エピローグ
それから2年後。
2人はとある国の片田舎に住んでいる。人があまり足を踏み入れない森の奥深くにあるそれは、家というには小さすぎたが、暮らすには充分な大きさの小屋だった。小屋には小さな窓がついている。
雪は降っていないが、まだ冷える。それでも今日は日差しが降り注ぎ、幾分は過ごしやすかった。
起き上がった娘は、きょとんとした顔で2人を見比べていた。ふんわりとしたブラウンの髪、くりくりとした丸い目は、亡くなった父親によく似ていた。
「もう、リュウさんが大きな音を立てるから、マリアが起きちゃったじゃない」
「悪い」
「お父さん、ママに怒られているの?」
目をこすりながら娘のマリアは言った。
「ああ、そうだ。ママは怖いからな」
リュウジはにやりと笑う。
「怒ってないわよ」
レイラは呆れたように溜息をつき、マリアの頭を撫でた。
「お父さんはとても素敵な人よ。怒るわけないでしょ」
「ふうん」
「ねぇ、ママ。えっと、パパは……なんだっけ」
「あなたのパパはとても優しくて勇敢だった」
パパとはショウのこと。リュウジが娘にはきちんとショウの話をしようと言い、娘にはパパとお父さんがいると話しているのだ。
「あの時、リュウさんは言ったよね『産まれてくる命に罪はない』って」
あれは2人で国外へ出る時だった。リュウジはレイラに『お前は妊娠している』と告げた。全く自覚がなかったレイラは驚き、戸惑った。
怪訝な顔をするレイラに、彼はポケットからラピスラズリを取り出して見せた。彼女がずっと持っていたはずのそれは、確認すると忽然と消えていた。なぜ彼が持っているのか分からなかったし、なぜそんなことを言い出すのかも彼女には分からなかった。戸惑うレイラにリュウジはこう告げた。
「俺は両親の顔を知らない。どんな人間なのか想像すらできない。恨んだことも、憎んだこともあった。だが、命を奪わなかったことだけは感謝している。お前が抱えているその命を奪うことは誰にもさせない。それが俺の使命だ」
ここまで来るのは、決して楽ではなかった。
ぼんやりと昔を思い出しているレイラを見て、リュウジは背後からそっと彼女を抱きしめて尋ねた。
「お前の復讐は叶ったのか」
「復讐……か。みんなの願いは、ただ穏やかに暮らすことだったと思うんだ。殺された仲間たちが、何のために自分が産まれてきたかを知ったとしても、みんなは復讐なんて考えないで、ただ静かに、穏やかに暮らしたいと願ったと思うよ」
静かに息を吐くようにレイラは答える。
「争いはなくならない。けれど、なくす努力はするべきだ。この子たちのためにも」
レイラは身体を反転させて顔を上げ微笑んだ。
「うん、そうだね。その言葉、ずっと前に聞いた気がする」
「この現実はレイラが望んだ形じゃないかもしれない。でもこれからは俺と生きろ。あいつの分まで。この子のためにも」
「ありがとう。リュウさんを巻き込んで本当にごめんなさい」
リュウジは『いや』と言って首を横に振った。
「あいつに言われたんだ。俺はこれからもっと強くなると。それが人間である俺の試練らしい」
「ショウがそんなことを……」
「人間の細胞の多くは入れ替わる。確かに、最初のお前たちは創られたものかもしれない。けれども、60兆ある細胞のほとんどは、お前が呼吸し生きてきた証だ。俺とお前は何の違いもない。万物は流転する。細胞の1つ1つも然りだ」
レイラは窓から空を見上げた。灰色の空から淡い日差しが漏れ、空の色は徐々に変わりつつあった。
了
空の色は変化し続ける、という不変。~群青と茜色の空~ 来夢創雫 @siva-lime
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