空の色は変化し続ける、という不変。
リュウジの試練➀
アラームの音で目が覚めた千田リュウジは、枕元にあったスマホに手を伸ばした。
アラームを止め、液晶に表示されている日時を確認して目を凝らす。
「ん?」
日付は2月3日。時間は午前6時。いや、今日は3月3日のはずだ。
あの二人が死んだのは、2月4日。
何故か時間が戻っていた。
「どうしても俺に試練を与えたいようだな」
エイジ班長から受け取った青い石を掌に載せて呟いた。
リュウジは石をポケットに入れて家を出た。もう一度、あの二人に会いに行くために。
しばらく撃ち合いが続いた後、男二人は銃を構えて向かい合っている。二人は微動だに動かない。膠着状態が続く中、先に口を開いたのはショウだった。
「さすがだよ、リュウジくん。ここまで僕を追い込むなんて。やっぱりきみには敵わないや」
ショウは拳銃を高く放り投げた。降参と言わんばかりに両手をあげる。一方のリュウジは鋭い目で銃を構えたまま言った。
「もう諦めるのか。その甘さがお前の弱点だ」
「その言葉、そっくりリュウジくんに返すよ」ショウはにやりと笑う。
「何?」
「きみはあの時、僕を殺さなかった。何故だい? きみの腕なら簡単にできたものを」
リュウジは何も答えない。ショウは諦めたような笑顔を浮かべ、続けた。
「どっちにしろ、このままじゃきっと、僕たちは逃げ切ることができないだろうね。ならば、レイラだけでも助けてくれないか?」
リュウジは顔を顰める。
「いいだろう」
思わぬ言葉にショウは目を見開いた。
「まさか、あっさりと承諾してくれるなんて、思わなかったよ。意外だな」
「俺にお前を殺させようとしても無駄だ。お前の考えは分かっている」
「何故、分かったんだい? ほんと、きみには驚かされるばかりだ」
「俺はお前達を殺しはしない。逃がしてやるから、生き抜け。何があっても寿命まで生き続けろ」
リュウジの言葉に、穏やかなショウの顔が曇った。彼は険しい顔をする。穏やかな彼からは想像できない、厳しい顔だった。
「僕に生き抜けだって? 甘いね。それがきみの甘さだよ」
ショウはジャケットの内側から銃を取りだし、自分の身体に銃口を押し付ける。彼の銃はさっき放り投げたはずだった。
「おい、何やってるんだ。止めろ」
咄嗟にショウに駆け寄るが、間に合わなかった。リュウジの制止も虚しく、ショウは銃で腹部を撃ち抜いた。雪の上に真っ赤な鮮血が滴り落ちている。
リュウジは怒りと憐れみが混ざったような顔で、倒れこんだショウを見下ろす。
「おまえ、正気か? 何故だ。俺はお前達を逃がそうとしているんだぞ」
倒れこんだショウは、ただ微笑んでいる。いつも見せる彼の顔だった。
「いいんだよ。これで」
「よく聞け。レイラのお腹にはお前の子供がいる。これ以上、あいつを苦しめるな」
「そうか……レイラはママになるのか……」
「そうだ。だからこんな傷、すぐに治してやる」
リュウジは手を差し伸べるが、ショウは首を横に振った。
「もう無理なんだ……もしも、レイラと逃げたとしても、僕はいつか人を殺すかもしれない。大切な人を守るため、きっと誰かを殺す。それは僕自身が許せない。甘いと言われても、これだけは譲れないんだ。だからお願いだ……レイラを頼む……彼女の子供も……きみにしか頼めない」
「そんな綺麗事が通用するか。大切な人を守るためなら、多少の犠牲は仕方ないだろう。お前はそれさえも分からないのか」
「僕はきみになりたかったよ……きみのような強い人間に」
「俺は強くない。お前は誤解している。強くないから、常に己を律し続けているだけだ」
「きみは強いよ。そして、もっと強くなるよ。それが、遺されたリュウジくんの試練だ。ぼくらとは違う普通の人間である、きみのね……だから、レイラを……頼むよ……僕の時間はこれで終わりだ……生まれることから……その先の人生まで……強制されてきたんだ……せめて死ぬときは……僕に……選ばせてくれ……」
ショウは静かに目を閉じる。その時、リュウジの背後から、何かを引きずるような頼りない足音が聞こえた。
「リュウさん……これはいったい……」
倒れているショウを見つめ、レイラの声は震えていた。
「これ……あたしの拳銃、いつのまに……。まさかショウは自分で?」
リュウジは黙って頷いた。
「何故? どうして? ショウはあたしと一緒に生きていくって約束したのに」
「あいつは言ったんだ。『絶対に人を殺したくない、生きていれば大切な人を守るため誰かを殺すかもしれない』と」
レイラはショウに近づき、彼の顔を覗き込んだ。穏やかな顔だった。どこか安堵しているようにも見える。
穏やかなショウの顔を見て、レイラは思った。
前に先生を撃ち殺した時、彼は聞いた。今まで何人も殺してきたのかと。あの時からショウの様子はおかしかった。最初は復讐を誓っていたのに、もう人を殺すなとも言った。もしかしたら、ずいぶん前からこうなることを決めていたのかもしれない。
「リュウさん、あたしも殺して。ショウがいないなら、一人で生きていても仕方ない。あたしたちは、赦されない存在だから」
レイラは立ち上がりショウから離れた。数10メートル歩いたところで、両手を広げて目を閉じる。
「みんな、あたしたちを処分しようとしているんでしょ。それならリュウさんに殺されたい。リュウさんに殺されるなら本望だよ」
「教えてくれ、レイラ。お前がもしも普通の人間だったら。もっと違う方法で出会っていたら」
低い声がレイラの鼓膜に響く。
「リュウさんと過ごした10年間、あたしは幸せだった。とっても大切な思い出。だから今は辛くも苦しくもない。リュウさん、ゴメンね。こんなことになって、残酷なことを頼んで本当にごめんなさい」
レイラの頬から一筋の涙が流れた。
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