エピローグ ホビット仮面

 ディランジー少佐は、事件の後始末をしていた。


 暗黒の契約書に関わっていた政府と警察のお偉いさんは、ピッケム社長の遺したUSBメモリのおかげで、全員逮捕できた。


 末端の関係者はまだ捜査している最中だが、そう遠くないうちに全員逮捕できるだろう。


 ようやくディランジー少佐は、内通者の監視を気にしないで生活できるようになった。


 だが別のトラブルが発生した。


 ムルティスの妹・ミコットは元気になりすぎていた。


 スポーツテストの結果も、日常生活でも、あきらかに身体能力が人間の限界値を越えていた。


 もし異変がこれだけなら、人間離れしたスポーツ少女で通じたのかもしれない。


 だが違った。


「少佐、駅前でナンパしてきた人たちは、どうなったんですか?」


 ミコットは、人類には消せない黒い炎を操れるようになっていた。


 もし炎のコントロールが完璧であれば、私生活で困ることもなかったんだろう。


 だがブラックドラゴンの炎を、人間ごときがまともにコントロールできるはずがなく、ちょっとした拍子に暴発していた。


 その結果、ミコットを駅前でナンパしたチンピラたちは、黒い炎で焼かれて消し炭になった。


 まさか真実を公表するわけにもいかず、ディランジー少佐はコネを総動員して、事故を隠蔽。


 世間的には、チンピラたちは自然発火現象で死んだ、と都市伝説の一種になっていた。


「包み隠さずに伝えれば、彼らは死んだ」


 ディランジー少佐が結果を伝えると、ミコットはショックを受けていた。


 無理もないだろう、まったく意識しないで、初めての殺人に手を染めてしまったのだから。


 もちろん複雑な事情があるので、彼女が悪いわけではない。


 というか悪いのは、底意地の悪いブラックドラゴンだ。


「あのブラックドラゴンが、なにもしないで帰ったのはおかしいと思っていたが、まさかこんな仕掛けを残してあるとは……あいつから、なにかメッセージは残っているのか?」


 ミコットの背中から、ブラックドラゴンの影が生まれて、ディランジー少佐に語りかけた。


(ムルティスの心臓を通じて、人類が困り果てるさまを楽しませてもらう)


「なるほど、混沌の象徴だけあるな。悪趣味な楽しみ方だ」


(お礼をいってもらってもいいんだぞ。この娘が、免疫抑制剤なしで兄の心臓を動かせているのは、我のおかげなのだから)


「お前、神話の存在のくせに、なんで免疫抑制剤なんて医学用語を知ってるんだよ」


(ドラゴンたるもの、知識は最新の状態に保っておかないとな)


 ブラックドラゴンとの交流は後回しにして、ミコットの両親と話すことになった。


 両親は、すっかり困り果てていた。


「少佐、わたしたちはどうすればいいんでしょう。ミコットは黒い炎を制御できません。この前なんて、くしゃみしたときに炎が出てしまって、自宅が燃えるところでした」


 ディランジー少佐は、すでに書類を用意していた。


「魔力の制御が困難な若者たちを教育する、特殊な学校機関に転入させる。ブラックドラゴンの力とうまく付き合っていくしかない」


「そんな恐ろしい力と、本当にうまくやっていけるんですか。せっかく英雄になった兄の心臓を使って生き残ったのに、今度は危険人物へ。なぜうちの娘は、こんな災難に見舞われてしまうのでしょう」


 英雄になった兄。ムルティスの評判は一転して、英雄扱いである。


『テロリストと戦って、ブラックドラゴンを退けた英雄』


 ムルティスが英雄になったおかげで、元軍人たちの評価は改められて、以前のように就職に難儀することはなくなった。


 ムルティスが犯罪組織の一員として活躍していたことを知っているのは、ディランジー少佐とチェリト大尉だけだ。


 さらにいえば、彼が潜入捜査をしていたことを知っているのは、ディランジー少佐だけだ。


 この世界には秘密が多いし、人々は真実より表向きの物語に染まっていく。


 他でもない自分が、真実より嘘を広めて、元軍人の地位を回復させた。


 だからこそ、ミコットの扱いが難しい。


 ブラックドラゴンの力を持っているなんて知られたら、ありとあらゆる噂が流れて、社会から迫害される可能性があった。


 ディランジー少佐は、とあるマジックアイテムを用意した。


「ミコットさん、特殊な学校に通うとき、外見も身分も偽装しよう。これを使ってね」


 ムルティスが愛用していた、マジックアイテムの覆面とコートを渡した。


 かつてムルティスが悪事を働いてきたときの手法を、妹が身の安全のために使うのだ。


 マジックアイテムは、使い方次第で、善にも悪にもなりうるわけだ。


 ミコットは、覆面とコートを受け取ると、なにか閃いたらしい。


「これを使ったら、別人になりすますだけじゃなくて、悪人をやっつけるスーパーヒーローになれますか?」


「なれるだろうが、なぜそんなことを?」


「お兄ちゃんがどうして悪いことをしてしまったのか知りたいですし、もうすでにこの手は黒い炎で汚れてしまったから、その罪滅ぼしをしたいんです」


 彼女は、チンピラを黒い炎で殺してしまったことを後悔している。


 焼いた相手が社会のクズであるかどうかは関係なく、殺人そのものに抵抗があるわけだ。


 つくづくムルティスとは正反対であった。


「もし覆面とコートでスーパーヒーロになるとしても、自警団活動は法律違反だから気をつけてくれ」


「大丈夫です、そんな派手に活動するつもりはないですから」


 この夜から、ホビット仮面という正義のヒーローが表れて、超人的な身体能力と黒い炎を操って、困った人を助けたり、悪い人を殺さずにやっつけたりするようになった。


《完結》

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異世界の挽歌 ~あの世で結ばれる義兄弟の誓い~ 秋山機竜 @akiryu

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