第96話 北へ向かって逃げ出そう(第三部 最終話)


 二十階にもなると、ゴブリンたちの疲れが顕著になってきた。

 最初は興奮でハアハアしていたくせに、今は息切れでハアハアしているぞ。

 僕らはセティアの回復薬を定期的に摂取しているので、今のところは何ともない。


「ほらほら、どうした? もうへばったのか? こいつが欲しいんじゃなかったのかい?」


 エリエッタ将軍はあえいでいるゴブリンに向けてお尻を振った。

 うん、大きくて張りのあるお尻だ。

 挑発するためにあるような尻かもしれない。


「おい、お前たちもゴブリンを元気づけてやれ。ほれ、フラウガ殿も!」

「わ、私ですか?」

「これも作戦だぞ」

「はあ……」


 うわ、生真面目なフラウガさんまでもがお尻を振っているぞ!

 階段の上から見ているから胸の谷間もすごいことになっているなあ。

 しかも相変わらずのTバック……。

 ギャップがギャップだけにちょっとくるものがあるよ。


「ヒャッハー! あの女もいただくぞ! 下着は脱がさず横からつっこんでやる!」


 あ、Tバックが誰かの趣味に突き刺さったな。

 元気を取り戻したゴブリンたちが再び階段に迫ってきたぞ。

 よしよし、これでいい。


「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ! 追え、追え! もうすぐ最上階だ! 逃げ場はどこにもないからなっ!」


 逃げ場がない?

 そんなことは僕だってわかっている。

 最初からそのつもりで逃げているのだ。

 僕は窓からちらりと外を見た。

 ゴブリンは後から後から押し寄せ、すでに一万の軍勢はほぼすべてビルの中に入ったようだ。

 これで作戦の九割は成功だ。

 後は僕の新しいスキルが上手くいくかどうかである。


 屋上に飛び出た僕は息を整えた。

 五十階までの階段を上り切るのはさすがに疲れたよ。

 昔、エレベーターを使わずに東京タワーの階段をぜんぶ上ったことがあるけど、あれと同じくらい疲れた。

 それはゴブリンたちも同じだろう。

 マンデルーカの催淫剤と目の前でちらつく肢体がなかったら、きっと途中で正気に返っていたに違いない。

 だけど作戦はうまくいき、奴らは残らずビルに入った。

 後はこのボタンを押すだけだ。

 僕はカランさんたちに指示をだす。


「なるべく外側にていてください。揺れるから気を付けて」


 五〇階のフロアにアグニダの姿がちらりと見えた。

 これ以上時間をかけるのは危険だな。

 そう判断して、各階のフロアに仕掛けられた爆薬の起動スイッチを押した。


「ぎゃっぎゃっ……はぁ……。ようやく追い詰めたぞ……、まずはぜんいん裸にひん剥いて……」


 アグニダの言葉は続かなかった。

 複数の場所で爆発が起こり、ゴブリンたちを巻き込みながらビルの床が崩落していく。

 これぞ、僕が新しく会得したスキル『発破はっぱ』である。

 瓦礫の重量は何トンになるかもわからない。

 ほら、構造計算とかいいかげんだったしね。

 でも、奴らが圧死するには十分すぎる量だろう。


 濛々もうもうと立ち昇る塵芥を強い砂漠の風が吹きはらった。

 ビルは外枠だけとなり、中身ががらんどうの箱となっている。

 階段のあった場所から下の方を覗き見た。

 まだまだ視界は悪かったけど、大量の瓦礫と潰された一万のゴブリンが重なっているのが見えた。

 生き残りはいないだろう……。


「……終わった」


 つぶやく僕に、カランさんが声をかけてきた。


「お疲れ様です。さすがは伯爵……」

「いや~、それほどでも……って、カランさん……なんで服を脱いでいるんですか⁉」


 カランさんは当たり前のようにブラを外して、パンティーのわきに指をかけている。


「なんで? 伯爵に愛していただくためですが?」


 無表情にとんでもないことを言われた⁉

 いや、カランさんだけじゃない!

 アイネやセティアやエルニアさん、エリエッタ将軍やフラウガさん、他の兵士までもが全裸になってく。

 これはまさか!


「みんな、落ち着いて! これはマンデルーカの催淫剤の作用なんだ!」

「そんなのどうでもいいですよぉ♡」

「アイネ!」

「絶対に逃がしません。ヤンデールの誇りにかけて……」

「エルニアさん!」

「このときをどれほど待ち望んでいたか。タケル、もう離れんぞ」

「エリエッタ将軍!」


 だめだ、みんな正気を失っている。


「セティア、早くみんなに中和剤を!」

「中和剤ってこれのことですかぁ?」


 素っ裸のセティアが茶色の小瓶をビルの下へ放り投げた⁉


「あはは、落としちゃいました!」


 キャラが変わっている!

 こうなったらもう逃げるしかないな。


「ヴィオ、逃げるぞ」


 僕はすぐ横にいたヴィオに声をかけた。

 ヴィオだって男の子だから襲われかねない。

 ところがヴィオまでもが体をもじもじさせながらシャツを脱ぎ始めるではないか。


「おい、ヴィオ! ……あれ?」


 僕の目の前に小さなふくらみと奇麗なピンク色をしたポッチがある。

 控えめではあるが、これはどう見ても女の子の体だ……。


「兄貴、ごめん。俺、奴隷娼婦になるのが嫌で男のふりをしていたんだ。なんだから言い出しづらくて……」

「そ、そうだったんだ……」

「でももう、我慢できない。兄貴、好きだ!」


 こんな状況で告白されても困るよ!

 そりゃあ僕だって男の子だ。

 いつまでも童貞のままでいたいとは思わない。

 だけど、こんな形で大人の階段は上りたくないのだ。

 四十六人を相手に卒業?

 大人の階段ならぬ高速エレベーターだよ!

 下手をすれば心が死んでしまうかもしれない。

 四十六人に迫られる恐怖が僕にかかった催淫効果を打ち消してしまったぞ。

 僕は避難はしごに飛びつき、猛スピードで降り始めた。

 地上に降りたらダンプカーを召喚して、そのままローザリアまで逃げちゃおうかな。


「キノちゃん、勃起してる?」


 風の唸りが三郷さんの声に聞こえた。


「ああ、してるよっ!」


 でもそれは、性欲ではなく赤マムリン・プレミアムのせいだ。

 僕の叫びは砂漠の空に拡散していく。

 状況のあまりのばかばかしさに、僕は笑いながらはしごを降りていた。


(第三部 完)

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きのした魔法工務店 異世界工法で最強の家づくり 同級生が次々と英雄になる中で僕のジョブだけ工務店でした  長野文三郎 @bunzaburou

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