【短編】育成して、転売しようとハーフエルフを買ってきたはずなのに…………!

羊光

購入

 俺は自他ともに認める駄目人間だ。


 決まった時間に起きて働くことが苦手で仕事をクビになり、仕方なく、冒険者になって、どうにか生活をしていた。


 そんな俺だが、運よく割の良いクエストに参加してまとまった金が手に入る。


 これで当面は酒を飲んで暮らせるな、と考えていると、

「なぁ、ボロディン、金儲けに興味はないか?」


 冒険者仲間の一人、マークがそんな誘いをしてきた。


「興味ない。じゃあな」


 金儲けには興味ある。


 しかし、この切り出し方の金儲けの話なんて碌なものじゃないに決まっている。


「おい待てって!」


 マークは俺の腕を掴んだ。


「話くらい良いじゃないか。奴隷の売買だよ」


 頼んでも無いのにマークはベラベラと話し始める。


「奴隷としては下の下ってやつを安く買って、文字を覚えさせたり、芸を仕込んだりして商品価値を高めてから売るのさ」


 やっぱり禄でもない話だった。


「それのどこが良い話なんだ? 買った奴隷を高く売れる保証がどこにある?」


「俺じゃ無理だな。でも、お前なら出来るだろ」


 なるほど、そういうことか。


 俺は鑑定魔法が使える。

 これは結構貴重な魔法だ。


 俺の鑑定魔法で潜在能力が高い奴隷を探して、安く買って、高く売ろうって話か。


「なぁ、一緒に儲けようぜ」


 マークは肩を組んで来た。


「話は分かった、でも、断るよ」


「なんでだよ!」


 だってさ、それなら俺一人でやった方が儲けを独り占めできるだろ。

 

 俺はそう思って、次の日、奴隷商店へ向かった。




 奴隷商に来たのは初めてだし、緊張した。


「ほう、家事をする奴隷をお探しで?」


 奴隷商人はかなり肥えた人物で不愛想だった。

 恐らく、冒険者相手じゃ高い奴隷を買ってくれないと懐事情を察したからだろう。


「家事をしてくれればいいので、最低ランクの奴隷で良いんです」


 奴隷は容姿や能力によって、ランク付けがされる。


 俺が求めたのは最低ランクの奴隷だった。

 最低ランクと言っても、人一人を買うのでそれなりの値段はする。


 だから、慎重に奴隷を見て回った。


 この中から、金の卵を探す必要がある。


 だが、マークの言っていたようなうまい話は無いようだ。

 値段の設定は適切なようで鑑識魔法を使っても秀でた能力を発見できない。


「んっ? 五万?」


 そんな中で妙に価格の低い奴隷を見つけて、俺は足を止めた。


「ああ、彼女ですか。一応、初物なのですが、年齢と体格がね」


 年齢20歳、と書かれていた。

 その割には少し痩せているというか、貧相だ。


「勘違いしないでくださいよ。女の奴隷は見た目も大切ですから、きちんと食事は与えています」


 それは他の奴隷を見ても分かる。

 俺は奴隷商店がもっと汚い場所だと思っていたが、驚くほど清潔だった。


 商品に病気が蔓延したら、大変なことになるから気を使っているのだろう。


 それに見栄えを良くするために食事もきちんと与えているようで売られている奴隷たちは健康体そのものだ。


 でも、確かにこの子は痩せている。

 いや、痩せている、というよりは成長が遅いと言うべきだろうか。

 少なくとも20歳には見えない。


「食事は十分に与えているのですが、どうも成長が悪い。年齢も年齢ですし、そろそろ別の場所へ移そうかと思っています」


「別の場所?」


「当店で扱っているのは女性としての役割を目的にしております。しかし、ここまで年齢が上がり、しかも貧相だと売れません。今後は農奴や戦奴を扱っている店を流そうかと思っています」


「そうなのか…………」


 奴隷が幸せになるのは難しいと思うが、愛玩奴隷の方がいくらかはマシだろう。


 農奴や戦奴は過酷で死ぬこともあるらしい。


 そう思うと目の前の奴隷に情けをかけたくなるが、俺だって金を儲ける為にここへやって来たのだ。

 慈善事業で助けてやる義理はない。


「私は店の奥にいるので気に入った奴隷がいましたら、お声がけください」


 店主はそう言って、立ち去った。


 俺は掘り出し物を見つける為、奴隷たちを見渡す。


「…………」


 俺は売れ残りの奴隷のことが気になってしまった。


「一応、鑑定くらいはしておくか」


 もし、隠されている能力とかが分かったら、買ってもいい。


 俺はあまり期待しないで鑑定魔法を発動させた。


「………………え?」


 俺は鑑定結果に驚く。


 鑑定の結果、この奴隷は『ハーフエルフ』と言うことが分かった。


(ハーフエルフだって!?)


 俺は手で口を塞ぎ、出かけた言葉を飲み込んだ。


 エルフは気高く、他種族と交わることを嫌う。

 ハーフエルフなどほとんど存在しない。


 だから、もし本物ならその価値はいくらになるか分からない。


 でもどうしてハーフエルフだと気付かれなかったんだ?


 いや、通常の検査では気付けないのか。

 ハーフエルフが、エルフとしての特徴を見せ始めるのは二十歳を過ぎてからだと聞いたことがある。


 それまでは他の人間と変わらない。

 俺のような上位の鑑定魔法を持っていないと気付けないが、そんな人間を雇っている店はないだろう。


 大体の種族は見た目で判断できるだろうし、いるかも分からないハーフエルフを見つける為だけに上位の鑑定魔法を扱える人を雇うのは馬鹿馬鹿しい話だ。


 その結果、俺はとんでもない掘り出し物を見つけたわけだ。


 だが、あまり笑顔でいると店の店主に勘付かれるかもしれない。

 ここは真面目な表情で話をしないと…………


「店主、すいません」


 俺が呼ぶと店主はすぐに表れた。


「はいはい、商品は決まりましたか?」


「この奴隷をもらっても良いですか?」


 俺が言うと店主は驚いた。


「本当に宜しいんですね? 返品・返金は出来ませんよ」


「構いません。さっきの話を聞くとなんだか可哀そうに思えて……」


 俺はこの奴隷を買おうとしている本当の理由がバレないようにそう言った。


「私としては売れ残りが処分出来て感謝しますが……。分かりました。すぐに用意をしましょう」


 こうして俺は掘り出し物の奴隷を手に入れた。




 ――――育成0日目。


「俺の名前はボロディンだ。よろしく頼む」


「お、お願いします。それから買って頂き、ありがとうございます。貧相な身体ですが、ご主人様に満足して頂けるように誠心誠意…………」


 ハーフエルフはビクビクした様子で話す。

 まぁ、いきなり買われて、連れて来られてのだから無理もないか…………


「えっと、俺は君に性的なことを求めていないから」


 折角のハーフエルフを傷物にしたら、売る時に価値が下がってしまう。


 そういう意味で言ったのに、ハーフエルフは別の意味に聞こえたようで、

「お、お願いします。酷いことはしないでください!」

と頭を下げる。


「えっ? しないよ」


 むしろ、これから丁寧に育てるつもりだよ。


「私を狩りの的にしたりする気じゃないんですか?」


「俺ってそんな非道な人間に見える!?」


 驚いて声を上げるとハーフエルフはビクッとなった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「あっ、えっと、俺の方こそ、ごめん。そんなに怯えなくていいから…………でも、どうしてそんな酷いことをされると思ったんだい?」


「売られていた他の子から、貧相な奴隷はご主人様からの寵愛を受けられずに酷い扱いを受ける。私みたいなのはおもちゃにされて殺されるって言われました」


 どうやら奴隷の中にもいじめはあるようだ。

 確かにこのハーフエルフの見た目に女性的な魅力はない。


 でも、それは人間に比べて成長が遅いからだ。

 加えて、ハーフエルフは人間と比べて遥かに寿命が長く、若い期間も長い。


 あまり傲慢だと面倒だが、自己肯定感が低すぎても困る。

 暗い性格では売る時の査定に響くかもしれない。。


「君は人間じゃないんだよ」


 まずはそのことを説明しないといけないな。


「分かってます。奴隷に人権はありませんから」


「……えっと、そうじゃないんだよな」


「ご、ごめんなさい」


 またハーフエルフは怯える。


「君の半分はエルフの血が流れているんだ」


「エルフですか?」


 ハーフエルフは首を傾げた。


「そうだよ。あの店の店主は気付いていなかったけど、君は特別な存在だ。で、俺としては君を育てて、高く売りたいんだ。だから君の処女は奪わないし、大切にする。分かってくれたかな?」


 我ながら酷いことを言っているな。

 でも、俺は慈善事業で奴隷を買ってきたわけじゃない。


 将来の安泰の為だ。


「ありがとうございます」と言いながら、ハーフエルフは突然泣き出した。


「ええっ!?」


 理由が分からなかった。 


 泣くだけなら理解できるが、なんで「ありがとうございます」なんだ?


「だって、不当な値段で売られていて、最悪の場合、殺されていた私をご主人様は高級奴隷にしてくださるんですね。私、頑張って育ちます!」


 俺は私利私欲の為にこの子を育てようとしているのに感謝されると罪悪感に襲われてくる。


「と、とにかく、明日からは高く売れる為に色々なことを教わってもらうからな」


 ハーフエルフ、というわけでも高く売れるだろうが、出来ることが増えれば、それだけ売る時の査定に関係してくる。


「あの、一つだけお願いをしても良いでしょうか?」


「なんだい? 遠慮はしないでくれ」


 ストレスを抱えられるわけにはいかないからな。


「名前を頂けますか」


「名前? ああ、そうか」


 奴隷には元から名前がついていることもあるが、この子は名無しだった。


「名前か、そうだな…………アリアでどうだろう?」


「はい、ありがとうございます」


 こうして、俺のハーフエルフ育成、転売計画は始まった。


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