第2話 あの日、血を見た
昼休みを知らせるチャイムが鳴る。正直、午前中の授業には身が入らなかった。
原因に心当たりはある。間違えないのは昨日見た何かに食い荒らされた死体が気掛かりだったからだ……
「凛都、どうしたの!?」
「うわぁ、急に声掛けるなよ!?」
急に後ろから珠理亜が元気に声を掛けて来るので驚いてしまった。
「酷い、そんなビックリしなくても良いじゃん」
「ごめんごめん。それより、どうしたのって何がだ?」
「いや、えっと…顔色が悪かったからかな?」
コイツ、絶対に李璃に何か言われたな?昔から嘘が下手な奴だったが、ここまでとは……
「まぁ、少し考え事をしててな。具合が悪いとかじゃないから安心してくれ」
「それなら良いけど、私はお昼は藍那ちゃんと食べてくるから、また後でね!」
そう言って珠理亜は教室の扉の方に駆けて行く。全く騒がしい奴だよな…まぁ、そんな元気なところが珠理亜の良いところなんだが……
珠理亜が向かって先には俺を睨み付ける沙耶原(さやはら)藍那(あいな)が居て、珠理亜が来ると同時に俺に舌を出して去って行った。
何でこんなに目の敵にされたのやら、別にお前の珠理亜を取ったりはしないってのに──。何て考えていると……
「凛都、見てくれよ!俺様の新しい脚を!」
また騒がしいのがやって来たが、コイツは神埼(かんざき)眞人(まひと)、俺の親友だ。金髪にピアスで校則違反もよいところな格好して、チャラそうな奴だが友達思いの良い奴なんだ。
「今日は朝から来てなかったのはそれでか?」
「いや、姉貴の様態がヤバいって母親から連絡が入ってな」
「それで、お姉さん大丈夫なのかよ?」
眞人のお姉さんは今の医療でもどうにもならない重い病気らしく、都内の病気で入院しているらしい。会った事はないが、かなり美人な人なのは写真で知っている。それで知ったんだが、眞人の髪の色は地毛の様だ。
「いや、それが慌てて駆けつけたら元気に飯を食べてたよ」
「良かったじゃないか、無事で何よりだろ?」
「そうなんだけどさ、まさか新しい脚をこんなに早く使うとはな……」
『身体拡張技術』及び『身体能力強化技術』は今や世界中で人間が施すのが当たり前になった技術だ。
例えば事故で失った身体の一部のパーツを作ったり、脳を弄って脚を早くしたりする技術。整形の上位互換とも言える様に、今は全く違う自分になるなんて簡単な時代だ。
俺達が住むこの町は『新東京。』国の方針で人口が増加した首都である東京を拡大する為に、埼玉と神奈川を合併して出来た首都だ。
日本はまだこの拡張技術に抵抗があるらしく、この技術を利用してる日本人は少ない。自分の肉体や脳を弄るに抵抗がある人間は多い為、この技術を扱えるのはこの新東京だけだ。
そんな新東京にある上白沢の境坂(さかいざか)高等学校に俺達は通っている。
「やっぱり、それって脚が早くなったりするのか?」
「勿論だぜ!超高性能だし、跳躍力も上がるからビルからビルに飛び移るのも多分できるぜ!」
こうやって今の世の中は擬似能力者を作る事も可能な訳だ。しかし、流石に獣人を信じる奴は誰もいないだろう。
危険かも知れないが、帰りにあの死体があった場所に向かってみよう。まだ朝のニュースでは報道されてなかったしな……
今連絡したら「何故、見つけた時に連絡しなかった?」と犯人として怪しまれかねない。だから、もう一度あの場所に行って連絡しよう。
勿論、獣人の姿を見た訳でも、証拠がある訳ではないから、信じてもらえないだろうし、唸り声の件は黙っておこう。
しかし、学校終わりに向かった例の裏路地は、警察によって封鎖されていた。どうやら遺体は発見された様だ。あの遺体は9人目の被害者として今夜のニュースで報道されるのだろう。
俺はその様子見て後を引き返す、いつもなら珠理亜の家から帰る際は裏路地同様に近道として使っている元住宅開発地を使うんだが、流石に昨日の事もあり今日は普通の道を通る事にした。
「あれは…珠理亜?」
しかし、帰り道でいつも俺が近道に使っているそこに向かう珠理亜を見掛けた。俺は少し気になり、珠理亜を追いかける事にした。
この道は元々住宅開発地だったのだが、工事は中止され人通りも少なくなってしまった。なので珠理亜1人で通るのを放って置くのは気が引けた。
「あれ?珠理亜のやつ、何処に行ったんだ?」
どうやら俺は珠理亜を見失ってしまった様だ。流石に昨日のあれもあるし、珠理亜が危険な目に遭う可能性もゼロじゃない。寧ろ珠理亜の家の近くなんだ、その危険性の方が高い、早く見つけなくては……
そんな事を思いながら歩いていると道の真ん中に珠理亜が佇んでいた。
「おい、珠理亜!一人でこんな所を通ると危なっ……──」
その珠理亜に近付いた時、そこに広がっていた光景に俺は目を疑った。
「あちゃ、見られちゃったか」
彼女の手や足、服には赤い物がベッタリとこびり付いている。しかし、それは彼女が怪我をしているからではない──返り血だった。目の前に血の水溜まり、そこには獣だか人だか分からない生き物の死体があった。
「何なんだよ!珠理亜、お前何して──」
その瞬間、目の眩みそうな閃光と鋭い音が空を裂いた。
目の前の彼女は音も無く倒れて、俺の頭はパニックになった。悲鳴を上げる事すら、突然として訪れた幼馴染みの死を嘆く暇など有り得なかった。
何故なら、胴体に風穴が空いて倒れた彼女の亡骸の背後には佇む彼女の姿があったのだから……
「ごめん、私の注意不足なばかりに…」
目の前に珠理亜が二人、しかも彼女はそれを自分で殺した。目の前の光景は俺の思考を置き去りにしていた。
「お姉ちゃんは悪くないよ。これは凛都くんの不注意が原因だよ」
更にもう一人、珠理亜が俺の視界に現れた。何なんだ、この光景……
「ごめんね?見られたからには凛都を殺さなくちゃ」
ヤバい、逃げなきゃ…逃げなきゃなのに、脚が竦んで動かない。
「どうせだから教えてあげる。お姉ちゃんと私は、生体兵器なの。と言っても、まだ実験段階だけど」
「でも凛都の事を大切な幼馴染みとして思ってのも本当だよ。騙してたんじゃないの」
「でも知られたからには仕方ないの。凛都くん、貴方を排除するから」
珠理亜の右手が剣の様に鋭く形態を変えて、彼女がゆっくりと近付いてくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
やっと足が動いた俺は、幼馴染み達から悲鳴を上げて逃げた。後ろも振り返らずいちのくさに逃げ出した。
しかし、彼女達が追って来る事もなかった。
俺はそのまま家の前まで歩いて帰った。しかし、俺は自宅の扉を開ける、事に躊躇いを覚えた。
思えばそれは「お前なんていつでも殺せる。」そんな意味だったのかも知れない。
このままここに居たら李璃にまで危険が及ぶかも知れない。そう考えたら家に入れなかった。
「どうしたんですか兄さん、家の前で…」
後ろから妹の声がした。振り返ると、そこには首から鞄を下げた李璃がいた。
「李璃がこんな時間に帰るなんて珍しいな?どこか行ってたのか?」
「はい、友達の家に行ってました。それより兄さんはどうしたんですか?」
「えっ?珠理亜の家に行ってたんだよ」
「そうじゃなくて、物凄く気分が悪そうなので」
「何でもないって、だから気にしなくて良いよ」
「兄さん、何処に行くんですか?家はここですよ」
俺は一早くこの場所から離れたかった。そのせいか咄嗟に妹の横を通り過ぎていた。
それを指摘され動揺した時、右ポケットのスマホが震えた。
それは珠理亜からのメールだった。その内容は1週間だけ排除を延期するというもの、その間を好きに過ごせという事だろう。
そして極め付けは「逃げたら妹の命は無い」というものだった。
どうやら俺はこの家から逃げられない様だ。
「そうだったな!さぁ、家に帰ろう!」
俺の笑顔は引きつっていただろう、勘の良い妹なら何かあったと分かるだろう。しかし、妹はそれ以上詮索はせず──
「李璃はいつだって兄さんの味方です」
そう李璃は俺に言った。真っ直ぐな瞳で真剣な表情で、いや、表情はいつもの様に無表情だったが、雰囲気が物語っていた。
「どうしても話したくないならこれ以上は聞きません。なので兄さんが話したくなったら、遠慮なく話して下さい」
「分かったよ……」
俺はその言葉にただそうやって頷く事しか出来なかった。
言える訳が無い、もし秘密を話せば珠理亜は李璃の事も狙うだろう。この秘密だけは、最期の日まで守り抜いてみせると俺は心に決めた。
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