プロローグ《3》
とにかく逃げたかった。
彼らから距離を取りたかった。
まるで、俺と見えているものが違うかのように話をする彼らと。
「なんで…………!」
走る。
走って、いくつかの教室を通り過ぎる。
じっくりと観察する必要も無い。見える景色は、どこも対して変わらないそれだった。
そこから出られるかどうかよりも、それ以前の問題が俺の中にはあった。
「おかしい……、おかしいって、こんなの……!」
苦しくてしょうがない。頭痛がする。
なんでだよ。なんでこんなに頭が痛いんだよ。
階段を二段とばしで駆け上がって、上の階へ。
もともといた場所が何階か分かっていなかったけれど、更に上の階があったから、ここは二階のようだ。頭のどこかでそんなふうに冷静に考えている自分がいる。でも、俺は足を止めなかった。
走れば走るほど、学校の様子を見れば見るほど、頭痛は増してくばかりだった。気持ち悪くて吐きそうになり、左手で口元を抑える。
いつの間にか、俺は三階に上がっていた。
「ううぅ…………」
もう、俺は走ってはいなかった。というより、もう走れなかった。体力的な問題じゃない。さすがに、学校の一校舎の一階と二階を全力で走った程度で走れないほどくたばったりはしない。
もう、この息の乱れすら信用できなくて──俺は、口元に当てていた手で、顔全体を覆った。
「はっ……、はあ……、うぐ……うぅ……っ」
気持ち悪い。どうしようも無い不快感が、身体中から消えない。俺は右手を壁につきながら、よろよろと歩いた。
「な……なんなんだよ……。わけわかんない……!」
意味もなく言葉をボトボトと落としながら歩く姿は、さながら狂人のようだった。
いや、案外、的外れてはいないのかもしれない。俺がおかしいのだろうか……。だったら、辻褄は合う。俺だけがおかしく見えているだけであって、俺の頭がおかしくなったってだけで、こんな、こんな──
こんな現実。
「あるわけ、ない……」
ずしゃ、と俺が膝をついた音がした。
同時に、頭がズキンと割れるように痛み、左耳の上からどろっとした生温かいものが溢れ出す。ぼたぼたぼたっと廊下の上に落ちたそれは、紛れもなく血だった。
「ひ…………っ!」
あわてて頭を押さえると、左耳の上がぱっくり割れていた。恐怖より何より焦りが身体中を支配し、両手どころか体も廊下も真っ赤に染まっていく。
え……、待って、こういうときって、どうすればいいんだっけ? 傷口を押さえて……、なにで?布で?
ていうか、血、止まんないんだけど。どうしよう、どうすれば、誰か──
誰か、助けてよ──!
「──落ち着いて」
…………──声。
その声に、俺の心は不思議と落ち着いた。まるで直接頭に響いているように、どこから聞こえているのか全く掴めない。
「目を閉じて。キミは今幻覚を見ているから──完全に落ち着いたら、もう一度開いてみな」
少女の声がそう語りかけてくる。俺は言われるがままにゆっくり目を閉じた。視界が真っ暗になり、何も見えなくなる。いつの間にか、身体中の不快感も消えていた。
ここって、こんなに静かだったのか。
「………………」
心が落ち着いて、俺はゆっくりと目を開けた。
あんなに広がっていた血が消えている──でも、案の定、状況は変わっていなかった。それでも、もう気持ち悪く感じることはなかった。
俺は顔を上げる。いつの間にか、俺は教室の前に座り込んでいた。最初の教室ではない──三階の隅にある教室。
そして、俺の目の前には、一人の少女が机に座っていて──彼女と目が合った。
セミロングくらいの長さの髪に、髪と同じ色の瞳。病気なんじゃないかっていうくらいに色白い肌。学校指定のセーラー服を着ているが、うちの学校はリボンなのに、なぜか真っ白なネクタイをしていた。
何より、彼女が大きく違ったのは、みんなが足だけなのに対し、彼女はほぼ全身『そう』なっていたということだった。
「よ、目は覚めた? ──ヒムカイキハルくん」
彼女はそう言って、にこっと笑った。整った顔立ちをしているが、不思議と可愛らしさは全く感じられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます