第94話 経歴詐称


 僕らに残された時間はおよそ三十六時間だった。

 それまでにゴブリンを壊滅させる手を打たなければならない。

 助手席に座っているカランさんは怖い顔をしている。


「伯爵、あえて提言します。このままトラックで北へ逃げましょう」

「無理。けが人は振動に耐えきれないし、ガダールに残っている二千人を見殺しにはできないよ」


 二名の社員を任命したところで動かせる重機は三台しかない。

 それでは全住人の搬送は不可能なのだ。


「ですがこのままでは、伯爵も危険にさらされます」

「危険は初めてじゃないでしょう? 僕だって死にたくない。手は考えているよ」

「本当ですか?」

「カランさんがゴブリンにつかまるところなんて見たくないからね」


 車内に沈黙が流れた。

 最悪の光景が僕の脳裏をよぎり、僕は全身をわななかせた。

 絶対に失敗できない重圧に僕の胃はひっくり返ってしまいそうだ。


「でも、必ず成功するとは言い切れないんだ。僕はみんなを危険にさらしてしまうかもしれない……」

「それでも、伯爵はおやりになるのですね?」

「そうじゃないと、大勢の人が死んでしまうから……。だって、助けられるかもしれないんだ!」


 震える僕の太ももにカランさんがそっと自分の手を置いた。


「だったら、おやりなさい。私が最後までお付き合いしましょう」

「カランさん……」

「ダメだったときは一緒に謝ってあげますよ。そして……」


 カランさんは僕の頬に手を当てて自分の方を向かせた。


「一緒に死んであげます」


 これも冗談で言っているわけではないのだろう。

 この人はきっと本気だ。

 カランさんの手のぬくもりを感じていたら太ももの震えは治まっていた。


「カランさんを死なせるわけにはいきませんね」

「もちろんです。私の死はローザリアにとって計り知れない損失です」

「だったら頑張るよ。ゴブリン将軍アグニダを倒して出世街道をまっしぐらだ」

「はい、大臣参与になるのが私の目標ですから」

「オッケー、じゃあ僕は今度こそ大勲位薔薇十字星章でももらいなおすとしようかな」


 本当はいらないけど、これも景気づけってやつだ。

 ハンドルを握りなおした僕の恐怖はだいぶ薄まっていた。



 ダガールへ戻ってくると、まず住民や兵士たちに状況を説明した。

 どうしたらいいかわからなくて、その場で泣き出してしまう人がほとんどだった。


「みなさん、僕は異世界からやってきた召喚者です。ゴブリンたちは必ず僕が何とかします。だから、落ち着いて指示に従ってください」


 そう言ったけど、みんなは僕のことを無視して勝手にしゃべりだした。

 僕はダガールの民ではなく、ローザリアから来た人間だ。

 しかも、この世界で生まれたわけでもない。

 無関係の人間が何を言ったところで聞く耳は持たないか……。


「今からだって遅くない。北のモリアンへ行こう」

「ラクーダもなしにどうするんだい? 二日で干乾しさ」

「どうせ死ぬんだ、生まれ育った家で死にたいねえ」

「いやよ! ゴブリンにつかまるのだけはいやっ!」


 人々は収集のつかない状態になっている。

 いくら僕が頑張っても、みんながバラバラでは意味がない。


「みんな、聞いてくれ!」


 声を張り上げたのはムーンガルド軍のフラウガ隊長だった。

 フラウガさんはダガールに残った女性兵士の指揮を執っている。

 その彼女が大きな声で叫んだので、人々は彼女の方に注目した。


「私たちは絶望的な状況にある。だが、安心してほしい。私たちにはまだ希望がある! それがこちらにおわそうキノシタ伯爵だ! こちらのキノシタ伯爵は稀代の豪傑であるぞっ!」


 はい……?


「氷冷将軍ブリザラス、岩魔将軍ロックザハットが率いる軍勢を一人で打ち負かし、奴隷の身分から伯爵にまで成りあがったお方なのだ!」

「おお!」


 みんなが感嘆して僕を見ているけど、それ、経歴詐称ですから!

 慌てて訂正しようとしたらカランさんにお尻をつねられてしまった。


「いっ!」

「伯爵、わからせてあげちゃってください」

「…………」


 いいでしょう……。

 それが必要だというのなら、ハッタリでもなんでもかましてやるさ!

 

「一万のゴブリン……? 超高層建築からマリコンまでこなす、きのした魔法工務店の敵ではありませんね!」


 僕は腕を組んで周囲を見回した。


「おお! 言葉の意味はわからないけど、すごい自信よ!」

「助かるの? 私たちは助かるのね!」


 僕は「フンスッ!」と大きな鼻息を漏らす。


「まあ、それでも、大変であることは間違いありません。皆さんの協力が必要です。どうかこの木下武尊にお力をお貸しください」


 神官さんが立ち上がってくれた。


「キノシタ伯爵は神の声を届けてくださるお方です。この私も保証します。みなさん、伯爵に協力しましょう!」


 人々はうなずきあい、僕に協力してくれることを約束してくれた。


「カランさんとアイネはけが人の世話をお願いします。エルニアさんとヴィオは社員として僕を手伝ってください」


 セティアが目にいっぱい涙をためて僕を見た。


「わ、わ、私の方がヴィオさんより作業に慣れています」

「セティアには別にやってもらいたいことがあるんだ。これはセティアにしかできないことだから」


 それぞれに指示を出して僕らは仕事に取り掛かった。

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