リュウジの試練②

「俺たちは共に生きる事が出来ただろうか」

 リュウジはショウの言葉を思い出した。俺はもっと強くなると。それが人間である俺の使命だと。かすかに足音が近づく。リュウジはいつの間にか自分の隣に立つ人物に目をやった。

「アン、やめろ」

 銃を握りしめたまま、リュウジの隣に立つアンは震える声を絞り出した。

「リュウジにレイラは殺させない。私はリュウジに、そんな十字架を背負わせたくない」

「俺はレイラを殺さない。だから銃を下ろせ」

「え?」

 アンは静かに銃を下ろし、リュウジを見つめた。リュウジはレイラに呼び掛ける。

「レイラ、お前の復讐はまだ終わっていないはずだ。どこまでも逃げるんじゃなかったのか」

 レイラはゆっくりと目を開けて、戸惑いの表情を向ける。

「そんな……今更、どうしろと言うの」

「復讐の方法は他にもある。俺は前にも言ったはずだ、少しだけ猶予をやると。猶予はもう終わりだ。俺と共に来い。これは命令だ」

 戸惑うレイラの手を掴んで、アンの方へ眼を向ける。

「アン、後は頼む」

 アンは呆れた顔で大きな溜息を一つ、ついた。

「あんた達はバカだよ。大馬鹿だよ。お似合いなバカップルだね。二人とも幸せにならないと、私が許さないから」

 一方のレイラは繋がれた手を見つめながら、困惑した表情を浮かべる。

「リュウさん、これからどうするつもり? あたしは全国に指名手配されている。もう逃げる場所なんてないよ。それに、ショウがいないのなら、生きていても仕方ない」

 手を振りほどこうとするが、リュウジの手は離れない。彼は鋭い目をしたままレイラと向き合い、言った。

「いいか、お前は何があっても生き抜くんだ。命を粗末にするな。これから国外へ逃げる。以前接触した人間と取引をした。瀬戸内海での薬物密造の被疑者だ。罪を見逃す代わりに、何かあれば国外に出してくれと頼んである」

 時間が戻った時、リュウジはある人物に会いに行った。島の場所を特定し、数か月かけて綿密に内偵捜査を行った相手だ。検挙までは目前だった。


「それって」

 レイラはまっすぐにリュウジを見つめた。

(リュウさんが一番嫌いな事だ。犯罪を見逃すなんて絶対にやらない彼がなぜそんなことをしたんだろう)


「詳しい話は後だ。残念だが、あいつとはここまでだ。最後に別れを告げて来い」

 リュウジはレイラの手を離し、少し先で横たわるショウに視線を送る。レイラはショウの傍まで歩み寄り身を屈めた。彼女は二度と言葉を紡がないショウの唇に己のそれを静かに重ねる。そっと唇を離すと、穏やかな彼の顔を見つめた。

「ショウ……ごめんね。あたしはこれから何があっても、絶対に生き延びるよ。それが、あたしの試練だと思うから」

「行くぞ、時間がない」

 リュウジの声で、レイラはゆっくりと立ち上がった。


 その時だった、ざくざくと雪の上を歩く音が聞こえた。3人の間に緊張が走る。

「もう気がつかれたか」リュウジがチッっと舌打ちする。

 こちらに向かってくる影は、男のようだ。迷彩服を着て、自動小銃のようなものを装備していた。上空を飛んでいるヘリコプターと同様に、応援に駆け付けた部隊の人間だろうと一同は思った。

「あの、僕は敵ではないですよ」

 ゆっくりと3人に近づいた男はそう言って微笑んだ。

「誰だ」銃を手にしたリュウジが問う。

「まぁ、覚えていないでしょうね。もう16年も前の事ですから」

「お前はあの時のガキ……」

「ええ、当時は8歳でした。やっと貴方に恩返しをすることができそうだ」

「リュウジ、誰、こいつ」

 アンが怪訝な顔で男を睨む。

「詳しい話をしている暇はありません。僕は自衛隊員です。他の隊員たちより一足先に来たんです。あなた達を助けるために。さてと、僕は何をすればいいですか」

「とりあえず、応援部隊の足止めを頼む。俺はこいつと行かなければならない」

「分かりました」

「リュウジ、こいつ信用できるの?」

「出来るかどうかは、お前次第だ」

「なんなのよ、それ」

 アンは口を尖らせたが、すぐに表情を緩めた。

「分かった。ここは私と怪しいこいつとで何とかする。2人とも、さっさと行きなよ」

「アン……今までありがとう……いろいろゴメンね」

 アンはどうってことないというふうに、右手をひらひらさせた。

「もう、そんな挨拶はいいから。ほら早く行く! ちゃんと幸せになるんだよ」


 アンに急かされて、2人は速足で山を下りた。麓に辿り着くと、リュウジは足を止め振り返る。レイラもそれに倣った。

 山から煙が上がっていた。木々が燃えている。雪の上や湿った木々に火をつけるのは大変だっただろう。以前、訓練で雪山に取り残された時、なんとかビバークしたことを思い出した。

「あとはあいつらが上手くやってくれるはずだ」

「ありがとう……」

 レイラは燃え盛る炎に向かって呟いた。


「ねぇ、あんた。リュウジとはどういう関係なのよ。あいつに一般人の友達がいるとは、到底思えないんだけど」

 リュウジとレイラが去った後、アンは自分の隣に立つ男を怪訝そうに見た。

「あの人は僕の前に現れたヒーローでした。幼い頃の僕は、悪魔に身も心も支配されていました。彼はある日突然、僕たちの世界を蹴破って土足で入って来ました。僕の目の前で悪魔を殴り倒し、逃げ場のない僕をあの場所から救い出してくれたんです。とは言っても、ここまで生きてきたのは僕の努力もあったからなんですけど。あ、そう言えばお礼を言い忘れていました。彼にはもう会えないんでしょうか」

「はぁ? さっきから言っている意味が分かんないんだけど。悪魔とかヒーローとか何? ゲームの話?」

「じゃあ、今度ゆっくりお話ししませんか、アンさん。僕を忘れたんですか? しばらくは一緒に暮らしていたのに」

「え? あんた……。あの施設にいたの?」

 アンは目を丸くして男を見つめた。

 

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