第59話 ディランジー少佐の事後処理
ディランジー少佐は、軍の輸送車で病院にかけつけた。
すでにブラックドラゴンは消えていて、マスコミが集まりだしていた。
ムルティスの妹であるミコットが、ぴんぴんしているとこを見ると、どうやらブラックドラゴンは本当に願いを叶えたらしい。
暗黒の契約書も消えてしまったし、この事件は本当に解決したようだ。
ディランジー少佐は、チェリト大尉の隣に腰かけた。
「この戦いで生き残ったの、私とお前だけだぞ」
チェリト大尉は、がっくりと肩を落としていた。
「せっかく最高の組織を作ったのに、おれしか残らなかった」
ディランジー少佐は、ムルティスが潜入捜査していたことを伝えるべきか迷った。
だがムルティスの本音は、ガナーハ軍曹と一緒にBMPの密売を続けることだったはず。
しかし二人とも死んでしまったのだから、真実を墓の下まで持っていったほうがいい。
甘美な思い出は、甘美なままで。
ムルティスとガナーハ軍曹の友情は、あの世でも続いていることだろう。
さらにいえば、マスコミは良い感じに情報を盛っていた。
『第六中隊出身のムルティス上等兵は、勇敢にもテロリストと対決して、見事ブラックドラゴンを退けました。彼は愚か者ではなく、国を救った英雄だったんです!』
ムルティスの裏の顔は、一切表に出てこなかった。もちろん暗殺部隊の名前も出てこなかったし、BMPの密売組織の情報ですら出てこなかった。当然、潜入捜査のごたごたも出てこない。
マスコミの取材力不足が、思わぬ形で役に立ったのだ。
この論調で美談に仕立て上げて視聴率を稼ぐなら、元軍人たちの名誉も回復するだろう。
真実が必ずしも社会を正すわけではない。
ディランジー少佐は、情報工作をするために、大統領補佐官である別れた妻に電話した。
「口裏をあわせてくれないか。元軍人たちを助けるために」
別れた妻は、ため息をついた。
『わたしに嘘つきになれというの?』
「君たちには支持率アップというお土産を渡すから、こちらは元軍人の名誉回復という利益がほしい。それだけだ」
『そうね。お互い利益がある話だものね。いいことずくめよ。それなのにわたしたちは、お互いの利益を無視してケンカしてしまって……』
どう受け答えすればいいのか、一瞬迷った。
ディランジー少佐と元妻は、間違いなく結婚に向いていなかった。
だがそれは相性問題であって、もし違うタイプの人間と結婚したら、キャリアを維持したまま、幸せな結婚生活を営めるのかもしれない。
「君のようなステキな女性であれば、きっと新しい結婚相手が見つかるはずさ」
元妻は、間違いなく世界で一番ステキな女性であった。
だが、ディランジー少佐とは合わなかった。
『さようなら、世界で一番ステキなひと』
通話が終わったとき、ディランジー少佐は確信した。
きっと彼女の電話番号は変わるだろう。もう二度と夫婦だったころを思い出さないように。
情報工作が終わったので、今度はチェリト大尉に提案した。
「チェリト大尉。足を洗って、このまま警察官になるつもりはないか?」
ディランジー少佐は本気だった。チェリト大尉は弟子なのだ。彼の実力があれば、犯罪の取り締まりも楽になる。
だがチェリト大尉は、清々しい顔で空を見上げた。
「ムルティスも、ガナーハも、リゼも、あいつらが協力してくれたから、組織はこれだけ大きくなった。ならそれを維持するのが、オレなりの手向けだ」
「警察官になった私の前で、それをいうのか?」
「裏の仕事をやってわかったことがある。もしうちの組織が解散しても、別の組織が同じ地位につくだけだ。だったら仁義を理解してるオレが、裏社会の元締めをやってるほうが、警察としても都合がいいんじゃないのか?」
ただの事実だ。地元マフィアが滅んで、チェリト大尉の組織が裏社会を牛耳るようになってから、カタギの人間が被害を受ける件数が格段に減っていた。
娼館やナイトクラブのスタッフたちも、仁義を守るチェリト大尉の組織による管理を望んでいた。
だがチェリト大尉は決して善人ではない。
裏の商売で儲ける悪人だ。
それを認めるわけにはいかない。ディランジー少佐は秩序の味方なのだ。
「警察は手加減しないぞ、チェリト大尉」
「せいぜいがんばれよ、ディランジー少佐」
チェリト大尉は、マスコミのカメラを避けるように道を進むと、都市の暗闇に消えた。
彼は防空壕に残してきた、使用済み紙幣を回収するつもりだった。
本来なら暗殺部隊で山分けする予定だったのに、彼一人しか生き残らなかったので、実質の独り占めであった。
そんないわくつきの資金を元手にして、彼は今後も悪事で大金を稼ぐだろう。組織を大きくした仲間たちとの思い出を糧にして。
だが警察も組織犯罪と戦うことになる。
そうやって争いは続くのだ、まるで太陽の光と影がお互いの面積を競い合うように。
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