【短編】伝説の勇者は遅すぎた

科威 架位

伝説の勇者は遅すぎた

 首都"カイデン"に伝わる魔王の因子の伝説。

 それを取得した者には、世界を敵に回せる強大な力が与えられると伝えられていた。


 歴史上、その因子に手を出した者は何人も存在し、その度に人類に多大な被害を与えていった。

 しかし、因子を受け継ぐ者が現れる度、抵抗するように、人類から救世主が現れた。



「名を勇者。それが、お二方のお子さんです」

「キールが、勇者……」

「受け入れがたい、が」



 赤子を抱えた夫婦にそう告げたのは、カイデンに拠点を置く教会の使者だった。

 使者が語った内容は、夫婦にとっては信じられない内容だったが、夫の方は、理性でその言葉を信じようとしていた。



「魔王の因子なんて初めて耳にしたが?」

「極秘ですから。私利私欲のために利用する者が現れないようにするためなのは当然ですが、万が一」

「因子を手中に収めた者に、勇者の情報を知られるわけにはいかないからか」

「そうです。そのため、以後、勇者という単語を口から出すことは控えてください」

「分かった」



 使者には冗談を言っている様子はない。夫は深く考え込み、キールの寝顔を少し見つめたあと、意を決して口を開いた。



「息子に、何をさせればいい?」

「それは後々伝えます。ただ一つ了承してほしいのは、息子さんが半成人になるまで剣の稽古をつけてあげてください。そして」

「そして?」

「半成人になった日、カイデンの教会を尋ねさせてほしいのです」

「九歳で息子を首都にいかせろって言うの!?」

「そうです。なるべく、息子さんだけで」

「冗談じゃない!」

「落ち着け。落ち着いて話を聞け」



 木造の家に響くほどの声を出した妻を、夫が静かに宥める。

 三者のあいだに気まずい空気が流れるが、使者に対し、夫が言葉を投げかける。



「そうなったら……息子には、もう会えないのか?」

「その可能性もあります。ですが」



 使者は泣きそうな声になりながら、ぽつぽつと言葉を零しはじめる。



「既に、世界の六十ヶ国の国々のうち、十ヶ国の首都を魔王の勢力によって落とされました。情けない話ですが、勇者というたった一人の子供に頼る他、道が残されていないのです。どうか、どうか……」

「────」



 夫婦の住む集落にも、強大な勢力が世界を蹂躙していっているとの情報は出回ってきていた。しかし、所詮は他人事である。危機が迫っている実感など覚えられるはずも無く、使者の必死の懇願に対しても、二人は漠然とした危機感しか覚えられていなかった。



「そんなこと言われたって……」

「九歳と言ったが、それまで各国は耐えられるのか?」

「それは、恐らく。どの国も最高の戦力を投入し、世界一丸となって魔王の脅威に抵抗しています。簡単にやられたりはしません」

「そうか……」



 使者も、夫婦には申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。自分がこう告げた事により、もう息子を普通に育てることが難しくなってしまったのだから。

 夫もその使者の心境を感じ取ったのか、優しい口調で口を開く。



「……分かりました。あなたを信用します」

「ありがとうございます……! 世界一丸となって、息子さんをサポートさせていただきます!」

「ち、ちょっと!」

「息子にも、勇者のことは伝えない方がいいですか?」

「お願いします。それについては九年後、私どもの方からお伝えします」



 夫は使者を信用し、笑顔で彼を集落の外へ送り出した。

 そうして家に戻って来た夫に対し、妻が厳しい口調で言葉を飛ばす。



「私は、反対ですからね」

「……そうか」



    ◇



「そういえば、父さんの自室は入ったことなかったな」



 日課になっている剣の稽古を終わらせた俺は、水浴びをして汗を流した後、水を口にして一息つく。



「キール! ご飯できてるよ!」

「はーい」



 母さんに呼ばれ、急いで服を着た俺は朝食が並べられているキッチンへ向かう。

 そこには朝にピッタリな吸収率の良い食事が並べられており、俺の体のこともしっかり考えてくれていることが伺える。



「また訓練をしてたの?」

「そうだよ。けど、もうそろそろ一人でできるには限界がきそう」



 俺は昔、父に剣の稽古をつけてもらっていた。かなり前の記憶なので朧気ではあるが、父の剣に追い付けるよう、これまで必死に訓練してきたつもりでいる。

 しかし、今になってもそれに追い付けた気はしない。やはり、一人でできる訓練には限界があるのだろう。



「もう……母さんは控えてほしいんだけどな」

「こんな集落でできることなんて限られてるんだから、これくらい許してよ。約束はちゃんと守ってるんだからさ」

「はいはい」



 しかし、母さんはあまりいい顔をしない。

 家事を手伝ってほしいのかと思ったらそれは間違いで、単に、俺に危険なことをさせたくないようだった。親心というやつである。



「成人式は明日?」

「そうよ。首都からの食糧の供給が少なくなってるからあまり豪華な食事は作れないけど、肉は沢山出るらしいから楽しみにしててね」

「よっしゃあ!」



 肉は大好きだ。

 筋肉を育てる栄養分になるし、なにより味と触感が良い。数年前から家畜の餌が減って肉を食う機会が減っているため、俺にとって肉を食える機会というのはとても重要だった。



「ごちそうさま!」

「はい。この後も訓練?」

「いや、今日は部屋で作業でもしてる」

「そう」



 椅子から立ち上がり、食器を片付けた俺は、自分の部屋へ向かうふりをして父の自室へ向かう。わざわざあんな嘘をつくのは、母さんと父の仲があまり良くなかったからである。理由は教えてくれなかった。



「ここか……」



 父の自室の扉は、長年人が触れていないせいかボロボロになっていた。手で少し力を入れて押すだけでも、倒れてしまいそうなほどである。



「そーっと、そーっと」



 音が響かないよう、細心の注意を払って扉を外し、すぐそばの壁に立てかける。

 上手くいったと安心した瞬間、立てかけた扉がガラガラと崩れ落ち、家じゅうに大きな音が響き渡った。



「やべぇ!」



 囁き声でそう叫ぶ俺。すると、キッチンの方から母さんの声が響いてくる。



「キール! 何、今の音!」

「どうするどうする!?」



 母さんは恐らく、キッチンで食器を洗っているだろう。だから、急いでこちらに走ってくる可能性は低い。そのため、俺は慌てて言い訳をした。



「ごめん! 椅子使って筋トレしてたら椅子が壊れた!」

「はあ? あんた、部屋で筋トレしてたの?」

「そ、そうそうそう!」

「まったく……気を付けてよ!」

「はーい!」



 会話が終わったと同時に耳を澄まし、母さんが向かって来ていないか足音を探す。

 足音もしなければ、誰かが向かってくる気配も無い。どうやら、ごまかせたようだ。



「よ、良かった~」



 心の底から安心した俺は、扉だった物の破片を残らずかき集めて袋に仕舞った後、意を決して父の自室に足を踏み入れる。

 父の部屋は物が少なかった。俺と同じで筋トレや剣が好きだったのだろう。部屋には埃をかぶったダンベルなどのトレーニング器具が散乱しており、棚には砥石などの小物が置いてある。



「まあ、十二年も掃除してないからな……」



 父が病気で死んでからというもの、俺も母さんも父の部屋を整理しようとはしなかった。理由は、父がそれを嫌がったからである。この他にも、父は俺が父のことを詮索することを酷く嫌がっていた。意味不明である。



「日記がどっかにあるはずだけど……」



 しかし、俺も明日からは十八歳、成人である。いつまでも亡き父を怖がっていては情けないことこの上ない。

 棚を漁り、机の引き出しを漁ると、劣化して紙が脆くなっている日記帳を見つけた。



「みっけ!」



 埃を払った床の上に腰を下ろし、紙が破れないように慎重に日記をめくっていく。

 日記の中には、父の印象に残ったことや、覚えておかなければならないことをメモするように書いていた。まともな教育は受けていたため、意外と字は綺麗である。



「母さんに告白したことまで書いてある……息子の身でこれ見るの辛いな」



 もちろん、若い頃に父が母さんに告白したことの詳細も綴ってあった。他人からすれば一種の小説として楽しめるのだろうが、息子としてはとても奇妙な感覚に襲われた。



「お腹痛めて生んだのは母さんなのに、父さんが一番泣いてたのか。想像できねぇー」



 他にも、俺が覚えている父の姿からは想像できないようなことばかりが日記から読み取れ、当時を思い出して少し悲し気な気持ちが溢れてくる。

 そんな時に、そのページが俺の目に留まった。



「魔王、と……勇者?」



 一瞬、父の小説が書いてあったのかと思ったそれは、どうやら実際にあったことらしかった。それも、俺のことを中心に描いてある。



「母さんからは何も聞いてないけどな……」



 しかし、母さんからは何も聞いていないし、国がいくつも落とされたという話も聞いていない。父の創作でなければ妄想かと思い、ページを捲って最後のページまで読んだ後、俺は日記帳を持ってその部屋を出ていった。



「あ、ダンベルだけ貰って行こ」



    ◇



 数日後。

 朝起きると、集落の真ん中で大人たちがざわついているのが分かった。日課を一時間で終わらせた俺は、真っ先に集落の真ん中へ向かい、何が起こったかを知りに行った。



「あ、いた」



 広場には、何かを話し合っている大人たちと、それを不安そうに見つめる子供たちの姿があった。



「あ、キール!」

「イル、何かあったの?」



 俺を見るなり小走りで駆け寄ってきたのは、幼馴染の女の子"イル"だった。

 ショートの茶髪をなびかせながら、不安そうな顔で駆け寄ってきたイルは、大人が話している理由を説明し始める。



「なんか、武装した人たちがこの集落に向かって来てるって」

「なにそれこっわ」



 想像の斜め上を行く現在の状況に、間抜けな声が漏れる。

 成人式を楽しみにしていた俺は、それが中止になるかもしれないと想像し、膝からガクッと崩れ落ちる。



「キール?」

「てことは……肉が、食えない!?」

「それどころじゃないけどね」



 俺は深く落ち込んでいると、誰かがこちらに走って向かってくるのを察知した。

 見ると、母さんが集落の入口の方から焦りの表情で向かって来ており、俺は何事かと酷く心配になった。



「か、母さん? どうしたの?」

「キール、逃げるよ!」

「えっ?」



 母さんは俺の手首を掴むと、入り口とは反対の方向にある裏山へと、俺のことを引っ張っていく。

 状況が理解できない俺は母さんに疑問を投げかけるが、彼女はそれに答えようとしない。



「っ、母さん! いい加減事情を話せよ!」

「ごめん、あとでゆっくり話すから、今は何も聞かないで?」

「そんなこと────」



 次の瞬間、集落から響いてくる爆音。



「……え?」



 立て続けに起こる意味不明な状況に、俺は頭がすっかり困惑していた。

 しかし、それでもなお俺の手を引っ張り続ける母さんに対し、俺は掴まれている手を振り払った。



「キール!」

「うるさい! し、集落は? あの爆発は?」

「だから、それは後で説明────」

「俺は!」



 はぐらかそうとしている母さんの言葉を遮り、俺は立ち止まって大声で詰め寄る。



「昔から俺は、妙に勘が良いんだ。知ってるだろ? その勘が、今は母さんを信用できないって言ってる」

「そんな……私は、キールの為に!」

「あれ、魔王の手下の仕業じゃないのか?」

「……な、んで」



 困惑していても、俺の頭は働いている。この短時間でたどり着いたその答えに対し、母さんは汗を滝のように流して、目をあちこちに泳がせていた。



「父さんの日記を読んだんだ。そこに、魔王と勇者のことが書いてあった。その様子だと、日記のことは母さんにすら言ってなかったみたいだね」

「そ、そんなの迷信よ? 大丈夫、今から逃げれば何とかなるから」

「じゃあ話を変えよう。父さんを殺したのって、母さんでしょ?」

「────っ!」



 ずっと不思議に思っていたことがある。

 父さんは部屋を見た通り、体や健康にとても気を使う人だった。そのため、十年くらい風邪をひいたことすら無かったらしい。



「そんな父さんが、医者でも見たことのない病気にかかった。当時の俺は感染症かなにかだと思っていた。でも、それなら俺や集落の人も病気になっていないとおかしい」



 そして、この結論に至った考えを、容赦なく母さんにぶつける。



「なんであの時、母さんは父さんの看病すらしなかったの?」

「そ、それは……忙しかったから」

「嘘つくな! 父さんのあの苦しみ方は、どう考えても病気のそれとは程遠かった! もちろん、毒に似たような症状を見せる病気だっていっぱいある。けど、父さんだけがそれにかかってるのは、どうしても納得できないんだよ!」



 母は黙った。

 躊躇なく母を疑う俺を、心の中の俺が強く非難する。しかし、そんな俺を突き動かす強い追い風が、母に対して疑念をぶつけさせていた。



「……おねがい」

「え?」

「おねがい! もう……もう戻れないの! だから、このまま母さんについてきて、新しい家で一緒に暮らそう? ね?」

「いっ!?」



 そう懇願する母の手が、俺の手首を骨が砕けるのではないかという力で掴む。先程の様に振り払えなくなったその手は、いつもの母の優しい手とは大きく異なっていた。



「ね? キール、おねがい。ね?」

「ちょっ、離せ!」



 全力を出しても振り払えないその手を、俺はなんとか引きはがそうとする。近くの石をぶつけ、枝を叩きつけ、木の幹に手を叩きつけたりもした。

 しかし、それでも振り払えないどころか、かすり傷一つすらつけることができない。



「クソッ……」

「キールぅー!」



 そんな時、服が焼け焦げ、火傷もしているイルが、母の頭を大きめの岩で強く殴打した。

 その拍子に母の手から力が抜け、その瞬間に俺は手を振り払った。



「イル、その怪我……」

「分かんない! 分かんないよもう! けど」



 イルは俺と手を繋ぎ、母から離れようと全力で走り始める。



「私は、どうせ死ぬなら、その瞬間までキールといたい!」

「イル……」



 イルの目には涙が浮かんでいる。

 きっと、集落では俺が想像する以上の悲劇が起こっているのだろう。しかし、今はそれを尋ねないことにした。



「イル、首都に行こう」

「なんで?」

「俺の思ってる通りなら、もう手遅れかもしれないけど……それでも、行かなきゃならないんだ」



 父の日記には首都と教会の文字があった。

 それが魔王や勇者とどんな関係があるかは分からない。しかし、行かなければ何も始まらず、何も終わらない気がするからだ。



「分かった。行こう」

「うん」



 母が追ってこないか周囲を警戒しながら、集落を大きく迂回し、俺は遠く離れた首都へと向かった。



    ◇



 十日経った。

 山も谷も、幾つ超えたかはよく覚えていない。幸い、山での暮らしの知識が少しあった俺は、最低限の食糧と水をなんとか確保しながら、なんとか首都への歩みを止めないでいた。


 当然、狩りや植物の伐採などに剣を酷使してしまったため、父の形見であるその剣は半ばから折れてしまっていた。



「イル、もう少しだ」



 八日目辺りから、イルはずっと気を失っている。

 怪我が酷かったため適当な薬草で応急処置をしたが、それでも完全に治療するにはとても足りない。しかし、水やすりつぶした食物を食べさせてはいるため、無事息をしている。



「やっと、森を抜けた……」



 イルを背負いながら森を抜けると、俺の視界には平地が広がっていた。

 なにやら焦げ臭い匂いに鼻を侵されながら、平地のど真ん中に存在している首都へと進み、そして足を踏み入れる。



「教会……教会……」



 大通りのど真ん中に散乱している木材を気を付けてまたぎながら、辺りをキョロキョロと見渡して、集落の教会に似た建物を探す。



「教会なら、ベッドもあるはず。そこで、イルを休ませてやらないと」



 イルのためにも必死になって教会を探す。

 すると、汚れてはいるものの、白い壁で構成されている大きな建物が目に入った。俺はそれを教会だと認め、心の中でちょっとした安心感を覚えながら、足取り速くその建物へ近付いていく。



「やっと、やっと……!」



 見ると、教会の前の段差に、一人の老人が腰を下ろしている。

 長く伸びた髪の毛からは色が抜け、体中の筋肉が衰えているその老人は、俺を見るなり、涙をこらえて口を開いた。



「おお……成長されましたな」

「あ、えっと、この子の治療をお願いできますか?」

「ああ……申し訳ございませぬ。薬草は探せばありますし、ベッドも中にありますので、ご自身でその子の治療をなさってください」



 やけに不親切だと思った。

 しかし、わがままを言っていても仕方ないと、俺は老人の言葉を了承し、イルを連れて老人の横を通り過ぎ、教会の中に入ろうとする。

 しかし、その前に、老人が再び口を開いた。



「これから……貴方様は辛い思いをなさるかもしれません」

「え?」

「私はあなたを責めるつもりはありません。今回の魔王は非常に狡猾だった。その知略に人間が敗北した、それだけのこと」

「魔王……って!」

「勇者様、あなたは……遅すぎたのです」



 魔王と勇者という単語に反応して振り返るが、既にそこには誰もいなかった。

 俺の視界に広がっていたのは、潰れた家屋と、焼け焦げた木材の破片の数々であった。

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