テンパリング

ハヤシダノリカズ

テンパリング

 それは白馬に乗ってやってきた。

 それは馬上からオレに微笑みかけた。

 その微笑みは異性への性的アピールを含んだものに感じられた。

 そして、それらは突然ドロドロと溶けだした。馬上のそれはテラテラとぬめった光の反射を示しながら茶色の半固形の液状に、白馬も同様に半固形の白い液状に溶けて、地面の上にこんもりとした山となった。暑い。あぁ、これだけ暑けりゃ、そりゃあ、それも白馬も溶けるよな。あぁ、暑い……。


 目を覚ますとオレは汗だくだった。室温が妙に高い。枕もとに転がっていたエアコンのリモコンを見ると【暖房 28℃】と表示されている。どうやらエアコンをつけっぱなしで寝てしまった上に、寝ている間に身体の何処かでリモコンのボタンを押してしまっていたようだ。

 あの変な夢は、そうか、この温度のせいか。


 エアコンを切って、部屋のドアを開けてみればプンと甘い香りがする。階段を下りて台所に入ると、そこには妹が何やらせっせと作っている。

「ゴメンね、お兄ちゃん、テーブルの上散らかってて。もうすぐ終わるから! 朝ごはんはパンでも焼いて隅っこの方で食べて」

「ん、あぁ。うん。あー、チョコレート……。そうか、今日はバレンタインデーか」

 バタバタとせわしなく動く妹を見ながら、寝ぼけた頭で思ったままの事をオレは口にし、「当日の朝にやる事かよ」と呟く。

「うるさいなー。色々とあったんだよ!万年モテない君のお兄ちゃんがバレンタインにチョコのお裾分けを貰えるんだから、ありがたく黙ってなさい!」

「うるせえ。そして、日本語が無茶苦茶だ。なんだ、ありがたく黙ってろって」

 オレの言葉にチラと一瞥をくれた後はまたせっせと手を動かし始める。そんな妹を尻目にオレはトーストとコーヒーの準備をする。


 あの変な夢は、そうか、この香りのせいでもあったのか。だけど、なんだよ。白馬に乗ってやって来て、ちょっとモーションかけてきたと思ったらドロドロに溶けてチョコレートになるって。

 白馬は溶けて、ホワイトチョコに。馬上のアレはビターなダークチョコに。変な夢だったけど、どうだろう。今日が彼女いない歴=年齢のオレにとってスペシャルな日になるという事を示唆した夢だったりしないだろうか。


「何ニヤケてるの?」妹は言う。

「いや、なんでも」オレは応える。

「その気持ち悪い笑い方を変えなきゃ、彼女なんて出来ないよ?」

 頭の中で再現していた夢の馬上の君ばじょうのきみの顔は、妹のその言葉で再びドロリと溶けた。

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テンパリング ハヤシダノリカズ @norikyo

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