こころがゆれます じんせいじょうけんぜんです

湧音砂音

伝えたい気持ちが字余りなんです


僕は久しぶりに自転車の後ろキャリーに誰も乗せないで走る事にした


走って見ると、本当に走りやすかったもので

誰かを気にしないで走るってこんなに楽なんだなと思いながらも寂しさも感じた


夕日が見れるまでまだ一時間ぐらいはありそうだった。僕は前カゴに入れてきたノートを

ぱらぱらと捲ってみる


どれもこれも下手な歌だった。歌と言うのは

歌唱の意味での歌では無い、31音の歌

いわゆる短歌と呼ばれる物だ


その下手な歌を一つ上げると、こんな歌がある

"今日は晴れ 君と手を繋げる事が出来たから

今日は晴れてよかったと思う"


我ながらなんと馬鹿な歌だろうか。昔から短歌は好きだが、作るのはどこまでも下手だった。それは僕が言葉を知らないだけでは無い

言葉が僕を好きになってくれ無いのだ


字余り 字余り 君に伝えたい事が31文字に

収まらず 明日も字余り


それからしばらく別れた恋人の事を思い出していた。別れを告げられた理由は「大人っぽい恋がしてみたくなった」それだけだ。

今になっても子供っぽい恋とは何なのか分からない。

そう言えば「ありがとう」と「ごめん」だけは何回も何回も恋人に言った覚えがある。本で読んだのだ「これだけは素直に言えるようになりなさい」と。しかし、僕は気づいていなかった。これだけが素直に言えたところで愛というのは変わっちゃくれない事を


繰り返し 君に告げた 「ごめん」「ありがとう」を言う相手 母親にでもするか


別れた原因の一つだと考えるに彼女を抱けなかった事がある。僕は最後まで彼女を抱けなかった。彼女は何回も求めていた、服装だって谷間が見える様な服も丈が短すぎるスカートだって履いていた事もある。だが、それを

僕が跳ね返した理由は勇気が出なかったからでは無い、彼女は僕と戦うための鎧を纏っている姿が完成し過ぎていたのだ


青春に「抱け」と言われ

「出来ぬ」と返事し今に至る


だが、そんな僕でも行為に"及ぼう"とした事はある。深夜ここで川面を二人で眺めていた時だ。手を繋く事まで珍しく成功した僕は気持ちが昂り、彼女の左乳房にそっと手を触れた。だが、彼女は強く「やめて」と言った。

その顔が軽蔑以外の何者でも無かったと知ったのはそれから数日後である。僕はそれ以来手を繋ぐ事はあっても彼女の肩にすら触れていない。今になって思う、あの時が夕日ならば綺麗な世界が全て浄化されてしまう様な夕日なら僕は彼女を抱いていたのだろうか


僕よりも いつまでも綺麗でいろ夕日

お前だけが思い出だから


自転車を停め、土手の斜面で寝転がっているとある歌を思い出した。カーペンターズの

Yesterday oncemore だ。あれはいい曲だ、

何度も聴いたし、何度も歌ったし、彼女も

好きだった。だから彼女は Yesterday oncemoreの発音を僕に何度か教えてくれたのだろうか。懐かしいばかりだ、あの彼女が

教えてくれた優しい発音が


yesterday oncemore の発音は優しく

手遅れで ぐっと唇を噛む


停めた自転車を何人もの人が通り過ぎって行った。中にはカップルらしき男女もいたし、手を繋ぐ親子もいた。そう言えば彼女が僕じゃ無い男に抱かれた事を知ったのは土手の道だった。

あの日、お互いに土手の道を歩いていた僕らはすれ違って数歩歩いた所で足を止めた。そして彼女は僕に告げた

「昨日、初めてあなたじゃない男とSEXしたの。もう……戻れなくなってしまった」と。声の震え方から泣いているのに僕は気づいた、だけどどう

返したらいいか分からなくて出た言葉は「ごめん」だった。先にその場から離れたのも

僕の方だった。彼女はしばらく立っていたらしいが、あの声からしてかなり泣いていただろう。そんな僕だって泣かないと決めていた筈だったのにたった数歩だけでもう涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。

あれからずっと彼女とは会っていないし、彼女の純潔を最後に見届けた者も知らない。ただ僕は彼女を抱く者は強く優しい者であれと願ってばかりいる


せめて君が選んだ者よ 強く優しくあれ

信じるばかりぞ 我は


それでしばらく待っている内に夕日の時間になってしまった様で、僕はのそりと起き上がって地平線の方を見ると、真ん丸なオレンジ

お天道様がそこにあった。それを見ていると

恋人が前に作った歌を思い出した


お団子が夕日になったみたい

バイバイを教えればもういない


そうだ、この歌の時あの子は「夕日ってとても美味しそう。串を刺して食べてしまおうかしら」なんて言ったんだ。僕はそれに「そうだね」と返事をしたけど本当はどう返して欲しかったのだろう。下手な歌でもあげれば良かったのかもしれない


下手な歌を誰にも知られぬ事だけは

寂しんぼのいいこと


しばらく夕日を眺めていたら、何だか自分の

これまでがとてつも無い罪深き日々だったと

思ってしまい、ノートの一ページを丸めて川へ投げてやろうとした


だけれどもそんな時に限って夕日とは「ダメ!」と言ってくるもので、結局丁寧に畳んでノートへ挟み込んでおく事にした


子供でいたかったと思う時あり

夕焼けに「大好き」と叫べぬ虚しさ


おわり










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