第1話 獣の声
……──走っている!全力で走っている!そう俺は今、全速力で走っているんだ!
息を切らしながら、横腹の痛みも気にならない程に無我夢中になって、俺、天ヶ崎 凛都(りと)は夜道を駆け抜けていた。
なぜこんな事になっているのか?──それは3時間前に遡る。
その日、俺は幼馴染みの歌枕(うたまくら)珠理亜(じゅりあ)の家でゲームをして遊んでいた。
「そろそろ帰るか、李璃から御遣い頼まれてるし」
「そうなんだ?最近色々と物騒だから気を付けて帰ってね。何かあったら私に連絡しなよ?」
「分かってるって、じゃあまた明日」
俺はそう言って珠理亜の家を後にした。そういえば妹も同じ様な事を言って家から送り出して来た。
たく、二人とも心配が過ぎる。
まぁでも、今回は無理もないだろうと思う。
最近、妙な事件が起きている。
発見された遺体は状態が酷く、毎回獣の様なものに食い荒らされている。
そんなのが8件もあれば、心配にもなるだろうよ……だから、俺が御遣いをしている訳だしな。
でも正直なところ、この国ではそんなの不思議な事じゃない。今の日本、それにこの新東京では有り得ないなんて事は殆んど無いレベルだ。
誰もが肉体や身体能力を弄ったり、人の心臓なんかも自由に付け替えれる科学力を持った国だ。
医療の分野で治せない病気なんて殆んど無いし、死んだ人間も間も無ければ蘇生できる。なんなら身体の一部分を機械なんかにも置き換えれる。
だから今回の犯人も何らかの身体強化を施した人間の仕業だろうと思っている。
取り敢えず、俺は李璃から持たされたご丁寧なメモを持って業務用スーパーへと向かった。
俺は業務用スーパーに入り、頼まれた食材や他にも色んな物を入れていく。
李璃の奴は基本的に普通のスーパーしか利用しないが、毎回買うよりこうやって買い込む方が断然良いだろう。
それに業務用スーパーにはこうやって見て回る楽しみが多い、普通のスーパーには無い珍しい品もあるからな。
頼まれた物を全て買い物カゴに入れてから他に良い物が無いか見て回っていると、野菜コーナーに先程俺を送り出してくれた珠理亜の姿があった。
ん、珠理亜も買い物か?言ってくれたら一緒に付き合ったんだが……自分では俺に物騒だからとか言いながら自分は一人で買い物とは……
俺は幼馴染みのお人好し差に呆れながら珠理亜に話し掛けた。
「おい珠理亜、自分は人を散々心配して自分は呑気に買い物か?」
「えっ、凛都くん!?何でここに居るの!?」
いきなり後ろから話し掛けたのは悪かったが、珠理亜がそこまで驚くとは思わなかった。
「何でって、李璃から御遣い頼まれたから買い物して帰るって言ったろ?」
「あぁ、そうだったね!私とした事が忘れてたな!」
「最近、物騒なんだから買い物あるなら俺もどうせだから付き合ったのに」
「いや、凛都が帰った後に帰って来たお母さんから買い物頼まれてね?」
「じゃあ帰りは俺が送るよ。多分、もう外暗いだろうし」
「大丈夫だよ、ここ割と近場だし、それより早く家に帰らないと、李璃ちゃんが心配するよ?」
「もう手遅れだよ多分。まぁ、良いから送らせろって」
「必要無いって言ってるのに……」
何故か知らないが珠理亜は俺と帰る事を拒んでいたが結局、珠理亜が折れて一緒に帰る事になった。
そこからは終始、普通に話して珠理亜を家まで送り届けて、早く帰る為に近道である裏路地を通って帰る事にした。
あんなに釘を刺されたのに、こんな人気の無い道を歩いてんのがバレたら二人に怒られるなぁ……なんて考えながら帰っていると、道の先に何かが現れる。
「何だろうアレ……」
俺は道の真ん中にある何かにゆっくりと近付いて行く。しかし辺は暗く、近付いてもそれが何なのか分からない。
だが隠れていた月が顔を出した途端、それは月明かりに照らされて真紅に輝く──赤い水溜まり、そこには人の死体があった。
「あぁぁぁぁぁ!」
暗闇から現れた死体に思わず俺は驚怖の声を上げる。その死体には食い荒らされた様な無数の傷口があった。
「これって例の…こうゆう時って警察だよな?」
そんな時、背後に何かの気配を感じる。それに俺は全身の毛が逆立つのを感じた。後ろから獣の様な呻き声が聞こえてきた。
そして確信していた。今自分後ろに居るのは間違えなく目の前の人間を殺した犯人だと……
俺は振り返る暇も無く、全速力で走り出した!息を切らしながら走った。後ろから感じる何者かの気配が完全に消えるまで走り続けた。
まぁ取り敢えず、これで今に至り、回想はここで終わりだ。
「はぁ、はぁ……撒いたのか?」
どうやらもう犯人は追って来てない様だ。本当に、こんなに走ったのは久しぶりだ…息切れが収まらない、苦しいし横腹が痛い、俺はそれでも歩き続け、ようやく自分の家に辿り着いた。
「兄さん、おかえりなさい。どうかしましたか?」
「いや、どうもしてないぞ?」
義理の妹である李璃は、俺に対してはドが付く程の過保護だ。
「嘘ですよね?顔色が悪いですよ」
両親が事故で亡くなってからは二人で生活してきた。だからか、俺の細かい変化に李璃は気付いてしまう。
「何もないって、頼まれた物、買って来たぞ。今日はカレーか?」
「肉じゃがです。兄さんはどっちも好きなので迷いましたが、今日はカレーの気分でしたか?」
しかし、俺の為を思ってか李璃は俺が言いたがらない事に関しては詮索したりはしない。だから助かる……
「いや、そんな事ないよ。今日はちょうど肉じゃがの気分だった」
「なら良かったです。李璃は食事の準備をしてくるので、席について待っていて下さい」
俺は李璃が台所に向かうと同時に席についてテレビを点けてニュースを確認してみるが、やはりまだ俺が見たあの遺体は見つかってなさそうだ。
やはり警察に連絡した方が良いだろうか?あの背後から聞こえた声は明らかに人間ではなく、獣の唸る声そのものだった。
仮に俺が「後ろから獣の声が……」あれは犯人が獣人か何かだと証言してしも信じてはもらえないだろうし、俺が疑われても仕方ない。
もし明日のニュースであの遺体が見つかっていなかったら、学校が終わってから、あの場所にもう一度行ってみようと思う。
しかし、それが俺の人生を大きく変えるとは思ってもいなかった。
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