プロローグ《2》

「……ん、ん……」

俺はゆっくりと目を覚ました。

どうやら、机にうつぶせになって寝ていたようだ。寝起きで頭がぼんやりする。

……っていうか、なんか気持ち悪い……。

「──あっ! やっと起きた!」

と、後ろから聞こえたそんな声に、俺はびくっと飛び上がった。

聞き覚えのない女の子の声。明るくよく通る声をしていて、……こんなふうに喋る知り合い、俺にいただろうか。


後ろを振り返ろうとして、横からずいっとその声の主に顔を覗き込まれた。

「大丈夫? なんかキミずっと寝てたんだよ?」

「あ……、そ、そうなんですか、すみません」

やっぱり知らない人だ……。雰囲気からして上級生……だろうか。

学年は靴のラインによって違うはず。そう思って、俺は彼女の足元を見た──そして。


「──ッ!? う、あ……」

俺は大きく仰け反った。その拍子に椅子から落ちそうになるが、ちょうど窓側の席だったので、壁に激突するだけですんだ。いや痛いけど。

「わっ、びっくりした……。どうかした?」

「あ……、いや……、えっと……」

俺は口ごもりながら、自分の足元も確認する。

「……、…………ッ」

「……うーん、まだちょっと混乱してるみたいだね。落ち着いたら話そっか。あ、一応名前と学年だけ聞いといてもいい?」

「………………」


状況はよく分からないけれど、とりあえずこの人は俺の事を心配してくれているようなので、素直に答えることにした。

「……ヒムカイキハル、です。一年……」

「そっか。じゃあ、きはるんだね!」

「きは……!? いや、それはちょっと……」

「あたしは三年のクリハラアコマっていうの、よろしく! 落ち着いてきたらいろいろ説明するから話しかけてね〜! あ、あたしじゃなくても、この中にいる子達なら誰でもいいから!」

彼女はそう早口で言い切ると、「あの二人なかなか帰ってこないから、あたしちょっと見てくる〜」と教室を出ていってしまった。

話しかけてねって言った直後になんで出ていってしまうんだ。すぐ戻ってくるつもりなのだろうか。


「………………」

教室がしんと静まり返る。この場には、俺以外に三人の女の子がいたけれど、誰も何も言わなかった。

そして、その子たちも、俺やあの先輩と同様に──。

「…………うっ」

頭の左側に強い痛みを感じて、俺は頭を抑えた。ズキン、ズキン、と痛みが連なっていく。今まで偏頭痛とかそんなになかったのに、異様に頭が痛い。

なんだ……、何が起きてるんだ……?


何とか前の記憶を引き出そうとして、頭の中に浮かんだのは、九月の終わりの夜に起きた、あの出来事だった。

…………ん? 九月?

俺はばっと横の窓を覗き込んだ。外は地面の所々に雪が残っていて、どう考えても九月の景色ではなかった。

雪……、ここらは雪が多めの地域だから、あの量だと三月くらい……ってことか?

三月……、三月……!?

ダメだ、全く思い出せない。

いや、一つ答えが出ていると言えば出ているんだけど……、でも、それはさすがに、あまりにも……。

あまりにも、ひどすぎる……──


「──チッ、クソがッ!!」

突如、教室の扉が乱暴に開かれ、二人の少年と少女が入ってきた。驚いて固まった俺の元に、先程の少女──確か、クリハラ先輩、だっけ?──が駆け寄ってくる。

「きはるん、気分はどう? って、そんなに時間経ってないか!」

「は、はあ……」

明るく話しかけてくるその先輩は、こんなヘンな状況だとありがたい存在なのかもしれないが、今の俺は誰かと会話したい気分にはなれなかった。


頭が痛い。そして、それ以上に気分が悪い。でもそれは、決して体調のせいではないことは分かっていた。


「っつーか、んなヤツのことなんかどーでもいいんだよ。おい、なんか新たに分かったヤツとかいねーのか?」

「ちょっと、どーでもよくはないでしょー。こんな状況なんだから、みんなで協力しないと脱出できないよ? ──って、なんか脱出っていうとゲームみたいだね!」

「……え?」

脱出……?ってことは……、え? 今、俺たち、閉じ込められてるの……?


「二人こそ、もっかい見てきて、なんか出口になりそうなとことかなかったの?」

「いや、案の定というか、出られそうな場所はなかったよ。全く、何がどうなってるのやら……」

「えっ──、ちょ、どういうこと!?」

俺が椅子を派手に鳴らしながら立ち上がってそう言うと、クリハラ先輩と会話していた少年がぱっと俺に視線を移した。

「……ああ、キミはずっと寝ていた……。顔見て分かったよ、ヒムカイくんだったんだね」

「え? えっと……」

だ、誰だったっけ、この人。

「ああ、別に、分からなくってもいいよ。僕は影が薄いから」

彼は軽く手を振りながら言った。


「でね。実は、現状僕らは学校に閉じ込められてるみたいなんだよね……。多分、人為的に」

「えっ……、閉じ込められて……!? っていうか、人為的って……」

「だって、扉も窓もびくともしないんだよ? こんなことが自然に起きるとは、僕には思えないけど」

「…………!?」

窓が、開かない……?

「今僕らが動き回れるのはこの校舎のみだよ。僕ら以外に誰もいないし……。だからまあ、とりあえず──」

「──ちょ、ちょっと待ってよ……! え? どういうこと!?」

「どういうことって……。だから、僕らにもまだ何がどうなっているのか分かってないんだよ」

「でも、そんなことありえるの!? そもそも、どう見ても──」

「──うっせえんだよ!!」

突如、怒鳴り声とガアン、という派手な音が、俺の真横から聞こえた。

見れば、俺の横の机が蹴飛ばされ、教室の後ろに転がっている。そして、その蹴った張本人と思わしき人が、こちらにずんずんと近づいてきた。


学ランの下に黄色いTシャツを着用し、金色に染められた髪は、どこからどう見ても不良だ。というか、実際そうなのだろう。

彼は俺の胸ぐらをがっと乱暴に掴むと、そのままズルズルと引きずり出した。

「わ……、わ、わっ、ちょ」

「さっきからごちゃごちゃと……、んなに信じれねえなら、自分で確認してこい!!」

彼はそう吐き捨てながら教室の扉をガラッと開け、俺を教室の外に突き飛ばした。俺が尻もちをつくのと同時に、バンッと扉が閉められる。教室の中から「ちょっと! やりすぎだよ!」とクリハラ先輩の抗議の声が聞こえた。


カギが閉められた音はしなかったし、やろうと思えば教室には戻れそうだった。

けれど、気づけば俺は弾けるように立ち上がり、走り出していた。

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