第2話 時を越えて
第二章 招かれざる来訪者
安定期も過ぎ去り、皮膚をチクチクと刺すような暑さもいつの間にか過ぎ去り、Tシャツの上に一枚羽織るような時期に差し掛かろうとしていた。
凪斗達夫婦は相も変わらず仲良しのおしどり夫婦で、楓のお腹が少し大きくなり始めた時期から家の家事は全て凪斗が率先的に行うようにしていた。
「凪君、もうすぐお仕事行く時間だよ。後で私が洗っておくから流しのところに置いておいて。」
「ううん、もうすぐで終わるからこれを片してから仕事に行くよ。楓の仕事は俺を心配することじゃなくて、自分の身体と赤ん坊の心配をすることだよ。」
「うん、それはそうだけど・・・良い・・のかな。」
バツが悪そうな顔で朝ご飯に使った皿を丁寧に洗う凪斗をリビングから眺める楓。
「良いの、良いの!これくらいしか俺にはできないんだから。」
「う~ん、じゃあお言葉に甘えよっかな。」
そう言って楓はソファーによっこらせとお腹を守るようにゆっくりと座っていた。
少しずつ大きくなっていくお腹を凪斗は嬉しそうに眺めていたが、楓のほうはどうやら苦しくもなってきているようであった。
「わが子が成長していると感じることは嬉しんだけど、こうも身体が重いと早くだしちゃいたい!って思うよね。」
そう言って楓は凪斗に向かって無邪気に笑った。
「お母さんには頭が上がりません。私目も存分に働かせていただきます。」
そう言うと凪斗は冗談交じりに楓にむかってお辞儀をしていた。
「苦しゅうないぞ!」
「ふふ。」 「ははっ」
二人してくすくすと三文芝居を笑い、凪斗は時計を見て、慌てて仕事へと向かった。
がちゃん
玄関を出ると、車の鍵を解除し、乗り込もうとしていると正面に一人の瘦せこけた中年の男性がこちらを伺っているのが見えた。
誰だろうか・・去年ここに引っ越してきたとき近所に挨拶回りはしたけど、初めて見る顔だな。
凪斗はその男性に向かってお辞儀をし、車のエンジンをかけて職場へと向かっていった。
少し気にかかり、バックミラーをのぞいてみると、その男性はもう凪斗の視界からは消えていた。
変な人・・どこかで会ったことがあっただろうか。不審者だったら困るし、楓に玄関の鍵を閉めておくように言っておくか。
そうして、凪斗はスマホで楓に連絡を送った。
いけね、早く行かないと遅刻だ。
道路脇に車を停めてスマホを触っていた凪斗は、再び車を走らせていた。
定時になり、凪斗は仕事を終え、楓の待つ家の帰路についた。
家の中からは、暖色系の灯りがともり、楓がおそらくキッチンに立っている姿が想像できた。
楓、夕飯作ってくれてるんだ。やらなくても大丈夫ってあれほど言ったのに!
楓の身体を心配するからなのか、凪斗は慣れた手付きでハンドルをさばき、車を家の駐車場へと停めていた。
シートベルトを外し、車から降りたその瞬間、誰かに右肩を掴まれていた。
凪斗ははっと驚き、すぐさま後ろを振り返っていた。
そこには今朝、凪斗のことをじっと見ていた中年の男性の姿があった。
凪斗は気味悪く感じ、一瞬身体が硬直してしまったが、すぐさま彼にこう聞いていた。
「あの、なにか家にご用でしょうか。」
中年の男性は少しおどおどとしながらごにょごにょと独り言を呟いていた。
その反応からこの男性が気の小さな男であると感じた凪斗は先ほどよりも心にゆとりを持っていた。
「どうされましたか、家に何かご用でしょうか?」
もう一度、今度は先ほどよりも力強く聞いた凪斗に対して、中年男性はまたごにょごにょと独り言を呟いていた。
しかし、意を決したかのように独り言をやめると、凪斗に向かってこう言った。
「あの・・・すみません。あなたにお話があります。」
男性は蚊の鳴くような小さな声でそう言った。
「お話ですか・・何でしょうか。」
見知らぬ男性を家に入れるほど凪斗も不用心ではなく、お人好しでもない。さっさとこの男性との会話を終わらし、家の中に入りたいと、そう考えていた。
どうせ、宗教の勧誘か何かだろう。こちらの隙を見せぬようにはっきりとお断りしよう。早く帰って夕飯の支度をしなくちゃ。
凪斗は男性の話を聞き、早めにこの場を去ろうと気持ちを固めていた。
しかし、男性の口から発せられた言葉に凪斗は自分の耳を疑っていた。
「私、実は未来から来たんです。貴方にどうしても頼みたいことがあって。」
凪斗はぽかんと口を開けたまま、その場にしばらく突っ立っていた。2~3秒の間思考が停止してしまったが、すぐに現実の世界へと引き戻された凪斗は新手の勧誘と思い、彼の話を聞きながら、断る手段を考えていた。
「頼み事とは・・なんでしょうか。」
「私が未来から来たこと、信じてくれるのですか!?」
「信じるも何も一応そういう設定なのでしょう。私も暇じゃありません、早く続きをどうぞ。」
そう言った凪斗の声色は先ほどまでの余裕はなくなり、少し苛立ちを帯びていた。
「あぁ・・・そうですね。それはそうです。うんうん。」
男性のおどおどした態度が先ほどまでは凪斗に余裕を与えていたが、たった数秒の会話でこの男性から恐怖を感じるようになっていた。
もし、頭のおかしいやつならば家を特定されている以上、楓やわが子に危険が及ぶのだけは避けたい。だからこそ、穏便にこの場を済ませることが凪斗にとって何よりも重要であった。
頭を働かせ黙り込む凪斗に対し、中年男性は話を続けた。
「貴方に頼みたいこととは、私と一緒に未来に来てほしい・・・これだけです。」
やっぱり、きた。どこかのビルか何かに俺を連れ込み催眠療法をかけるつもりだろう。宗教勧誘は催眠術をかけて抜け出せなくすると、聞いたことがある。
俺はそこまで馬鹿じゃないしお人よしでもない、きっぱりと断ろう。
「あぁ・・すみません。僕はそういうの興味ないんですよ。本当にこれっぽっちも。だから他をあたってください。」
そう言うと、凪斗は玄関に向かって歩き出していた。
「待ってください!あなたの娘さん、絵麻さんのことなんです!!」
凪斗は玄関に歩く足を止めていた。
思考が停止した。何故、この男は俺たちの娘の名前を知っている・・・
楓と何度も話し合ってやっと昨日娘の名前を決めたばかり、親にも兄弟にも言っていないことを、どうして見たこともないこの男が知っているんだ。
凪斗は驚きを隠せないまま、振り返り、その男の顔をまじまじと見ていた。
「あんた、何故娘の名前を知っている・・・」
男は真剣になった凪斗の表情を見て安堵したのか、大きなため息をついて再びこちらに向き直っていた。
「貴方の娘さん。絵麻さんは私たちの希望なのです。だからこそ私はここに来ました。貴方に私と一緒に未来へと旅立っていただき、絵麻さんを救ってもらうために。」
「絵麻を救う・・・?」
「はい、絵麻さんは私たちが住む世界、つまり未来ではとても重要な存在なのです。だからこそ多くの人間から命を狙われる存在にもなっています。私がいた未来では既に絵麻さんは殺されてしまいました。だから私はここに来たのです。貴方に絵麻さんを救ってもらうために。」
この男は何を言っている?絵麻はまだ産まれてもいないし、俺たちの大切な一人娘だ。その絵麻が未来で殺された?一体だれに・・・
「百歩譲って・・・仮にあなたの話を信じるとしましょう。娘・・絵麻は何故、一体誰に殺されるというのです。それにそこに私や妻がいるのなら娘を守ってあげはしなかったのでしょうか。」
凪斗は動揺を隠しきれないまま、彼に向かってそう言った。
「私がきた未来のお話をしましょうか。少しだけ時間をください。」
凪斗は黙って首を縦にふるだけであった。
・・・・・・・・・・・・・・・
男性の話を真剣に聞く凪斗。
彼の話を要約するとこうだった。
今から20年後の未来では、人間の中でランク付けが行われている。地位や名誉、お金といった類ではなく、突如として個人に超能力と呼ばれるような何か不思議な力が芽生えたという。
その能力は千差万別で強力な力を持つものもいれば、何の能力も発現しないものもいた。
特に若い世代を中心に能力の開花が目覚ましく、年配の方々は苦しい思いをしながら日々生活を送っているという。
それで何故、凪斗の娘、絵麻の命が狙われているのかというと、絵麻の能力にその秘密があるらしい。
どうやら絵麻に開花した能力は相手の能力を消す力であった。
能力至上主義となった未来の社会において、絵麻の力はとても強大で、恐怖の対象ともなり、若者を中心に作られた新しい国家の政府から、どうやら命を狙われているらしい。
男の話はまともではなくいかれていた。
けれど、凪斗は不思議と男の話が嘘だとは思えなくて、気がつけば彼の話を夢中で聞く自分がいた。
「その未来で俺は既にいないのか・・・だからあんたが過去の俺をタイムスリップして連れて行こうとしたんだな。」
そう言うと、男は無言で力強く頷いていた。
「私の力では未来に連れていけるのは私以外にもう一人だけ。貴方と奥さんを一緒に連れていくことには出来ないのです。貴方しか絵麻さんを守れる人はいません。だからこそ、私は貴重な力を使ってこの世界にやってきたのですから。」
「仮に俺が未来へ行って娘を守り抜いた後、そのあと俺はどうなる・・・」
凪斗のこの質問に対して、男はバツが悪そうに下を向き小さくこういった。
「私の力は二回までしか使用できない欠陥品です。一度目はこの世界に飛んだことで消えました。そうして、二度目は未来へと帰ること・・・・つまりあなたは私と一緒に飛んだ場合、二度とここには戻れはしません。」
なんとなく・・・
なんとなくだけ
そんな予感はしていた。
まだ会ったこともない娘を助けるために本当に未来へと行くのなら・・・・
俺はこの時代の愛する妻に
もう二度と
会えはしないのだから。
凪斗は黙って下を向いたまま、顔を上げれずにその場にただ立ち尽くしていた。
20年後の君へ @hack_2011
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