母に連れられ私は古いが清潔感のある診察室で医師と話している。

「いつから能面をつけるようになったのかな?」

のっぺりとした顔が問いかける。

黙っていると

「はずすことはできる?」

と言われた。

私は首を横に振り取ることをこばんだ。

母は悲しげなどうしたらいいのか分からないといった顔でやり取りを見守っている。

最近では能面なのに感情が分かるようになっていた。

角度によって悲しい顔、嬉しい顔と表情が変わるのだ。

医師は少しの間何か考えているようだったが

母にめんを向けて

「しばらく入院して様子を見ましょう」

と言った。



みんなどうして私ばかり問いつめるのだろう?

私が聞いても何も答えてくれなかった

くせに。

医者も母も他の患者さんだってみんな能面をつけてるじゃないの。

能面を取れというのならまず自分達から取るべきじゃないの?

周りの人達はれ物に触るみたいにもしくは

怯えたように接してきた。

その態度がイライラする。

母もご機嫌をとるかのように空々そらぞらしい対応だ。

ついに我慢ができなくなり爆発して

しまった。


「一体どういうつもりなの?!

全員で能面をかぶって理由も言わないで!

私を馬鹿にしてるの?!

私が意識を失っている間に何があったの!!」


怒鳴り声を聞きつけて担当医師が病室へ入ってきて問いただした。

「みんなが能面をつけるようになったのは、君が意識を取り戻したときだね?」


「そうですけど?」

私は苛立いらだちながら医者にむかって言った。


「全員が同じ顔?」


「当たり前じゃないですか!

そんなこと自分達が一番よく知ってるでしょ!」


医師はしばらく黙ったのちに私に

言った。

「……もしかしたらなんだけどね、

相貌失認そうぼうしつにんの可能性がある…」


「相貌失認?」

何それ、初めて聞いた言葉だ。


「脳機能に障害がでて人の顔を判別することができなくなる病気だよ。

事故にあったことは覚えてる?」


「覚えていません。

目が覚めてから母に聞きました」


「事故にあったことで発症したのかもしれない…」

医者は続ける。

「通常は人の顔が覚えられないという症状なんだが、君の場合はなぜかみんなの顔が能面に見えているみたいだね。

そんな症状は聞いたことがない」


「それは……私がおかしいってこと?

私にしか見えてないってことなの?」


「そうなるね。

げんに誰も能面なんてつけていないよ。

君以外はね」



あれから色々教えてもらったのだけど、

先天性の相貌失認そうぼうしつにんは治療が確立されておらず治ることは難しいらしいのだが、後天的なものは治ることもあるらしい。

私は治療をはじめたが、“能面に見える”というおかしな症状は今まで例がないため

治療は難航なんこうしていた。

あまりにもこっちの世界に長く居たせいで

最近では本当の世界がどっちなのか境界線があやふやになり区別することができなくなっていた。

もともと どっちにいたのだろう…?



私は能面をつけ、街を歩き学校へ行っている。

心配した両親が周りのみんなが怖がるからお面を取りなさいと言ってきたが、言っている意味が分からなかった。

だってみんな能面つけてるでしょ?

みんながそれぞれ般若はんにゃおきな童子どうじ若男わかおとこ老女ろうじょと顔があるように私の顔も小面こおもてなの。

これが私の顔なの。

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能面 梅田 乙矢 @otoya_umeda

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