不死身のオオカミちゃん!

秋乃晃

ドラゴンのいる異世界に、アイスクリームを。

 ピエロのいるアイスクリーム屋として人気急上昇中の『シックスティーンアイス』だが、空模様には勝てない。

「ふぁあ……」

 本日は金曜土曜日曜という構成での三連休の中日なかび。店番をしているのは、天助高校一年生のかがみ文月ふづきだ。西日本から関東圏を目がけて進行中の台風の影響があって、客足はにぶい。一時間に一人、店の前を通り過ぎる程度だ。ちなみに、まだ雨は降っていない。

「おやすみにしちゃえばいいのにね」

 あくびをしてから、とんでもなくやる気のないセリフを吐く。文月は、店主の孫ではあるが、立場としては一介のアルバイトである。折りたためるタイプのイスに座って、壁によりかかっている。

 昨晩、文月の祖父であり『シックスティーンアイス』の店主・とどろき源次げんじは、翌日を臨時休業にすべきかしないべきかの検討をしていたが、結果として営業することに決めた。ついでに、店番を孫娘の文月に任せることも。

 祖父曰く、毎週土曜日に来る客がいるから、だとか。

『カップやコーンの在庫数を確認しておいたらどうすか?』

 足元にいる白くてもふもふの大きな犬(※オオカミ)が、あまりにも退屈そうな文月に仕事の提案をした。備品の整理整頓と在庫数は、こまめにやるべき仕事のひとつだ。客数の多い日はてんやわんやでチェックを怠りがちだが、本日はそうではない。

「昨日の夜、レジを締めるときに数えているはずだよ? 今日はまだ、オープンしてから三回ぐらいしかレジを打っていないし、カップは二つ、コーンは一つしか減っていない」

『なら、明日の仕込みをしておく。明日は、台風一過たいふういっかで、天気がよくなって気温も上がる予報だから、今のうちにやっておくべき』

「もふもふさん、わたしを働かせようとしている」

 犬(※オオカミ)の名前は、もふもふさんという。文月とは、かれこれ五年の付き合いだ。元々は人間であり、とある神サマの力によってこのような姿に変えられた――と、文月に伝えている。

 善行よいことをしていけば元の人間の姿に戻れる、と神サマからは言われた、のだが、五年経ってもなおもふもふさんは白くてもふもふの大きな犬(※オオカミ)のままである。まれに人間の姿に戻れるようにはなってきているが、安定しない。まだ善行が足りていないようだ。

『そりゃそうだ。このまま怠けていたら、立派なすからね。将来、文月はこの店を継ぐのだから、暇な時間なんてないはず』

 ド正論に耳が痛い。文月はやれやれと立ち上がり、まずは手を洗った。それから、冷蔵庫を開く。

「うーん……」

 文月は、源次から、一つのミッションを課されていた。祖父から孫娘へ、次の『シックスティーンアイス』の経営者としての課題。

「き、せ、つ、げ、ん、て、い、め、ニュー」

 冷蔵庫に保管されたアイスの原材料たちを、上から順番に指をさしてチェックした。店名に“シックスティーン”とあるように、常時十六種類のアイスクリームが店頭に並んでいるのだが、そのうちの人気メニューや定番メニュー以外は入れ替えている。

 季節限定メニューは、その季節に合わせた旬の果物をメインとしたアイスだ。源次は文月に『次の季節の新作』を考案させようとしていた。正式にメニューとして採用するかどうかは、原価との兼ね合いがあり、源次の一存では決められない。だとしても、季節限定メニューを生み出す能力は、そう遠くない未来に『シックスティーンアイス』を継ぐ者には必要不可欠なスキルである。

「なあにがいいかなあ」

 冷蔵庫を閉じて、カレンダーを見た。そのシーズンのイベントにからめると考えやすい。

『文月』

「んー?」

『足音が』

「おっ」

 人間と犬とでは聴力に差がある。文月よりも先に、もふもふさんが店へと近付いてくる足音に気がついた。

「……」

 プラチナブロンドをアシンメトリーにした髪型の男性が、屈んで、十六種類のアイスが並んだアイスケースを眺めている。あれこれと目移りしていて、どれを買おうか悩んでいるようだ。

『文月』

 もふもふさんが文月の太ももを右前足でつつく。接客の基本はあいさつだ。来客があったら、元気に「いらっしゃいませ」を言わなければならない。

『どうしたんすか?』

 源次からは『その人の顔を見て、その人の印象に合うようなアイスをオススメしなさい』と教わっている。一番弟子として、実行しなくてはならないのだが、しかし。


(――めっちゃカッコイイ人来たああああああああ!)


 もふもふさんの言葉は届いていない。文月は、娯楽として、テレビをよく見るほうだが、これほどまでの美形を見たことはあるだろうか。いや、ない。鏡文月の十六年目となる人生でもっとも整った顔の人間に出会ってしまったかもしれない。

「すみません」

「は、はい!」

 見とれていたら、その唇が動いた。心臓の鼓動がバクバクとやかましい。

「鏡文月、だよな?」

「そうでしゅ!」

 噛んだ。恥ずかしくて顔が赤くなる。

「で、ここは2012の『シックスティーンアイス』で、間違いない?」

 数秒前にカレンダーを見ていたので「はい!」と食い気味に答えて、うなずいた。考えてみればなんだか少しだけおかしな質問ではあるが、今の文月には考える余裕がない。

「お土産用のアイスを買いたいんだけど」

「ひゃい!」

 文月は元来、人前に立つのが苦手な性分だ。このような対面式の客商売とは相性が悪い。それでも源次の店を引き継いでいきたいのは、源次の作り出したアイスクリームを後世に残したいからと、自分を変えたいからと。

『コイツ、文月の学校の知り合いなのか?』

 もふもふさんが後ろ足で立ち上がり、前足をカウンターに乗せて、その客の顔を見た。鏡文月、と名指ししてきたのを不審に思ったからだ。この『シックスティーンアイス』は鏡文月の店ではなく轟源次の店であり、鏡文月はただのアルバイトである。文月の名前は出していない。

『高校生には見えないすね』

「あ、あの、すみません、……どうしてわたしの名前を?」

 学校の知り合いではない。学校の知り合いにこのレベルのイケメンがいたら、どれほど記憶力が悪くともきっと忘れないだろう。

「ああ」

 問いかけられて、その男はまず自分自身の服装を見た。

に教えてもらったんだ。その知り合いが、前にここのアイスを買ってきてくれて、美味しかったんで」

『微妙に答えになってないすね』

「ありがとうございます! 美味しいって言っていただけると、おじいちゃんも喜びます!」

 人づてに評判が広まっているのは、嬉しいことだ。美味しいと話題になって、新しい客が増えていく。

「アイス、このイチゴのと、キャラメルのと、あと、このギモーヴ? ってのを一個ずつ、シングルのカップで」

「はい! かしこまっ! まりました!」

『持ち帰り時間』

「あっ。お、おうちまで、どのぐらいかかります?」

『もっと落ち着いて』

「三十分ぐらいじゃねぇかな?」

「わっかりました! 用意しあす!」

『落ち着け』


 *


 お会計を済ませ、客は帰って行った。その背中が見えなくなってから、文月は「今の人! めっちゃかっこよかったね!」と興奮気味に話す。


『そうすね』

「? もふもふさん、怒っている?」

『怒っていない』

「自分のほうがかっこいいって?」

『いいや?』

「ふーん……?」

『今のだと、文月が慌てすぎていて、接客態度としてはイマイチだったんじゃないすかね』

「そうかな?」

『次は来てくれるかわからないすよ』

「そんなあ……」

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