千年寓話と一夜

つくも せんぺい

第一夜 喋らないホセ

 光る星のゼラセと、光らない星パパシェが会話を始めて、長い長い年月が経っていました。


「もう話すことがないよ、ゼラセ」


 困ったようなパパシェの言葉に、ずいぶんとパパシェが賢くなったとゼラセはしみじみ思いました。


「あら、双子の男の子と女の子の話は、考えるのをやめたの?」

「あれはのぞいていただけ」

「じゃあ木がノコギリを切ろうとする話は?」

「それはもう話したよ、六百と…何個目だったかな。キュッキュとイヤな音がするから、木はノコギリにゴメンするんだ」

「ああ、ノコギリもその音でふにゃふにゃになってしまうんだったわね。ノコギリも木になるんだった?」

「ううん、葉っぱ」


 そうだった? と返しながら、ゼラセはパパシェと話しはじめたころを思い出していました。


「ねぇ、暑いってなに?」

「あなたが私に近づくことよ」

「ねぇ、寒いってなに?」

「あなたが私から離れることよ」


 そう、パパシェのナゼに一つ一つに答えていたのが、いつしかパパシェが物語を作って語るまでになりました。

 ちょうど、赤い星に住んでいた生き物が居なくなり、青い星に今度は生き物が生まれ営む今までの間でしょうか。パパシェは起きている時は休みなく、ゆうに千を越える話をゼラセに話しました。そんなパパシェが困ったようにゼラセを頼るのはとても久しぶりで、ゼラセは少し嬉しくなりました。


「そうね…」


 と、ゼラセは少し考えて、青い星に目を向けました。

 いままでパパシェが物語を作る材料にしている星。

 自分よりもずっと大きい体なのに、自分よりもずっと小さい、それこそくしゃみ一つでいなくなってしまいそうな生き物を住まわせている青い星が不思議で、パパシェはいつも青い星を眺めていました。

 いつか、理由を聞いたと飛んできたときには、


「勝手に住みついたんだ。くすぐったくてたまらん」


 と、青い星が身震いして、住人が慌てていたと目をキラキラさせてパパシェはゼラセに話したことがありました。

 ゼラセはその時から、パパシェがあんまり嬉しそうだったから、青い星をなるべく見ずに、パパシェの話を楽しみにするようにしました。


「では、今度は私がなにかお話ししましょうか」


 そういうわけで、ゼラセは久しぶりに青い星をじっと見つめました。


 ◇


 その日は、とても寒い日。そうね、パパシェ、あなたが私の光が届かないところに行ってみた時に感じた寒さくらい、とっても寒い日のことよ。


 いい? はじめるわ。


 ホセという一人の男がいたの。灰色の髪に、染みの浮いたレンガ色の肌、しわにまみれた手は彼のご主人のために尽した勲章、一枚だけまとったマントは、ご主人が彼のために与えた唯一の物だったの。

 ホセは、街で一番の嫌われ者に遣える変わり者として、街を歩けば石や怒鳴り声を投げられていた。

 でも、主人が大金持ちだったから、買い物を断られることはなかったわ。お釣りはごまかされていたけれど、何も彼は言わなかった。

 ホセは一言も話さない男だったわ。たとえ石を投げられても、怒鳴られても、寒さに勲章が割れても。主人からホセと呼ばれても微笑みもせずに、ゆっくりとうやうやしく頭を垂れるだけ。


 ある雪の夜、ホセは街を一人で歩いていた。雪で人気がない時は彼を傷つける物はない。だから、何をするわけでもなくて、街の噴水のふちに座っていたの。

 すると、一匹のコウモリがひざの上に落ちてきた。震えて、白い息を細く細く吐き、目を閉じて、コウモリは自分が落ちたってことも気づいていないくらい弱っていたわ。


 ホセは驚いたけれど、そっとコウモリをマントの中に入れて温めてあげた。コウモリを動かさないように、じっとホセもそこに座っていたわ。雪がひざに積もっても、首に溶けた水がつたっても、コウモリを包んでかばって。


 そして、夜が明けるとホセは冷たくなってしまったの。マントの中のコウモリもね。雪が溶けて人が出歩きはじめたけれど、ホセに触れようとする人は一人もいなかったわ。


 日が昇って、濡れたマントが乾いたころ、一人の町人が、たいまつを持ってホセの前に立った。ホセに火をつけるためにね。町人が火を放とうとした時、その腕をいきなり掴まれた。


 誰だ! と、町人は驚いて叫んだわ。


 見るとそれはホセの主人だった。

 主人はたいまつを奪って、冷たくなったホセを見下ろした。

 ホセの名前を呼んでみても、返事なんかあるはずない。かわりに座ったままだったホセの体は、どさりと横に倒れた。そこから、コウモリが落ちてきた…。


 主人はコウモリを拾い上げて見つめ、目を細めたわ。そして自分のキバを一本折って、動かないホセのマントにキバを飾って、火を放った。コウモリは主人の眷属けんぞくだったのよ。

 ホセが煙になっていくのを見つめている主人。遠目に眺めている人々は、ホセがなぜ話さないのか、なぜあの嫌われ者の主人につかえているのか、とうとう知ることはなかったわ。


 ……これでおしまいよ。


 ◇


「どう? わかった?」

「ぜんぜん」

 

 ゼラセに、パパシェは退屈そうに言いました。


「ゼラセは話しをするより、聞いてくれたほうがいいってことは、わかったよ」

「そう?」

「うん」

「そう…、でも私はホセが好きよ」


 ゆっくりとした口調で、ゼラセは話しました。


「見えない何かよりも、見えるものに頭を下げるホセが。私はね」


 パパシェはうーんと、うなりました。


「やっぱりゼラセは聞いてくれた方がいいな。まだムズカシイのかもしれないよ」


 パパシェはあくびを一つしました。

 こうしてまた、ゼラセとパパシェの一夜が過ぎていきます。

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千年寓話と一夜 つくも せんぺい @tukumo-senpei

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