第41話 彼らが背負う試練

 山にはうっすらと雪が残っている。春の訪れはもう少し先のようだ。


 まだ肌寒いこの季節、エイジに呼ばれたリュウジは、今は使われていないTNTの部屋へと向かった。


「リュウジ、ご苦労だった。いろいろと辛かっただろうが……」

「いえ。話はそれだけですか」

 リュウジは感情のない声で言った。エイジはフッと息を吐きだす。しばらく沈黙した後、言いにくそうに口を開いた。

「レイラは妊娠していたんだ」


「え?」

 エイジの言葉に、切れ長のリュウジの目が大きく見開いた。


「今まで会ったこともない上層部の人間に呼び出されてな、聞いたんだ。『始末してくれて助かった。あいつらは受精胚の段階でゲノム編集されていた。もしも子孫が増えていたら、遺伝子改変が継承され、大変なことになっていた』ってな」

 複雑な表情でエイジは続ける。

「自分たちが作り出しておいてよく言うよって話だろ。俺は動物を実験道具にするクローン技術には否定的だ。トウリの生い立ちも聞いた。あいつが、なぜ死んだのか……いや、今はそんな話はどうでもいい。今日呼んだのは、お前にこれを返しておこうと思って」

 エイジは青い石を差し出した。


「これはお前がレイラに渡したものだろう。レイラのポケットに入っていたようだ。ある人からお前に渡してくれと頼まれたんだ。どうやらこっそり持ち出したらしい」

 リュウジは何も答えず、ラピスラズリを受け取った。彼はそのままエイジに背を向け、黙って部屋を出て行った。



 冷たい雨が降っていた。リュウジは傘もささずレイラの墓の前に立ち、初めて彼女に出会った日を思い出していた。

 あの日も雨が降っていた。

 あの日、廃屋で彼女を見つけた時、自分の中で何かが騒いだ。彼女の澄んだ瞳を見た時、動揺した自分を今でも覚えている。あのあと、雨が上がり、空を見上げた彼女は頭上に広がる色を聞いた。

 群青の空。どこまで続く青。


 リュウジがきつく握りしめていた己の拳を開くと青い石が顔を出した。掌に載せられた石は容赦なく降り注ぐ雨粒を受けて、泣いているように見えた。


『きみはもっと強くなるよ』とショウは言った。

 それが、これからリュウジが背負う試練だ、とも。持ち主に試練を与える青い石をそっと握りしめ、ポケットに入れる。


 今日の雨は止みそうもない。灰色の厚い雲に覆われた世界はまるで、自分自身の心だった。

 空から大きな雨粒が落ちて来た。リュウジは黙って空を見上げる。冷たい雨粒が数を増して彼の顔の上を流れていく。


 リュウジが空を見上げたまま目を瞑ると、雨粒と共に目から涙が幾筋も流れた。


「俺は最低だ」


 空に向かって声を出す。レイラが妊娠していたのなら、どんな手を使っても2人を逃がすべきだった。あいつらの目標は、あと少しで叶うところだった。それなのに。


「最低だよ。オレは」


 自嘲の笑みを浮かべ、何度も自分を傷つける言葉を吐いてみた。虚しさだけがそこには残った。

       

                               


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