育成………………転売?


 ――――育成一日目。


「ご主人様、これは何ですか?」


 アリアは俺が持って来た本や黒板、白墨を不思議そうに見る。

 これは子供が文字を勉強する為に使うもので、子供が成長して要らなくなったという知り合いから安く譲ってもらったものだ。


「アリアにはこれで文字を覚えてもらう」


「文字の勉強ですか?」


「そうだ。他に何をするにしても、まずは文字が読めないと学習に時間がかかる。だから、まずは文字を覚えてもらう」


「はい、分かりました。ご主人様!」


「……あの、昨日から気になっていたことがあったから、ちょっと良いかな?」


 俺は怖がらせないように優しい口調で言った。


「なんですか、ご主人様?」


「そのご主人様、って言うの止めてもらえるかい?」


 俺が頼むとアリアは難しい表情になった。


「えっと、その、なんだかご主人様って言われると違和感があるっていうか…………」


「それでは何と呼べばいいでしょうか?」


「ボロディンと名前で呼んで欲しい」


 俺が要望を伝えるとアリアは笑顔になった。


「それではボロディン様、と呼びますね」


「えっと、出来れば、様付けもやめて欲しいかな」


「分かりました。ボロディンさん、でどうでしょうか?」


「うん、そうしてくれるかな。それじゃあ、勉強を始めようか。まずはそうだな…………」


 俺は黒板に三文字を書く。


「これで『アリア』って読むんだよ」


「『アリア』…………これが私の名前なんですね」


 アリアは嬉しそうに黒板へ書かれている自分の名前に触れた。


「あ、あれ?」


 アリアが触れた瞬間、黒板の文字は消えてしまった。


 自分の指に付いた白墨を不思議そうに見るアリアを眺めて、俺は笑う。


「黒板だから、触ったら消えちゃうよ。ほら、今度は自分で書いてみて」


 俺は白墨をアリアへ手渡す。

 彼女はぎこちない手付きで文字を書き始めた。


「合ってますか?」と不安そうに言うアリアへ「合っているよ」というと彼女は嬉しそうに笑った。




 ――――育成半年。


 俺がクエストから帰って来るとアリアが戸口に駆けてくるのが分かった。


「ボロディンさん、お帰りなさい。食事にしますか? お風呂にしますか?」


 アリアは驚くほど速く様々なことを学習した。


 早々に文字を覚えると料理を始めとした家事全般をこなせるようになる。

 それにやはり魔法の才能もあったようで、火・水・土・風の基本属性の全てを扱えることが分かった。


 最初は俺に対して、怯えていたところがあったが、最近では距離感も近づいてきたと思う。


「あっ、それとも私にしますか?」


「…………」


 だけど、ちょっと距離を詰め過ぎたかもしれない。


「あっ、私にしますか、というのはですね。私と性的なことをしませんか? ということです」


「いや、意味が分からなくて絶句していたわけじゃないよ!? それに何度も言うけど、君と性的なことはしない。最近、忘れているかもしれないけど、俺は君を…………」


「はい、分かっています。色々なことを教育して、高く売るんですよね。でも、バレませんって。私が買われた先で初夜に痛そうな演技をすれば、問題ありません」


 アリアは得意気に言う。


「いや、バレた時が怖いよ」


「それは残念です。…………ボロディンさん、具体的にはいつ頃、私を売るつもりですか?」


 アリアは緊張した口調で言う。


「……売る時期はまだ考えていないかな。最低でも君の体がもっと女性的にならないと…………」


 俺は不用意だったと思って、言葉を止めた。

 アリアは自分の体型を気にしている節がある。

 傷つくかもしれない、と思った。


 それなのにアリアは笑顔になった。


 俺が理由を聞くと「教えません」と嬉しそうに答える。




 ――――育成一年。


「あの……私、成長しちゃいましたよね?」


 彼女の言う通りだ。


 エルフは美形だし、アリアも半分はその血を引いているわけだから、美しくはなると思ったが、想像以上だ。

 それでいて、身体は華奢なエルフに比べると、人間的特徴が表れて肉付きが良い。

 正直、こんなに成長するとは思わなかった。


 売りに出せば、高値が付くことは間違いない。


「私、そろそろ、売られますか?」


 アリアは不安そうに言う。


「……いや、まだ売らない。君はこれからもっと成長する。もっと高値が付くから、その時に売るよ」


 俺は理由を付けて、アリアにそう説明した。


「そうですか、ありがとうございます。…………どうですか、売る前に色々しませんか?」


 アリアは嬉しそうに抱きついて、胸を押し付けてきた。

 何だか、最近はこういうことを良くされる。


「や、やめてくれ。それに君を傷物にはしない」


 出来るだけ高く売りたいからな。


「ふふん、そうですか」


 アリアは相変わらず、離してくれない。




 ――――育成一年三カ月。


「…………傷物にしちゃいましたね」


 アリアは俺の耳元で嬉しそうに囁く。


 だって、仕方なかったんだ!


 あれから、アリアの魅力も誘惑も増す一方だった。

 こんなの我慢できなかった。


「ねぇ、ボロディンさん、一回も二回も三回も一緒じゃないですか?」


 アリアは体を密着させる。

 そんなことをされたら、また理性がどこかにいってしまう。


「きゃっ!」


 俺が覆い被さるとアリアは短い悲鳴をあげる。

 でも、すぐに笑った。


「ねぇ、私はいつ売られるのですか?」


「今、そんなことは聞かないでくれ」


「…………はい」


 その日はいつの間に空が明るくなっていた。




 ――――育成一年五カ月。


「赤ちゃん、出来ちゃいました」


「…………」


 アリアが少し恥ずかしそうに言う。

 俺は自分自身の意志の弱さに頭を抱えた。


 アリアと一線を越えた日から、我慢が効かなくなり、何度も彼女と…………


 そりゃ、あれだけすれば、子供が出来ても不思議じゃないよね!


「あの、私、いえ、売られちゃいますか?」


「身重の君を売るわけないだろ。売るとかの話は当分、無しってことで…………それよりも子供が生まれるまで、色々と大変だ。今までみたいに君に家事の全てを任せるわけにはいかないから、俺もやるよ。体が辛い時は絶対に無理をしないでくれ」


「でも、私は奴隷ですよ」


「だけど、母親だ。だったら、子供をしっかり産むことに専念してくれ」


「ボロディンさんが家事をしていたら、お金はどうするのですか?」


「君が心配することじゃない。実は知り合いから仕事を紹介されているんだ。冒険者よりも入って来る金は多いし、時間も調整できるから安心してくれ」


 少し前から俺の鑑定魔法を活用する職を紹介されていたが、働きたくない、という気持ちから断っていた。

 でも、子供が出来るなら、嫌だとも言っていられない。

 

「分かりました」とアリアは嬉しそうに返した。




 ――――育成二年三カ月。


 俺は生まれたばかりの赤子を抱えて微笑む。

 まさか、俺が人の親になるとは思わなかった。


「これで私、売られちゃいますか?」


 出産を終え、疲れ果てているアリアはそんなことを言う。


「馬鹿なことを言わないでくれ。この子には母親が必要だろ」


 俺は抱えていた赤子をアリアに抱かせる。


 赤子が笑うとアリアも笑った。


 二人の為にも俺は仕事を頑張らないとな。




 ――――育成三年三カ月。


「ボロディンさん、いつ私を…………」


「少なくとも子供が独立するまで、その話題は無しってことで良いかな」


 俺はアリアの言おうとしたことに対して、先回りして結論を告げる。


「はい、分かりました。あっ、多分ですけど、二人目、出来ちゃいました」


 アリアは嬉し恥ずかしそうに言う。




 ――――育成三十三年。


 先日、末の子が無事に独立して、家を出て行った。


 子供たちがいなくなると、家は随分と広く感じる。


「子供たちがみんないなくなりましたけど、どうしますか?」


 アリアはからかうように言う。


 俺は何のことか分からず、「何の話だい?」と聞き返す。


 するとアリアはクスクスと笑った。


「忘れたのですか? 私を売る話ですよ」


 言われて、思い出した。


 そういえば、昔、奴隷だったアリアを買ってきたんだっけな。

 で、高く売ろうとしていたっけ。


 アリアの見た目は出会って、三年くらいした時から今までほとんど変わっていない。


 さすが半分はエルフの血が流れているだけのことはある。

 今でも高くは売れるだろうけど…………


「子供たちもいなくなって、その……俺は寂しいんだ。君にいなくなられたら、困る。それとも年を取った俺の側にはいたくないかい?」


 見た目がほとんど変わらないアリアに比べると俺は老けた。

 彼女が若い男を求めても不思議じゃない。

 

「私からあなたの元を離れることはありません」


 アリアは俺の手を取って、そう言ってくれる。


「じゃあ、これからも頼むよ」


 俺が言うとアリアは「はい」と返してくれた。




 ――――育成XX年。


「そろそろ、君を売ろうと思う」


「…………そうですか」


「だけど、俺はこの通り、もう動けないから、君が自分で判断して、自分を売り込んでくれ。今まで本当にありがとう」


 俺はそれだけ言うと目を閉じた。


 急激に意識が混濁する。

 薄れ良く意識の中、アリアの泣く声が聞こえた。

 彼女を残して死ぬのは悔しいけど、種族差は仕方ない。


 それに良い人生だったと思う。


「ありがとう……」と呟き、俺の意識は完全に途絶えた。

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【短編】育成して、転売しようとハーフエルフを買ってきたはずなのに…………! 羊光 @hituzihikari

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