プロローグ《5》

「実を言うとね。私はキミに協力関係になることを提案しに来たんだ」

「……協力関係?」

「うん」

俺は机に寄りかかった体勢のまま彼女の話を聞いた。

「私が今知っている、わかっている情報を、キミに教えてあげる。キミには、その情報を元に、誰がキミたちをここに閉じ込めているのか、調べてほしいんだ」

……確かに、何も分からない俺には、彼女と協力してここから出る方法を探した方が都合がいい──けれど。

確認すべきことは、確認しておかなければ。


「……ちょっと、聞いてもいい?」

「私に答えられることならね」

「その……、何で、キミが調査するんじゃなくて、俺に頼もうと思ったの?」

これは単純に、俺たちが来たタイミングの問題かもしれないけど……。彼女が異変に気づいた時に、俺たちが来たとか……いや、俺たちが集められたから異変に気づいたのか? なんか頭がごっちゃになってきた。

そもそも、なんで彼女だけ他のみんなと違って状況を理解してるんだ?


「ああ、それは、私じゃ調べられない事があるからだよ。だって、私からみんなは見えるけど、みんなから私は見えないんだもん。私はみんなが見てる幻覚の対象外みたいだからね」

「対象外……? っていうか、そもそも幻覚って言うのは……」

「あ、そっか。そこからか」

彼女は顎を手のひらの上に乗せて言った。


「ここにいるみんなは、ここ数ヶ月で殺された子達なんだけど──あ、もちろんキミもね。ちなみに私は数年前、今キミたちがここに集められてるのと関係なく死んでるから、幻覚だとか閉じ込められてるだとかとも全く関係がないんだよね」

「そ、そうなんだ……」

俺は適当に相槌を打った。その声は震えていた。


彼女がさらっと言った『殺された』という言葉に、腹の底が冷えたような感覚があった。今は無いはずの心臓がバクバクとなっている。

ああ、そうだ。俺は、ただ階段から落ちたんじゃなくって……。

俺はぎゅっと心臓の当たりを掴んで呼吸を整えた。こんなことに取り乱している場合じゃない……。彼女の話を聞かなくちゃ。


「で、キミたちを殺した子は、どうやらキミたちに自分が死んだことを忘れさせて、この学校が普通に見えるように幻覚をかけてるみたいなんだよね。というよりは、自分が既に死んでいることに気づかせないよう、いろんな矛盾に気づかない幻覚、みたいな感じ……かな? 私はその犯人に存在がバレてないから幻覚の対象外。つまり、私からみんながどんな風に見えてるかは分からないし、みんなから私も見えていない。しかもキミたちはなぜかここに閉じ込められてる……っていうのが、今の現状」

「………………」

なんか……、理解に時間がかかりそうな。

殺された上に幽霊になって死んだことすら忘れさせられ、更に閉じ込められてる? 全然何がしたいのか分からないし、あまりにも酷い話だ。


「でもキミはまだ生きている──だから、幻覚の効果が薄いみたい。現にキミはすでに自分が死んだことに気づいていて、学校の惨状も見えてるし、私のことも見えてる。でも、全部が全部思い出したわけじゃないでしょ?」

「…………うん」

俺が死んだと思われる、九月末から、今の三月までの記憶はすっぽり抜けている。そもそも死んだ──じゃなくて、死にかけた時の記憶も、完全にはっきりと思い出せるわけじゃない。


「だったら……、なんで俺たちを助けようとしてくれるの……? 俺らと関係がないんだったら、別にキミはここに閉じ込められてるわけじゃないんだよね……?」

だったら、普通面倒事に巻き込まれる前に出ていくものだろう。かと言って、見ず知らずの人? を助けようという正義感は微塵も感じない。

「私は助けるなんて言った覚えはないよ、ヒムカイキハルくん。協力関係になろうって言っただけ──私がキミに手を貸すんじゃなくて、お互いにウィンウィンな関係を築こうってわけさ! つまり、キミたちをここから出すことは、私のメリットになるんだよ」

「メ……、メリット?」

「うん。私一人がいいんだよね」

「……うん?」

「一人がいいっていうか……、誰かに踏み込まれるのが嫌いというか。せっかくここで一人を満喫できてたのに、いつの間にか増えちゃってんだもんな……。だから、私はキミたちにここから出ていって欲しいんだよね」

「そ、そうなんだ……?」

俺は首を傾げてしまった。何か深読みするのかと思ったけれど、本当にそのままの意味だったらしい。


とりあえず分かったことは、俺たちは歓迎されてるどころか、その真逆だったらしい。それで彼女が自由に暮らすために俺たちがジャマだから、ここから追い出したいと。

彼女が、ここを自分だけの居場所にするために。

「………………」

拍子抜け……どころか、ドン引きだ。

そんなことを望むなんて、というよりは。

そんなことのために……。

「そんなことのために、って思ってる? でも、そんなことのためになんでもできちゃうのが、私なんだよね」

そう笑う彼女は、狂気的なことを言っているようにも見えたし、至極真っ当なことを言っているようにも見えた。

まるで、彼女だけ世間の常識が違うみたいだ。


「……キミがここから出てくっていう選択はないんだね」

「え? ああ……だって、なんで私の方が出ていかなくちゃいけないのさー。キミたちが後から来たんだよ? 自分のせいで何かをするのは構わないけど、人のせいで何かをするのはごめんだね」

だからといって……、いや、何も言わないでおこう。

多分、この人は、俺とそもそものいろんな価値観が違う。こんなことで言い合っても、議論にすらならない気がする。


「──で、どうするの?」

「え?」

「協力。するの? しないの? さっきから私が聞いてるのは、これ一つだけなんだけど」

「………………」

と言っても、現状俺にできることは、この手しかない。

「やるよ──キミに協力する」

「うんうん、そうこなくっちゃね」

満足気に頷く彼女だが、そう来なかったらどうなっていたんだろう……。あまり考えたくはないな。


「……それで、何をすればいいの?」

「ま、とりあえず、『誰が』の犯人探しだよね。もちろん私も手伝うからさ、細かい所は今から色々説明するから」

犯人探し……、本当に、俺に出来るのだろうか。やれなかったら──見つからなかったら、どうなるんだろう。

……いや、そんなことよりも、見つかったらを考えるべきだ。


「……もし、その犯人を見つけられたら、ここから出られるんだよね」

「まあね。その後どうするのかは、キミ次第だけど」

「え?」

「まあ、そんなわけで──」

彼女は俺にすっと右手を差し出した。

「──これからよろしくね、ヒムカイキハルくん」

俺は少し迷った後、ちゃんと立ち上がって彼女に近づき、その手をゆっくりと掴んだ。

「……うん、よろしく」

彼女の──幽霊ちゃんの手は、普通の女の子のように柔らかかったけれど、死体のように冷たくて。

目の前にいる相手が、本当に死んだ人間だということを、脳に焼き付けられた気分だった。


「あ、でも、これだけは覚えておいてね」

「え?」

彼女は冷えた視線で俺を見つめる。

「今からするその犯人探しっていうのは、結局『キミたちを殺した犯人』を探るってことだから──つまり、特にキミはバレたらどうなるか分からないんだからね」

「……うん」

バレたら待っているのは、この中で俺にだけ訪れていない、『死』なのはほぼ確実だ。

でも、やらなきゃ。だって、何もしなかったから──

ここで死んでいるも同然なんだから。


「私だっていろいろフォローできるだけのことはするけど、身の保証はできない。だからせめて──」

彼女は多分、今までで一番いい笑顔で言った。

「キミたちみんながここから出られるためのこと──全部やってから死んでくれ」

「──……うん」

俺は苦笑いで言った。

状況も相手も最悪すぎて、曖昧な笑顔しか出てこない。

そして、同時に思う──俺は随分、面倒で厄介な相棒を選んでしまったのかもしれないな。

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全部やってから死んでくれ ラマ @rama-0414

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