Sista sidan 出会いに感謝しかない

 瑞樹のアパートは三月末で解約となり、両親の経済的負担は減っただろう。額にして五万八千円プラス管理費三千円だが、それでも弟が進学する上で楽になると。

 他にも光熱水費の負担も無くなったわけで。さらには生活費も要らないだろ、と言われて、諸々足して十二万円は節約できただろう。


「反応は?」

「凄く助かったって言ってます」


 前回電話した際、俺に対して良い印象を抱いていなかった、祖父祖母だったが。


「ちゃんと面倒見てくれるなら、煩いことは一切言わないそうです」


 さすがに学費まで負担とか言い出さなかったか。そこは親の務めだしな。

 瑞樹には給料を支払ってある。計算が面倒臭かったが。午後九時前に店に入ったり、朝から閉店までとか時間が定まってない。タイムカードなんて無いから、ある意味ザル計算になってしまい、約十万円ほどが瑞樹への給料に。

 結果、毎日の入店時間と退店時間を、ホワイトボードに記載してもらうことに。管理しきれん。


「来年、確定申告が必要だからね」

「やったこと無いです」

「教えるから」


 一応、給料明細は渡してある。ザルだけど。


「あの、慰謝料ですけど」

「要らない」

「でも」

「瑞樹が俺の元に来た。充分でしょ」


 それ以上、何を望むのかって話だ。彼女から慰謝料なんて受け取れない。店の売り上げだって徐々にだけど上り調子だし。以前より来店客数も増えて、忙しくなることも多くなったし。

 あとは新メニューを完成させて、店内改装をすれば、経営も安定する可能性は高い。

 瑞樹目当ての客も居るしなあ。


「そう言えば、瑞樹は気付いてる?」

「何にですか?」

「部屋で薄着してると、揺れてるんだよね」

「あ、そう言うことですか」


 わざと揺らしてるとか言ってるし。俺の目を楽しませたいからだそうだ。これが店や外なら絶対しないと。店内ではエプロンを纏えば、揺れを抑えられるとか。


「裸でもいいんですよ」

「いや、それだと」

「冗談です」

「冗談なの?」


 夏になったら部屋限定で、披露してもいいとか。

 代わりに「思いっきり楽しむんですよ」だそうだ。エロいなあ。


「あ、いらっしゃいませ」


 客が来た。以前なら午後三時以降五時まで、ほとんど客来なかったのに。今はちょろちょろ入ってくるんだよな。

 しかも瑞樹の友人知人含め学生たちが。

 口コミって言うか、友人から広がって「寛げるよ」と。巨大キャンパスで学生の数も多い。ほんの一部でも結構な人数になるし。

 瑞樹曰く、六千六百人の学生が居るとかで。


 瑞樹の春休みも残り二日。


「改装だけど」

「資金ですか」

「信金で借りようと思ったけど」

「貸してくれないんですか?」


 事業計画書や試算表に資金繰り表とか、財務諸表に納税証明など必要書類がやたら多い。杜撰な事業計画だと門前払いされる。試算もしっかりやる必要があり、理由や裏付けも示す必要があるわけで。

 そうなると面倒過ぎて借りる気力を失った。


「改装は無しですか?」

「いずれ、ってことになるかな」

「でしたらせめてメニューだけでも」

「そうだね」


 借金せずに改装する。そうすれば面倒な手続きも、借金を背負うことも無く済む。


「貯金してからだね」

「でしたらもっと学生を呼びます」

「いや、瑞樹がそこまでしなくても」

「やります。隆之さんと盛り上げるんです」


 相変わらず譲らん。

 頑固だけど、それだけ確固たる信念があるんだろうな。


 大学も四年生になると前期の場合、必修科目をしっかり履修していれば、週に二回から三回程度通えば済む。

 残りは通常、就活に使われるわけで。

 これが後期になるとさらに減って、週に一回程度にまで減る。場合によるが。

 結果、瑞樹が店に出て来れる日数も時間も、大幅に増えることになる。


「お客さんが増えても対処できますよ」

「まあそうだね」

「邪魔ですか?」

「いや。凄く助かるけど。問題無く卒業できるなら」


 ちなみに瑞樹の学科では卒業と同時に、食品衛生責任者の資格が付与されるとか。すぐに飲食店を始められるわけだ。ついでに食品衛生管理者の資格も得られる。

 俺なんか講習を六時間受講して、試験をわざわざ受けたんだよな。調理師の資格を得るより簡単だし。

 まあ、食品衛生責任者なんて、誰でも取得できる程度の資格だけどね。


「教員資格も?」

「履修しておけば理科の教員ですね」

「やらない?」

「教員になる気は無かったので」


 超絶ブラックの筆頭だからな。国が率先してブラック労働をさせてるし。よくやる気になる人が居るよなあ。あれほど割に合わない職業は、他に類を見ないだろ。

 保護者のわがまま言いたい放題と、ちょっとしたことでも大クレーム。軽く叩いても体罰として問題視。結果、生徒は言うことを聞かず、好き放題暴れ捲る。生徒に殴られても泣き寝入り。良いところがひとつもない。

 いじめがあれば責任を追及されて、ストレスも半端無いだろうなあ。


 店頭にある花とか野菜だが。毎朝、きっちり面倒見てる。


「苗は根付いたみたいです」

「分からんけど」

「暖かくなると花が咲きますよ」


 腰を屈めながら水やりをしてるが、慈しむように世話してるんだよな。


「野菜は?」

「芽が出てきたので、間引きをして肥料を施して、虫除けネットを張ります」


 俺を見て「肥料の上げ過ぎは厳禁です」だって。肥料やけを起こすそうだ。何事も過剰は良くないな。


「人も甘やかすと、ろくなことになりません」

「まあそうだね」

「植物も同じです」

「そうなんだ」


 少しストレスを与えた方が、味わい深い野菜になるそうだ。水耕栽培でかつ温室育ちの葉物野菜は、茎葉が柔らかく食べやすいが、栄養価は露地栽培に比べて劣るとかで。

 虫も付かず綺麗ではあっても、本来の味わいは無いそうだ。


 草花の手入れが終わると、店内に入り手を洗い開店を待つ。

 開店時間になると、いつものおっさん。


「瑞樹ちゃん。コーヒーふたつな」

「いらっしゃいませ。少々お待ちくださいね」

「いやあ、華があっていいなあ」

「駄目ですよ。俺の嫁なんですから」


 固いこと言うなとか言ってるし。

 瑞樹を見ると俺の言葉に嬉しそうだな。「嫁」ってのが効いてるようだ。


「結婚はまだか?」

「卒業してからですよ」

「別に在学中でも構わんだろ」

「それでもですよ」


 なし崩し的なものは無し。卒業後に婚姻届けを出し、その後、結婚式をする予定だ。それまでに婚約指輪とか結婚指輪とか、式場の手配とか。ああ、またやること、金掛かることが多い。

 先に婚約指輪だな。貯金の多くを吐き出した状態だから、半年は掛かりそうだ。

 でも、瑞樹にはきちんとしたものを渡したい。プロポーズは今さらだが。


「最近景気がいいみたいじゃないか」

「瑞樹のお陰ですけどね」

「感謝する程度じゃ足りないな」

「それは理解してますよ」


 感謝じゃない。これ以上ないくらいに愛して、そして幸せにするのが俺の責務だ。

 俺には勿体無いほどの女性だからな。ほんと、良く俺の元に来たよな。何が良くてかは今も分からん。


 三部屋あるマンションに引っ越したのに、いつもリビングで寄り添う俺と瑞樹だ。

 ベッドルーム以外は使うことも無い。


「隆之さん」


 だからさあ、そのランジェリー。すっけすけで悩殺してくるし。

 そうなると互いに萌えるわけで。

 数増やしたことで、日替わりなんだよな。

 でもな、瑞樹は若いから、それだけで充分過ぎるほどに魅力がある。上目遣いで求めて来られると、抗うこと適わないけど。

 充実した生活だなあ。


 数日後。


「新メニューですけど」

「とりあえず三種類は出せるかも」

「出しましょう。勢いも大切です」


 瑞樹に押し切られ新たに三種類のランチメニュー。

 出してみたら意外にも好評で、おっさん連中も太鼓判を押してくれた。瑞樹の友人たちにも好評だったから、当面、これと元のメニューで通す。

 他は今後も開発を続けることに。


「今月の売り上げですけど」

「先月比で百五十パーセント」

「凄いです」

「凄いって言うか、今までがな」


 店の経営も順調だ。

 環境激変だが、良い方向に転がったものだ。

 瑞樹との出会いに感謝だな。


      ―― Finis ――

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喫茶店のアラサーマスターをチャリで撥ねた女子大生は同棲生活を望んでる 鎔ゆう @Birman

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