恐怖の「ざまぁ系小説」弾圧社会

@HasumiChouji

恐怖の「ざまぁ系小説」弾圧社会

『地獄の最も熱い場所は、重大な倫理的危機が到来した際に日和見主義者だった人の為に用意されている』

マーティン・ルーサー・キング


『わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう』

新約聖書・ヨハネによる黙示録3章15〜16


「おい、お前、『ラノベ作家を始めよう』とかいうサイトに小説を投稿してるなんて事は無いよな?」

 台湾の捕虜収容所から、やっと日本に戻って来れたと思ったら、親類の数少ない生き残りである叔父が、そんな事を言ってきた。

「え……まぁ……でも……」

「『ざまぁ系』とか云う小説を書いてたなら、すぐに消せ。すぐにだ。下手したら、家族や親類までただじゃ済まない」

「は……はぁ……」


 ……十数年ぶりの日本だった。

 社会インフラは、まだ、回復してないようで……インターネット回線は「常時接続」の筈なのに、1時間に1回は途切れた。

 でも……俺が徴兵される直前も、そんな感じだった。

 何日かに1回断水が有り……銭湯なんかに行く金が有る奴以外は、毎日風呂に入るのは……いや、水道代もどんどん値上りして、シャワーしか使えない。

 電気代も値上りし……自宅で冷暖房を使えるのは上流階級だけだった。

 SNSなんかも「ネットに常時接続出来るのは一部の上流階級だけ」を前提にした……どうやら、俺が生まれる前に一般的だった「掲示板」タイプのモノが主流になっていた。

 大都市のいくつかが廃墟と化してる以外は……戦争前と似たような状況だった。


 新聞は全国紙の多くが潰れ……地方紙も少なくなっていた。

 TV局も統廃合されてるようで、1つの地方TV局が複数の県をカバーするのが普通になった。

 コンビニからは本や雑誌が消えていた。

 どうやら、俺が生まれる前から続いてきた出版不況で、どの出版社も死にかけた所に……連合軍による東京攻撃が止めを刺し……出版社の数は戦争直前の5%未満にまで落ちていた。

 そして、二十代から三十代の働き盛りの大半を戦地と捕虜収容所ですごす羽目になった俺は、就職先を見付けたくても、Fラン大学卒以外に履歴書に書く事がほぼ無い、みじめなアラフォー男と化していた。ついでに、俺が通っていたFラン大学も、もう無い。


「どうなってんだ?」

 日雇いの仕事で稼いだ金でネットカフェに行ってみる。

 TVも新聞も、地方のニュースが主になっていて(なんでもTVの東京キー局や地方紙に全国ニュースを売っていた通信社とやらも滅んだそうだ)全国ニュースは、妙にレトロな見た目のSNSと称する掲示板でしか得られなくなっていた。

 どうやら……日本が戦争に負けてから何年かは、かつての反体制派が政権を取ってたらしいが、連合軍が引き上げて、日本が「再独立」「再民主化」をした途端に政権を失なったらしい。

 いけすかねえサヨクどもが酷い目に遭うのは……それこそ「ざまぁ」だが……おい……何だこりゃ?

『祝・土師はじ元首相 公開処刑』

『やったぞ、あの悪夢のようなサヨク時代をもたらした犯罪者どもの最後の1人もみじめに死にくさったぞ』

 どうやら、今の日本は、高校や大学でネトウヨ扱いされてた俺ですらドン引きの状態になってるらしい。

 まぁ……でも、今の日本で生きてく為には、この状況に順応するしか無いだろう。

 しかし……叔父さんが言ってた「ざまぁ系はマズい」はどう云う事なんだろうか?


 何回かネットカフェに通って情報を集めてようやく判った。

 かつて反体制派とされた奴らが一度は政権を取った……それを少数派が多数派を「ざまぁ」と思ってやがる、と見做されたらしい。

 その結果、少数派・かつての反体制派が、政権から追われると……「ざまぁ」モノは「少数派が政権を取って好き勝手やってた時代」を思い出させる忌しい代物と化したようだ。

 そして……かつて小説投稿サイトに「ざまぁ」モノの小説を投稿してた連中の身元が特定され……。

 冗談じゃない……。

 おい警察、何やってる、って言いたい話が次々と引っ掛かるが……警察も見て見ぬフリをしてるらしい。

 仕方ない。今の時代では、これが「世論」なら……世の中と折り合いを付けて生きてくしか無い。

 わざわざ、世間から憎まれる少数派になる事なんて無い。

 俺は、未だに続いていた「ラノベ作家を始めよう」のアカウントを削除した。


「馬鹿野郎……てめえ……何てドジふみやがった……」

「な……何言ってんだよ……消せって言ったのは……叔父さんじゃないか……」

 その日の夜、家族を失なった俺を居候させてくれてた叔父さんの家は、暴徒達に襲撃された。

 どうやら……アカウントを消しても……「ラノベ作家を始めよう」のデータベース内に「削除フラグ」とやらが立つだけで、データそのものは消されないらしい。

 ずっと捕虜収容所に居た俺が知らなかっただけで……戦争前から「ラノベ作家を始めよう」に小説を投稿してた反体制派も山程居たが、運営は、そんな連中の情報を公安とかに提供してたそうだ。

 けど……「アカウントを消されたら情報が全部消える」では、その情報提供に問題が出る。

 そこで「アカウントを消した筈なのにデータベース内に情報は残っている」「アカウントを消した奴が居たら、運営の公安との窓口部署に通知が行く」というように仕組みが変った……と言う事を暴徒のリーダーである町内の自治会長が「冥途の土産に教えてやる」とばかりに俺達に説明してくれた。

 早い話が……俺が下手にアカウントを消したせいで……「忌まわしい『ざまぁ』もの」を書いてた俺が生きてる事を運営が察知して……瞬く間にアカウント削除を行なったネットカフェが突き止められ……俺が叔父さんに帰る頃には町内会に「ここに国賊野郎が居るぞ」という通達が届いてたようだ。

 たしかに……何かがおかしかった。

 ネットカフェで得た情報では……どうやら、前の政権の頃の方が生活水準なんかはマシだったらしい。

 でも……社会の不満は……今の方が小さく……政権の支持率も今の方が上だ。

 そう言う事か……どうやら……社会の不満を無くす為の娯楽として、誰かを「悪夢のような時代をもたらした前の政権の支持者」に仕立て上げ……そして、一般大衆が娯楽としてリンチにかけるシステムが出来上がっているらしい……。

 冗談じゃない……。

 世の中と折り合いを付けて……楽して生きてくつもりが……俺と同じく、世の中と折り合いを付けて、楽して生きてくつもりの善良な一般大衆の皆さんの不満を解消する為に殺……うげっ……ぐええええ……

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