プロローグ《4》
「えっと……キミは?」
「私? 私はね、幽霊だよ」
さらっと言われた。
さらっと言われすぎて反応に遅れたが、まあ、そうだろうとしか思えなかった。
なぜだか、恐怖心は湧かなかった。
「……幽、霊」
俺は聞いた言葉をそのまま、なんの意味もなく口に載せる。
「そうそう。だから、幽霊ちゃんって呼んでくれればいいよ」
まんまじゃん……。名乗る気ははないっていう意思表示だろうか。
「でも、よかったよかった。やっぱり、キミには私が見えるんだね。本当に誰にも見えないんだったら、もう一人で頑張るしかないかって思ってたんだけど」
「え……?」
みんなには見えない……? いや、そりゃそうか。幽霊なんだから──って。
「いや、見えないとおかしいんじゃ……、だって、みんな……」
言おうとして、俺は口ごもった。
だって、これはただの推測であって、本当に『そう』かは分からなくって、それで……──
「──みんな? みんな、どうしたの?」
「い……、いや、えっと……」
彼女はクスッと笑った。
「あはっ、キミは優しいね。分かってるんなら、はっきり言っちゃえばいいのに」
けれど、その笑顔とは裏腹に、彼女が吐いた言葉は俺に対する皮肉だった。
「だって、ずっと見てたけど、キミ最初っから気づいてたでしょ。いや、見えてた──見えてなかったって言うのが正しいのかな? みんなが見ていたはずの景色が、キミには見えてなかった──」
「………………」
やっぱり、そうなのか。
だって、俺が感じた『違和感』は、誰でも見れば気づくはずのものだったから。それなのに、誰も気づいていなかったということは、それが──真実が、見えてなかった……ということになる。
なってしまう。どうしようもないくらいに。
「ていうか、そんなバカみたいに考えても仕方ないでしょ? もう分かりきってる答えなんだから言っちゃいなよ──認めちゃいなよ」
さっきはあんなに恐怖や不安に押しつぶされそうになっていたのに、同じことを考えているにも関わらず、俺の心の中は静かだった。全く無音の中に、彼女の声だけが響く。
俺は自分の頭に手を当てた。なんの傷もなかったが、まだ手には、ぱっくりと裂けた傷口に触れた感覚が残っていた。
思い出したのは、あの時の記憶。
九月の放課後、『何か』に襲われ、階段から落ちた時の。
……俺が死んだ時の──記憶。
「俺たちって──みんな、もう……死んでるの?」
俺には、自分もみんなも足が透けて見えていて。彼らが開かないと言った窓は、開いてるどころか、一部割れていて。壁も床も全体的にホコリっぽくて。夜なのに電気がついてなくて。それなのに周りが見えていて。どうしようもないくらいに廃れた──
──廃校だった。
「うんうん、ちょっと違うところもあるけど、ほぼ正解かな! そう、キミたちも、私と同じ幽霊だったりするんだよ!」
彼女、幽霊ちゃんは両手を広げ、まるで歓迎でもするかのようにそう言った。いきなり自分の名前のアイデンティティを崩壊するようなことを言う。
……本当に同じなのだろうか? だって、俺たちは膝から下が透けているだけだけれど、彼女は全身が透けていて、膝下は透けるどころかなくなくなっていた。
それに、そもそもどうして俺だけ彼女が見えるんだ? そこは個人差があるのだろうか……。
──って、ん? ほぼ正解?
「ほぼ……ってことは、何か違うってこと?」
「うん。ま、簡潔に言うと、『キミは死んでない』ってことかな」
…………えっ?
驚きすぎて、声が出ない。俺は呆けた顔で彼女を見つめた。
「他のみんなはとっくに死んで葬式挙げられて火葬されてどーしようもないくらいに死んでるけど、キミだけは死んでなかったりするんだよ、ヒムカイキハルくん」
だからキミだけはみんなといろいろ違うんだろうねー、と彼女は言う。
「……じ、じゃあ、今の俺は……?」
「あれだよ、あれ。幽体離脱って言うんだっけ? 本体は病院にいるよ」
「…………!」
もう、死んだのだと思っていた。
終わってしまったのだと思っていた。
でも、そうじゃなかった──
『──閉じ込められてるみたいなんだよね』
──……あれ?
「ね、ねえ……、一つ、聞いてもいい?」
「どうぞ」
「俺が生きていて……、みんなは、し……死んでるってことならさ……。さっき、みんな、ここから出られないって言ってたんだけど、その……。……俺は出られるって思っていいの?」
「気になるんだったら、試してみたら?」
「………………」
俺はゆっくりと立ち上がると、彼女の後ろの窓に向かって近づいた。たぶん、さっき教室にいた人達が開けたのだろう、カギは開いていた。そして、窓を開けてみようと窓に触れて──そこから、動かせなかった。カギがかかっているのとはまた違う。本当にぴくりとも動かなかった。
窓が割れているところも、そこに手を入れてみると、見えない壁でもあるかのように、硬い何かに触れて、出ることは出来なかった。
「………………」
……まあ、彼女の口ぶりから、こうなるのは何となく分かっていたけれど。
「……何で、出られないの? これ……」
「さあ、なんでだろうね」
完全に他人事のような口ぶりに、少し苛立ちを覚える。俺は彼女の方を振り返って──しかし、さっきまで彼女が座っていた机には、誰もいなかった。
「え……っ」
「ま、なんていうのは冗談で」
いつの間にか、彼女は俺の真横の机の上にしゃがみこんでいた。
「うわっ!?」
俺は驚いて反射的に仰け反った。後ろの机にぶつかってガタガタの慌ただしくならす。彼女は俺のそんな様子をにいっと笑って見つめていた。この人、多分性格悪いな。
「じ、冗談……?」
「うん。正直に言うと、『何で』出られないのかは何となく分かってるけど、『誰が』キミたちを出られなくしてるのかが分かってないって感じかな」
「『誰が』……?」
そう言えば、あの少年も言っていた。
これは故意的にされたものじゃないんじゃないかって。
──てっきり、みんな地縛霊だからとか、そんな理由なのかと思っていたけど、そうじゃないのなら。
本当に、故意的にされたことなんだったら──
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