第95話 決戦


 僕とエルニアさんとヴィオは連れ立って、城壁の外へとやってきた。


「兄貴、こんなところで何を作る気だ? ひょっとして決戦兵器か何かか?」

「工務店に武器は作れないよ」


『重工業』なんていうジョブがあればなんとかなったかもしれないけどさ。


「では何をお作りになるのですか?」


 エルニアさんは少しワクワクしながら訊いてくる。


「ビルですよ」

「ビルというとサイリョウクラブのクラブハウスのような?」

「あそこまで凝ってはいませんが、もっと規模の大きいものを考えています」

「そのような大きな建物を作っている時間的余裕はあるのでしょうか?」

「大丈夫ですよ。僕らが作るのは欠陥構造物なので」


 地上五十階建て、ワンフロアの床面積は五〇×五〇メートルくらいのものを作る予定だ。


「欠陥構造って、兄貴は自分に恥じないものを作れって、いつも言っていたじゃないか!」

「今回は例外だよ。僕らが作るのはビルであると同時にゴブリンどもの墓標ぼひょうなんだから」

「つまり、ゴブリンを誘い込む罠ってこと?」

「そんな感じだね」


 普段なら絶対にやらないけど、構造計算なんて無視の代物だ。

 耐久性なんていらないもんね。

 一日もてば、それでいい。

 周囲の地盤が崩れないようにする山留工事も適当だ。

 建造物をしっかり支えるための杭工事だってちょちょいのちょい。

 土工事?

 掘削なんて浅めでじゅうぶん。

 筐体も鉄骨も超手抜き。

 外装なんて必要ない。

 傾いていたっていいくらいなのだ。

 二人に簡単な説明だけをして、赤マムリン・プレミアを飲んで突貫工事にとりかかった。



 二日後の昼前。


「兄貴、ゴブリンたちが石兵八陣を抜けたぜ!」


 ドローンを飛ばしていたヴィオが教えてくれた。

 となると、もう間もなく奴らはここまでやってくるだろう。


「オッケー、最後の仕掛けも取り付け完了だ。民間人はシェルターへ避難。兵士たちはビルの前に集合させて」


 ローザリアとムーンガルドを合わせても動ける兵士は四十一人しかいなかった。

 そのすべてが女性である。

 そこに、僕、カランさん、エリエッタ将軍、アイネ、セティア、ヴィオが加わる。

 この四十七人でガルーダ防衛作戦を行わなければならない。

 僕は仲間たちを前に最後のお願いをした。


「もう間もなくゴブリンたちがここにやってきます。こんな作戦しか思いつかなくてごめんなさい。でも、お願いします。皆さんのお力を貸してください!」


 エリエッタ将軍が立ち上がった。


「そんなにすまなさそうにするな。私たちもやりづらいだろう? ほら、これでいいのか?」


 そう言ってエリエッタ将軍はショルダーアーマーを外した。


       ◆◆◆


 ゴブリンたちは一時間もしないうちにやってきた。

 そして、ビルの前に並んだ僕らを見て驚いた。

 それはそうだろう、そこにいた四十五人の女性兵士たちは、全員が下着姿だったのだから……。

 四十五人のランジェリー姿。

 さぞや壮観な眺めだろう。

 だけど、僕はそんなことを気にしている余裕はない。

 目の前には一万の軍勢がいるのだ。


「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ、女がそろっているぞ! 服を脱いでいるとはおあつらえ向きだ。お前たちわかっているな? 殺すんじゃねーぞ!」


 ひときわ大きなゴブリンが声を上げた。

 あれがゴブリン将軍アグニダか。

 見れば見るほど反吐が出そうな顔をしている。

 ゴブリンたちは僕らを逃がさないように半包囲の陣形をとった。

 そして、舌なめずりをしながらじりじりと近づいてくる。

 僕は手を上げて建物内のヴィオに合図した。

 僕の合図でヴィオはすぐに送風機のスイッチを押してくれたのだろう。

 ゴブリン軍に向かって風が流れ出した。


「ん~? いい匂いがしてきやがったぞ……なんだかたまんねえ気分に……」


 ビルから送られてくる風に吹かれて、ゴブリンたちは身悶えている。

 下半身を押えてもぞもぞしだした!

 さすがはセティア、マンデルーカで作った催淫剤はみごとに作用しているようだ。


「攻撃!」


 エリエッタ将軍の命令で矢や攻撃魔法が一斉に放たれた。

 だが、僕らはその結果を観察している暇はない。


「退却!」


 一撃離脱が作戦の要なのだ。

 下着姿の女性たちが胸やお尻を揺らしながら逃げていく。

 その光景と催淫剤でゴブリンから理性を完全に取り払うことこそが肝心だった。


「お、追え! あの金髪の冷たい顔をした女を捕らえろ! あれは俺様のものだ!

あの女がどんな泣き顔を晒すか俺に見させろ!」


 アグニダはカランさんにご執心か……。

 だけど、そうはいかないぞ。

 石膏ボードでつくった迷路を抜けて、僕らは二階へ続く階段の前までやってきた。

 ここは少し広めの場所になっている。

 僕らはいつでも逃げ出せる準備をして、ゴブリンどもを待ち構えた。


「そこにいたか! 奴らを捕まえろ」


 殺到してくるゴブリンたちの先頭に攻撃を与えて、二階へ退却した。


「うわはははは! どうした、どうした? 私をやるんじゃなかったのか?」


 最後尾にいるエリエッタ将軍が胸を寄せて敵を挑発している。

 そんなにブルンブルンさせなくてもいいだろうに……。


「あの女は捕らえて四肢を切り落とせ! その状態で犯し抜いてやるわっ!」


 うわ、頭の中がゲス大全?

 考えることがいちいち最悪だよ。


 こうして、僕らはゴブリンを誘いながら上へ上へと逃げた。

 階段を上るのは疲れたけど、僕らは軽装だった。

 武器だって弓矢しかもっていない。

 革鎧をつけ、剣や槍を持っているゴブリンよりはずっと身軽に動ける。

 これも作戦のうちであった。

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