トマトが考えに考えて選んだレシピはレアチーズタルト。
だけどこれだけじゃダメだ…
インパクトが足りない…
そう思ったトマトはここで止めておけばいいものを、レアチーズタルトにひと手間加えて、余計な言葉を添えてしまう。
オーブンからは香ばしいタルト生地の香りが漂ってきた。あとはレアチーズとアレをタルトに詰めて冷やすだけだ…
愛しの高橋くんの顔を思い浮かべながら、トマトはドキドキ高鳴る鼓動を抑えて来るべき時を待つのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「高橋くん!! これわたしの気持ち!! 受け取ってください!!」
すでに先客で満席だった体育館裏は諦めて、人気のない教室でトマトはレアチーズタルトを差し出して言った。
「ありがとう…! 嬉しいよ!!」
そう言ってトマトの差し出した包みを高橋くんは受け取った。
「あ、あの。良かったら食べて欲しいな…」
「ここで?」
高橋くんは驚いた顔をして言った。
「ここで!!」
トマトの鬼気迫る眼力に負けて、高橋くんは二度ほど頷いて包みを開く。
「わあ!! レアチーズタルトじゃん!? 俺タルトめちゃくちゃ好きなんだよ!!」
「えへへ…良かった」
ここまではトマトの予定通りだった。下準備の段階から勝負は始まっているのだ。
高橋くんの足元に置かれた紙袋の山にチラリと目をやってから、トマトは高橋くんに視線を戻す。
「じゃあ。頂きます!」
そう言って高橋くんは三角にカットされたタルトの半分くらいまでを一口で食べた。
「実はね…隠し味っていうか…特別な素材が入ってるんだ…」
モジモジしながらトマトはトマトみたいに頬を赤く染めてつぶやいた。
「当ててみて…?」
練習してきた渾身の上目遣いを使うのはいつ…?
今でしょ!?(´・ω・`)
そうして上目遣いで見つめた高橋くんの顔は奇妙に歪んでいた。
あれ…?
なんか思ってたのと違う反応…
そう思ったトマトは次の作戦に移った。
「中にはね、ドライトマトのコンポートが入ってるんだ!!わたしの名前と同じトマト…」
「つまりね…」
「わたしを食べて…って意味だよ?」
もう一度ここで上目遣いだ!!
トマトは上目遣いで高橋くんにすり寄った。
高橋くんはまだ先ほどのレアチーズタルトをモゴモゴと口の中で動かしていた。
見るからに顔色が悪い。
なんなら軽くえずいている。
ゴクン。
ついに覚悟を決めたように大きな音を立ててレアチーズタルトを飲み込むと、高橋くんは小さな声でつぶやいた。
「ごめん…俺トマト食べられないんだ」
バレンタインの隠し味 深川我無 @mumusha
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