番外編
バーブの貞操
魔族とて眠る。本来は魔力の塊である魔族は、眠りも食事も必要としない。ただの魔力だ。だが形を作れなければ霧散してしまう。
だからそれぞれの魔力量に応じて、適した生き物の姿を模する。
昆虫、動物、人――。
特に人の形を模するのは非常に高い魔力が必要となる。だから人間の召喚に応じられるのも人型に近い魔族が必然となるのも間違いはないだろう。
更に人間を魅了し、魂を奪うためには――より人間が好む美しい姿へと形作る必要があるのだ。
そうして、生き物の形を模した魔族たちは、その姿に影響されるかのように、食事や睡眠を必要とするようになった。
だから私も眠るのだ。ふかふかのベッドに柔らかく温かいお布団に包まれて眠る時間は、起きている間中魔王様に酷使される私の至上にして至福の時間。
この時間だけは邪魔したら魔王様とてぶん殴る。そして三日間は口を利かない。
実際にやったところ、あの魔王様ですら反省したのか二度と私の睡眠を邪魔しなくなった。そうして八十年の間、私の極楽安眠タイムは死守されていたのだが。
「ねーねーバーブたそぉ……」
なんでみりあむ殿が私のベッドにいるんでしょうね?
「まおーたそが子作りしてくんなくってぇ……ウチこんなに長い間えちしてないの初めてだから……」
なんでこの方は服を着てないんでしょうね。
「だから……バーブたそぉ……しよ?」
意味が分かりませんけど。
「つまりみりあむ殿は性欲を持て余して私の極楽安眠タイムを妨害しているのですか」
みりあむたそは素っ裸のまま私の体の上に跨った。重いのでどいてください。
「妨害とかひどくね?バーブたそといたしたら、ウチもすっきりバーブたそもいい運動できてよりちょー快眠とか一石二鳥じゃん」
「パジャマのボタンを外さないでください。このパジャマはアラクネの糸を織り、バイコーンの角で作ったボタンをあしらった最高級品ですよ。これを着てるだけで快適安眠は必至です。それに魔族は性交渉などで体力を消耗しません」
「え、じゃぁ超絶絶倫とかやばくね?うは――たぎるわコレ」
おいまて――意味がわからん。――ってかみりあむ殿力強くね?私抵抗できなくね?
「みりあむ殿、お待ちください。なんで私なんですか!性欲を持て余してるならその辺のインキュバスとか大喜びで突っ込んでくれますよ」
「あーダメダメ。見た目はいいんだけどさー……なんかそそられないんだよね」
試してたんかい、あんた。
「ウチがムラムラすんのってまおーたそとバーブたそだけなんだよね」
ちょっと首筋とか胸にキスすんのやめてください。気持ち悪いから。
「すぐに気持ちいくなるってー。ウチうまいから。おっさんとかちょーらくしょーだし」
いや、だからやめ――あかん。これはなんかあかん。
「だからやめ――魔王様!魔王様助けてください!」
私は必死で魔王様に助けを求めた。――なんという屈辱。お仕えしてから百年間、魔王様のお手を煩わせた事などなかったのに。これで一つ借りを作ってしまったではないか――。
「呼んだか?」
「あれ?まおーたそ。一緒にやる?」
現れた魔王様は暢気に私のベッドに腰掛けて胡坐をかいてみりあむ殿に手を振り返している。
「みりあむ殿を何とかしてください。私の貞操の危機ですよ!」
「魔族を襲う人間とかすごいなこいつ。俺もさっき襲われそうになったわ」
「笑ってる場合ですか。なんで人間なのに私が抵抗できないんですか!」
「――ああ、知らないのか?人間を召喚する時は人間が魔界でも生きていけるように、召喚者――つまり俺の魔力を共有するようになってんだ。だから、そいつは実質俺だ」
あんたのせいか――!!
「とはいえ、俺以外の奴がお前を組み敷くのを見るのは面白いがお前の初めてを奪われるのは不愉快だな」
「相変わらず脳みそがお腐りになった事を言うのはこの事態を収拾してからにしていただけませんか?――あっズボンをずらさないで」
ちょっと魔王様、何見てるんですか。見てないで止めなさいよ。
魔王様は指がパチンと鳴らすとみりあむ殿はその場に崩れ込んだ。眠らせたようだ。ってかできるなら最初からしてろよ。絶対面白がってただろ、あんた。
「すまんすまん。まさかバーブに襲い掛かるとは思ってもなかったわ」
「まったくですよ。私の極楽安眠タイムが――そういえば」
みりあむ殿はさっき魔王様と私にしか発情しないとおっしゃっていた。
召喚の魔法は強制力がある。
召喚者と被召喚者の同意がなければ召喚できない。召喚者の願いを叶えるまでは元の世界に戻れない。
召喚者と被召喚者は契約で結ばれる――。
「歴代の妃は皆さん魔王様と添い遂げられましたよね。それって――」
「ああ。魔力を共有してるからな。その相手以外には惹かれないだろうな」
召喚魔法の強制力ここにもあったんかい。
「あの魔法はちょっと色々考えなおさないといけないかも知れませんね」
「ん――そういうのはお前に任せるわ」
またこの人は……
「しかし、それならなんでみりあむ殿は私に襲い掛かったんでしょうか」
「ん?まだわからないのか?お前も俺だからだよ」
「気持ち悪い事言わないでください。なんで私が魔お――あ」
「わかったか?」
心底意地悪そうな顔で魔王様は私を見た。
じゃんけんに勝ったあの日、私は魔王様の元に呼ばれた。
私を見た魔王様は一言
「お前は面白いな」
とおっしゃった。その表情は愉悦に歪んでいた。
前魔王と妃の間に生まれた私は、魔力をほぼ持っていなかった。しかし、人型を成していたからだ。
魔力などほぼ持たない魔族はせいぜいが虫、酷い場合は草や木に模してその命を繋ぐ程度、もちろん高度な思考力など持ち合わせていなかった。
「草木に模しても――いや、その魔力すらほぼ感じられない。なのにお前は俺の前に立っても消えないどころかどの魔族よりも完璧に人型を成している」
魔王様は魔法で私を引き寄せると、私の顔の鼻先まで近づき、その鼻をひくつかせて匂いを確かめた。
「――混じり物か」
侮蔑と愉悦が入り混じった声だった。
私が魔王様が廃した前魔王の落とし胤である事を察したのだろう。
好奇心でじゃんけんなんかに参加したばかりに私は死ぬのだろうか。私は覚悟した。
「俺の補佐役をするのにその魔力では何もできまい。俺の魔力をやろう。好きに使え」
ついでに従属の呪いをかけられて、私は気付いた。
これ、近付いたらあかん人や――。
「つまり、この元凶は全て魔王様なわけですね」
おっと、怒りで声が震えてるわ。ぶん殴りてえ。
「元凶とか言い方が悪い。最悪の偶然が重なった結果だったってわけだ」
「あんたがつぶやいったーとかでみりあむ殿をひっかけなかったら少なくとも私の貞操は守られてたわけですよ」
「お前は俺と自分の貞操どっちが大事なんだ」
「私の貞操に決まっているでしょう」
泣いても無駄ですからね。嘘泣きなの知ってますし。
「いい加減諦めて子作りしてくださいよ。みりあむ殿だってこんなにノリノリなんだし」
私の寝床で気持ちよさそうに眠っているみりあむ殿を見る。全裸だ。なんでこの人こんな羞恥心とかないんだろう。サキュバスでももう少し恥じらうぞ。あ、そのお布団はコカトリスの羽毛100%の高級品なんですよ、よだれ垂らさないで。
「いや、最近はしおらしかったし、俺としても一回くらいならいいと思ったんだが、こいつ寝所に来る時になぜか魔王殺しの剣持ってきやがってさ」
あ、まだヤル気だったんですね、みりあむ殿。
「一瞬気付くのが遅かったらやばかったわ、俺」
段々腕を上げてますね、みりあむ殿。さっきも襲われかけたってのは貞操じゃなく命だったんですね。マジすげぇなみりあむ殿。
「世が世なら勇者かもしれませんね」
「ああ。魔王殺しの剣持てたしな――」
私と魔王様は時代が時代で良かったと心から安堵した。
「あ、そういえば」
魔王様はさっき、みりあむ殿が魔王様の魔力を共有してるって言ってなかったか?
「してるぞ。その気になれば俺と同じくらいの魔法も行使できるな」
「魔王様……それってかなりやばくないですか?」
「なにがだ」
魔王様はみりあむ殿に魔法で服を着せながら、間抜けな顔で答えた。
なんで着せる服が人間界の黄色いモンスターのキャラクターの着ぐるみなのかはもう突っ込まない。
「本気になったらみりあむ殿に魔界乗っ取られますよ」
二人の間にいやーな沈黙が続いた。
「みりあむ殿……またママゾンから荷物が届きましたよ」
魔王城に割り当てられたみりあむ殿の部屋にはママゾンやココタウンと書かれたダンボールが山積みになっている。
魔王様と同等の魔法が使えると気付いたみりあむ殿は、これ幸いと魔法陣を召喚して、人間界からのネットショッピングを堪能していた。
「あー!コスメデコッテの新しい化粧水とファンデ届いたぁ」
みりあむ殿は嬉しそうにダンボールから商品を取り出すと、同じくママゾンで買った撮影機材で商品の写真を撮影していく。
「あーウチの垢でピンスタ投稿できないの残念過ぎるわ」
「みりあむ殿の時間は召喚されたところで止まっていますからね。魔界から干渉はできません」
「でもなんでまおーたそならできんの?ズルじゃん」
その辺は摂理とか色々制約や穴があって……説明してもわかんないでしょあなた。
「それよりもみりあむ殿……いい加減お買い物の頻度を少なくして頂くことはできませんか」
「えーなんで?お金なら論理?とかで何とかなるんでしょ?」
人間界の摂理に介入することはできない。しかし、論理の行く末は物理だ。だから我々は論理には介入できる。
つまり銀行のコンピュータに介入してちょこちょことアレをこうしたら人間界のお金には困ることはない。
それを発見したのは魔王様のつぶやいったーが魔界から接続できる謎を解明したからだ。
魔王様はインターネットのプロトコルを解析し、直接論理に介入していた。なんちゅー力業なんだ。
おかげでみりあむ殿も同じ手でネットショッピングを堪能しているというわけである。
しかしだ――
「いい加減にして下さらないと職人達が過労死してしまいます」
商品を直接受け取らないのはいいとしても、その度に魔法陣を使って魔界に転送するものだから、職人がフル稼働しても魔法陣が足りず、責任を取って魔王様も制作部屋に放り込んで作らせているほどだ。
「だってまおーたそ全然えちしてくれないしぃ」
あんたが貞操も命も狙うからだろうが。
「魔王殺しの剣は再度封印させていただきましたがね。流石にアレな魔王様でも殺されるのは困ります」
「もうしないって言ったのにぴえん」
みりあむ殿は頬をぷくっと膨らませて見せるが本性知ってるだけにかわいく見えない。
「お子さえ産めば戻れますから。そしたらお約束通り無期限無制限で使えるクレジットカードをお贈りいたしますので」
結局報酬はこれになった。家も買えるそうだ。マジか。
「ん-」
みりあむ殿はベッドに腰掛けると、そこに力尽きて寝ているインキュバスの髪をひと掴み掬い取ると、自分の唇に押し当てた。
「でもまおーたそがくれたコレ、結構気に入ってるんだよね。まおーたそのカラダも興味あるけど、しばらくはウチこの子でいいかなぁ」
その微笑はどの魔族よりも邪悪で美しかった。
魔王様の魔力を少し分け与えたインキュバスを与えてみたところこれが大成功で、次の日から私の寝室に安息と安眠が戻ってきた。
しかし、さすがの魔王様もインキュバスが使い尽くされるまで搾り取られるなど、予想出していなかっただろう。
とりあえずは、みりあむ殿の物欲が満足するまでの間、魔王様には強制労働をしていただく事にしよう。
みりあむ殿が許されるならと私のベッドに忍び込んだ罰だ。
誰が許したんだ。私の極楽安眠タイムを邪魔した罰だ。しばらく反省するがいい。
魔王の嫁 やまだ ごんた @yamagonta
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