第40話 その先にあるのは楽園か地獄か

「どうやらヘリがこちらに向かっている。ゲームオーバーだな」


 振り向かなくても誰の声か、レイラにはわかった。彼の言う通り、ヘリコプターの爆音が近づいていた。

 レイラは振り返りリュウジの方を向いた。真っ直ぐに彼の目を見る。彼もまたレイラを見つめていた。


「リュウさんに殺されるなら、あたし、本望だよ」


 レイラは脳裏に彼の顔を焼き付けてから、両手を広げて目を閉じた。


 「お前がそれを望むのなら」

 リュウジはゆっくりと、銃口をレイラに向けた。


「リュウさんと過ごした10年間、あたしは幸せだった。とっても大切な思い出。だから今は辛くも苦しくもない」

 レイラは祈りを込めるように、ゆっくりと言った。


「それは、俺も同じだ。お前がもしも、普通の人間だったら」

 リュウジの低い声がレイラの鼓膜に響く。


「リュウさん、ゴメンね。こんなことさせて……ほんとうに、ごめんなさい。何度も、あたしを助けようとしてくれたのに……。今までありがとう」

 掠れた声には涙が混じり、深い艶を帯びて響いた。レイラの頬から一筋の涙が流れる。

「もっと違う形でお前と出会っていたら……俺たちは共に生きる事が出来ただろうか。俺はお前を……」


『バン!』


 彼が発した最後の言葉は、銃声にかき消された。心臓を撃ち抜かれたレイラは、静かに倒れこんだ。

 一瞬、何が起こったか分からなかった。リュウジは、いつの間にか自分の隣に立つ人物に目を瞠る。


「アン、お前……」

 銃を握りしめたまま、アンは震える声で言った。

「リュウジにレイラは殺させない。私はリュウジに、そんな十字架を背負わせたくない」

「エイジさんか」リュウジは呟く。アンは静かに頷いた。

「班長があちこちに聞いて、何があったのかやっと分かったみたい。レイラの正体も聞いたよ。班長から『リュウジはきっと全てを知っているだろう。もしもの事があれば、援護を頼む』って言われた」


 リュウジは何も言わず、倒れているレイラに近づく。彼女はすでに息絶えていた。まるで眠っているような顔だ。髪がはらりと落ちて、頬に影を作っている。リュウジは顔にかかっている髪の毛をよけて、掌で彼女の頬を包む。彼女の頬はまだ暖かくて、とても柔らかかった。彼はそっとレイラを抱き上げた。


「リュウジ、どこ行くの」不安そうな顔で、アンが聞いた。

「あいつの元に返してやる」そう言って歩を進めた。アンは黙って彼の背中を見つめた。


 リュウジは歩を進めながら、腕の中で眠るレイラを見下ろした。綺麗な顔だった。


「こんな形で、王子様の元に返すなんてな。すまない」


 小さな声で呟いて、ショウの遺体がある場所まで運んだ。彼の横に寄り添うように、レイラを静かに横たえた。冷たくなったショウの手を取り、まだ温かいレイラの手と離れないようにしっかりと握らせる。


「この地球上で、2人きりで暮らすなんて、不可能なんだよ」

 穏やかな顔だった。眠っているような2人を一瞥して、リュウジはその場を後にした。


 レイラとショウの遺体は、駆け付けた部隊によって回収され、様々な検体に回された後、火葬された。


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