第26話 エピローグ



 ジーナは私の髪を結い上げて、お母様の金細工の髪留めをつけている。


 エドアルド様は大旦那様から家督を継いでベスフィーオ領主となり、私と結婚することになった。


 その結婚式の日、私の傍らにはかつてのようにジーナがいた。


 バローネ領は王家に返上する。

 エドアルド様によると、毎年のように王都の大商人にほぼ全部の薬草を押さえられていたので、バローネ家にはほとんど儲けがない状態だったそうだ。その上災害対策にお金がかかるのであれば、手放した方がいいということだった。


「俺はあの王家に、詫びの一つくらいは要求してもいいんじゃないかと思う」


 面倒な土地を押し付けられていたんだから――とエドアルド様が言ってくださるのは、私に対する思いやりなのだと受け取っている。


 ジーナとモリスは領地の返上が決まった後、このベスフィーオに来てくれた。王都の実家は引き払われて、働いていた人たちは誰一人残っていないという。


「ジーナ、ありがとう。……お母様の髪留めも」


 家を出る時に言えなかった感謝を伝えると、ジーナは「そんな」と首を横に振る。


「あの二人がおかしいんだって、わたしたちはずっと思っていました。皆さん、お嬢様に会いたがっていましたけど……でも王都から離れられなかったみたいです。わたしには、もう親はいませんから」


 ジーナは私の着ている服を細かく整えて、何かを確認するようにうなずいた。ずっとハンカチで涙を拭いていたモリスもうなずいている。


「お嬢様、本当に良かった……。お嬢様がどんな目にあわされているのかと、私は気が気ではなかったのです。旦那様がおられたら、どんなに喜ばれたでしょう……」


 それを聞いた私はたぶん、変な顔をしたのだろう。モリスは慌てたように早口になった。


「旦那様は、少し子供っぽいところのある方でした。お嬢様があまりにも奥様に似ておられるので、お姿を見るのがつらかったのではないかと……」

「いいのよ、モリス」


 私は小さく頭を横に振る。


「愛されたいと思うのは、もうやめるの」



 #########



 長い廊下の先にエドアルド様が立っている。

 白い詰襟の礼服が眩しいほどに凛々しくて、こんな素敵な人と一緒にいていいのかと思ってしまう。


「グラーツィア!」


 こぼれるような笑顔と共に差し出された手を、私は思わず両手でつかもうとして、慌てて片手だけをその手の上に乗せた。


「エドアルド様」

「あ……それ」


 エドアルド様の眉が少し下がる。


「様はいらないって」


 そうだった。夫婦になるのだから、敬称を付けたらおかしいと言われていたのだ。


「エドアルドさ……」


 言い直そうとしたけれど、うまくいかなかった。私がこらえきれずに吹き出すと、エドアルド様は目を見開いていた。


「そういう笑い方もするんだな」


 私、どういう笑い方をしたのかしら……。


「笑うと、百倍くらいすごいぞ」


 エドアルド様の言葉はよくわからなかった。私が首を傾げていると、その間にエドアルド様は私の手を引いて廊下をどんどん歩いていく。


 廊下の先にはバルコニーがあって、すぐ上には目の覚めるような青空が広がっていた。

 いつだったか、こんな空の色を見たことが……。

 私はふと隣のエドアルド様を見上げた。その青い瞳に視線が吸い寄せられる。


 ――ああ、この色だ。


 この澄んだ空の色を、きっと私は一生愛し続けるのだろう。


 ふわりと微笑ほほえんだエドアルド様に抱き寄せられて、私はそっと目を閉じた。











終わり








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睡眠不足の次期領主様は嫁が欲しい アゼリア本舗 @cristina11

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