03 ー 灯台のもとに大福を置いていく優しい友達

 「うーんやっぱり決められないなぁ」


 エルカとフミの研究室。二人の前には「命名 サクラ」と、「命名 イチゴ」と書かれた2枚の紙が並べられている。元々は150個の候補だったものが、今は二つまで絞られていた。

 脳をスマホに同期できる時代に紙に書かなくても、とフミは言ったのだが、エルカの「こういうの形から入るの大事だから!」と言う笑顔に折れる形となった。


 「ピンク色の子だからか、色にちなんだ候補が残っちゃったね」

「それでいいと思います」 

デスクの上には、桃色のぷにぷにした存在が揺らめている。ぽよんと飛び上がり、エルカとフミの机の上で暇そうに転がっている。それが、エルカとフミが苦心の末に開発した人工生命体である。

「でもすごいねフミ」

「何がですか」

「だってあたしが考えたスライムのスラちゃんよりすごくセンスがあるし、一つ一つしっかり命名の理由が考えられてるもん」

「……仕事として当然のことをしたまでです」

「ふふ。でももう、休日を使って無理しないでね? すごく……心配したから」

「……それは、すみません」

しゅんとするフミの肩を、エルカはぽんぽんと叩いた。そして困ったように笑う。

「でもフミがここまで考えてくれたのに、最後の二択で迷っちゃったね。あ、どっちでもいいっていうネガティブな事じゃなくて、どっちも素敵だから選べないってことなんだけど」


 その時、ぷるぷると電話が鳴った。

「クルミ先生からだ」

「いったん休憩しますか」


 フミが、コーヒーを淹れようと立ち上がったときだった。


 ぷしゅ、と自動ドアが開いた。


 「あーーっ、フミ居たァ!」


 そこに立っていたのは、グレンだった。炎のように真っ赤な髪を耳の下で切りそろえたスタイルはいつもと変わらないが、今日の目の色は透き通った紫だ。フミの記憶の中では以前彼女の瞳孔は真紅だったはずだが、飽きて色を変えたのだろう。


 フミは、突然のグレンの登場に目を見開いた。

「グレン、あなたどうしてここに」

「どーうーしーてーここにー!?」

グレンの髪が逆立ち燃える。燃えた勢いのまま、フミにつかつかと詰め寄る。

「はぁああー久しぶりに休みとれたしこっちに来る用事もあったから研究所寄るよって、ちゃぁああんとメッセージ入れたのにやっぱり読んで無かったな」

「入ってたっけそんなメッセージ」

「いーれーまーしーた! 昨日の午後22時19分20秒に送りました!」

ぐいぐい詰められる。フミはちらりと浮遊液晶を一瞥した。

「ああそうね、来てた」

「読んでも無い! やっぱりテキトーにスルーしてたな」

「どうせ新しい本の宣伝かと思って」

「あーっ、人をスパム扱いしたな!」

アクセル全開で騒ぐグレン。はぁ、とあからさまなため息をつくと、フミはとグレンの肩に両手を置いた。

「今ちょっと、エルカさんが来年の予算に関わる大事な電話してるから。外出て」

「えぇー? ピンク色の命ちゃん見たかったのに」

「後でいくらでも見せるから」

「でもさー」

「何」

「電話終わったみたいだよ」

グレンが指をさすと、丁度エルカが二人に近づいてくるところだった。

「あら、グレン。お久しぶり」

「どーも。あ、これお土産のシャイニング苺大福。食べてね」

「わぁありがとう、グレンのお土産いつも美味しいから楽しみ。……あ、そうそう読んだよ新作。まさか名探偵なのにあんな展開になるなんて。知り合いにもおすすめしちゃった」

「おぉ、ありがとうございます」

グレンは深々とお辞儀をすると、顔をあげるなり、ニヘッと笑った。

「よかったらサイン本渡しますからどんどん宣伝してくださいねっ」

「図々しすぎ」

フミが唸るように言うと、

「あたしは仕事してるだけー」

グレンはふんと鼻を鳴らした。そしてわざとらしくエルカに向かって小首をかしげた。ゴツゴツの銀の指輪をはめた指を、可愛らしく口元にあてる。

「なんかぁ、忙しいときにお邪魔しちゃったみたいでごめんなさぁい」

「あら、いいのよ。今丁度煮詰まってたところだから。ね、フミ」

「うっ……」

フミは、口をもにゃもにゃさせながらも、ひどく不服そうにコクリと頷いた。グレンはそんなフミの顔をひどく面白そうに見てから問う。

「煮詰まるって、研究が?」

「ううん、名前」

「……名前?」


 湯気の立つインスタントコーヒーが三つ置かれる。エルカは「折角のフミの友達だしカフェにでも行けば」と言いかけたが、グレンが「いいよ、フミの淹れてくれたコーヒー嬉しい」と遮った。フミは苦虫を30匹ほど飲み込んだような顔をしながらグレンの真向かいに座った。


 コーヒーを飲みながらグレンは頷いた。

「なるほど、名前かぁ」

「やっぱり命名って難しいねぇ。とはいえ、公的書類に使う認識番号で呼ぶのもちょっと味気ないし……ね、フミ」

フミは目を伏せ、静かにコーヒーを飲んだ。

「……私はどちらでも。名前はあってもなくても、研究に差し障りありませんから」

そんな言葉を聞いてふと、エルカとグレンの視線が合う。そのまま、言葉にも声にもしない、困ったような笑みを交わした。


 エルカはグレンに向かって、膝を正した。

「ね、グレンは何かアイディア無い?」

「ん、あたしですか?」

「だっていつも、思いもよらない素敵な発想をされてる作家さんだもの。何かきっといいアイディアを持ってるんじゃないかしら」

「エ、エルカさん、よりによってグレンを頼るなんて」

「うーん、っていうかさ」


 グレンはコーヒーに砂糖をざらざら流し入れながら何気なく言った。


 「そもそもこの研究計画って、二人のお気に入りの絵本から始まったんでしょ。そこにあやかったりとかしないの?」


「「えっ」」


 エルカとフミ。

 二人の視線が棚に向かう。


 エルカが静かに立ち上がり、棚から絵本を手に取って戻ってきた。ソファにぎしりと座り、膝の上の表紙を眺め、愛しそうに目を細める。


 表紙には、イトという女の子と、モモという宇宙の生命体が一緒にピアノを弾く絵が描かれている。


―—モモと博士と光の友達。


 「てかゴメン、その案はもう却下だった?」

「いや……」

フミは呆気にとられた顔で言った。

「原点過ぎて、忘れてた」

「灯台のもと暗すぎって奴ね」


 フミは小さく咳ばらいをしてから、エルカを見た。

「あの、エルカさん。……名前、モモで如何でしょう」

エルカは絵本から顔をあげ、優しく微笑んで頷いた。

「うん、いいね」


 エルカは、ピンク色の生命体に呼びかける。

「モモ」


 生命体はぽよんと飛び上がる。透き通った桃色の表面に、三人分のコーヒーカップと、絵本の表紙がゆらゆら映っていた。


 「かーわいい。ね、折角だからアタシの新作をこの子に学習させてみない?」

「却下」

「嘘だって。ね、シャイニング苺大福食べよ?」

「食べない」

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あたし達のぷるぷるちゃん 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo

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