魔女と『交通』前売り券

渡貫とゐち

魔女の詠唱

「――そこの君、待ちなさい!!」


 ホウキに跨った少女が振り返る。

 とんがり帽子を被った魔女だ。


 引き止められたことで速度を緩める。

 だが、相手が誰なのかを確認した後、落とした速度を元に戻して直進した。


「なっ!? このッ、速度違反だぞ!!」


 軍服を纏った男性が、箒に乗って追いかける。

 ……箒に乗って空を飛ぶのは、なにも魔女だけの特権ではない。


『生きた箒』に魔力を与えることで、長時間、長距離の飛行が可能になった。

 それが一般化したからこそ、人同士の衝突事故も多くなっている。


 慣れた魔女なら、空中での回避もできるだろうが、魔女でない一般人はそうではない。


 怪我人が多く出た。

 だからこそ、魔女も含め、みな、ルールを守る必要がある。


 魔女に並走する軍服の男。定めた速度以上に出ている……、男ですら恐怖を感じる速度を、彼女は悠々と出して飛んでいた。


「とま、ッ――おい、止まりなさいと言っているだろう!?」

「どうして?」

「危険走行だからだ! 誰かと衝突したら、相手を殺してしまうだろう!?」


「周りに誰もいないけど」


「急に飛び出してくるバカがいるかもしれないだろう。バカでもさすがに『死ね』とは思わない……、クズから王まで守るのが我々の仕事だ。そのためのルールなんだ……!

 ルールを守れない奴は容赦なく裁く――」


「たとえそれが王様でも?」

「ああ、そうだ」


 魔女は笑った。

 男を小ばかにしたように、だ。


「ほんとにー?」

「なにが言いたい……」


「ん、別に。とにかく、わたしは止まらないよ。

 罰則? 罰金? どっちも、既に支払ってるから」


「は?」


「だから、あなたとは別の国軍の人に支払ってるの。確認してもらっても構わないけど。……今日の日付、場所、時間帯、指定速度以上の速度を出して飛行すること……、あまりオーバーし過ぎるのはさすがにダメだけどね。金額が変わってきちゃうし。

 事前に罰金も払ってるし、念のため、牢獄にも入ってるの。罪を犯してない上で罰則だけ得ているんだから、わたしの中に残っているのは、あとは『罪を犯す行為』でしょ?」


「……だから、ここは見逃せと?」


「見逃せ、というか……、あなたが今しようとしていることを、わたしは既に受けているの。順番が逆になっただけよ? こういうのを『切符を切る』って言うんだっけ?

 今日より前に、先に切符を切られてるから……前売りチケット? みたいなものかしら」


「罪に対する罰だろう!? 先に罰を受けて……それが罰になるか!?

 反省に繋がるのか!? どうして『上』はそれを許可しているんだッッ!?!?」


「だって、そういう制度システムなんだから仕方ないじゃん。

 罰金が抑止力になる人間は限られてくるでしょ。お金に余裕がある人は? 箒に乗る権利が剥奪されてもなんとも思わない人なら? 罰則に重みがないもの。

 罪に対して罰ではなく、

 人に対して罰を与えた方が、よほど抑止力になるんじゃないかしら?」


 たとえば。

 性に執着する人間に与える罰が『禁欲』であったり。


 コレクターのアイテムを押収したり。その人にとって最も大事なものを奪ってしまう、もしくは一時的に預かることを『罰』とすれば、再犯なんてなくなるかもしれない。


 反省もするだろう……きっと。


 少なくとも、自分の中で不要だと思っていることを罰にされる人にとっては、最も効果的なものだと言える。


「まあ、だけど罰金、牢獄に入れることを罰としているってことは、長い歴史の上で『お金』と『時間』が多くの人にとって大事で、刺さるってことなのかもね。

 わたしみたいなのが特別なのかも……」


「そうだ……特別な人間か、頭がいかれている奴以外は、誰もが金を『奪われる』ことが抑止力になる。金がない奴ばかりだからな……」


「生活が苦しいから、罰則なんかで一銭も取られたくないなら――そりゃ抑止力になるわね」


「ああ、そうだ。多数派に刺さる罰がスタンダードになるのは当たり前だろう」


「みーんな、お金がなくて生活に困ってる。……なんだ、国は、軍は、。なのに改善しないのはどうして? 罰の抑止力を、失いたくないから?」


「………………」


「大丈夫だと思うけど。みんながお金や、牢獄に入れられる時間に執着しなくなったら、その犯罪者にとって最も大事なものを罰として奪えばいい。

 罰金に代わる抑止力になると思うわよ?

 それが抑止力にならないとしたら……なにも持たない人だけだと思う」


 全てを失い、なにも望まない人間は最強だ。


 死ぬつもりで犯す罪。それは誰にも止められない。


 自暴自棄になった犯罪者を止める術は、今のところなかった。


 自暴自棄になる前に見抜き、対処するしかないだろう。


「よーく考えてみれば? じゃ、わたしはいくから」

「ちょっ、違反、」


「だからぁ、もう支払ってるの。それともここで次回の罰金分を払いましょうか? 指定速度を越えて罰金なら、罰金を払えば指定速度を越えてもいいんでしょ?

 良くはないと思うけど、罰金制度にしている時点で、そういうこともできるじゃない」


「いや、順番が逆だと、反省しないだろう……!」


「反省なんてしないでしょ。だって罰金を払ってるんだから。お咎めなしで注意だけなら反省するけど、罰金を払う罰を受けているんだから……それが反省になってるわけ。

 わたしが金欠になったら、違反はしないと思うわよ……だって奪われるのは嫌だから」


 男の箒が「ぷふぅ」と息を吹いた。


 食べさせた魔力がそろそろ尽きるらしい。


「魔女はお金に困ってないし、だからこそ『前売り券』を――罰金を払うことで買う人は多いの。同僚、先輩に聞いてみれば? あなた以外は既に関わっていると思うわよ?」


 そう言い残し、魔女が去っていく。

 あっという間に、その姿が見えなくなった。


 ……その背中を見届け、軍服の男が、ゆっくりと地面に降り立った。





 魔女との一件を、先輩や同僚に聞いてみた。

 しかし、


「は? そんな魔女なんているわけないだろ。

 事前に切符を切って、次の機会の罰を見過ごす? 罰金は違反当時の環境も加味されるし……、どれだけ事前シミュレーションをしたとしても、実際の(見過ごす)違反行為の時と合うとも限らない。

 ……お前、やられたな。その魔女、違反を誤魔化すために喋っただけだろうぜ」



「あいつ……ッ、全部が口八丁か……ッッ!!」


「だが、罰金が抑止力にはならないってのは、見過ごせない意見だな」




 ―― 完 ――

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魔女と『交通』前売り券 渡貫とゐち @josho

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