第2話 ペクトラル

「おーい。」


「…さ〜ん。」


「授業終わったぞ『剛力ゴウリキ』!」


「ハッ…!

腹斜筋でおろした大根おろしは…⁉︎」


「どんな夢見てんだよ…。」


「残念ながら昨日の晩ごはんを詰めたお弁当しかないよ〜。

剛力さんも一緒に早く食べよ〜。」


入部した翌日、私は午前中の授業をしっかり睡眠学習していると隣の席の長い茶髪で柔らかい雰囲気の『おか 詩絵里しえり』さんと後ろの金髪ボブヘアーの一見ヤンキーにも見える『さわ 玲夢れむ』さんに起こされた。


「うん…でも、私の事は咲姫って呼んで欲しいな…。」















————————


「所で〜噂になってるってホント〜?」


「噂って?」


「ああ?当の本人なのに知らねーの?」


「咲姫ちゃんが水泳部の先輩に告白したって話〜。」


「あ?うん、本当だけど。」


「マジかよ…悪りぃけど侮ってたわ…。

黒髪メガネだし、メイクだってしらない中防丸出しな人間から『付き合ってください』みたいな言葉が出るようには見えねぇ。」


「お?全国2000万人の黒髪メガネオタク美少女連盟を敵に回したな?金髪ヤンキー星人め。

あと、『付き合って』とは言ってないよ。

私が申し込んだのは結婚嫁にして。」


「はぁ⁉︎」


「お付き合いの上を行く上級者だね〜。」


「あ、ゴメンゴメン。

別に先輩ヒメちゃんの恋愛についてとやかく言うつもりはないよ。

私は最終的に先輩ヒメちゃんの嫁になれれば良いからね。」


「…訳わかんねぇ。」


「えーと、私は…。」















————————


「私は剛くん、いや姫乃ヒメちゃんの姓を名乗るから!

絶っっっっっっっっっっっ対、そこだけは譲らないから!」


「そもそも考えてみろ、お前が姫乃になったら『姫乃 咲姫』で姫と姫で被ってるじゃん!

絶対咲姫の苗字で合わせた方が良いって!」


「ハイ、ブーメランー!

それだったら剛くんは『剛力 剛』、パワー of パワーじゃん!

私の方がマシですー!

ふざけたパワー2つはその大胸筋Eカップだけにしてくださーい!」


「どっちもどっちやって…。

あと、ココ居酒屋やでー。もう少し音量抑えとき。」


そんな口論を繰り広げていると見知った二人が居酒屋の個室の扉を開けた。


「こん…え〜と…ばんわ〜。

遅くなってごめんなさ〜い。」


「よっ、随分騒がしかったけどどうしたんだ?」


「おうサキちゃんの親友ズ、仕事お疲れさん。

姫とパワーがパワーと姫の取り合いをしとる。」


「またかよ…わざわざ結婚届を書かせにアタシを呼ぶんならそこら辺固まってからにしろよ。

あ、アタシ生一つ。」


「私は取り敢えずバンブーで〜。

ま~待ってあげましょ〜。

私達みたいな結婚なんてただの契約と思う人と違って二人には大事な事なんだから〜。


あ、おかわりお願いしま〜す。」


届いたカクテルグラスを一瞬で空にしながら詩絵里はニコニコと私達を静観する構えに入り、「しゃーねーな」と玲夢もハルちゃん先輩と乾杯をした。


「私が傍から見たら恥ずかしくて夜に枕に顔を埋めるような告白を剛くんにしたのは一重に剛くんの名字目当てなの知ってるよね⁉

だから学生の間は自由に恋愛していいと思ってたんだよ⁉

この時点で私の勝ち(?)ですー!

小さい時からゲームのモンスターの『ゴウリキー』とあだ名着けられてイジメられてた私の気持ちは剛くんに分かりませんー!」


「そんなの俺だって一緒だっつーの!

小さい時に周りから『デカ姫』って言われてたの本当に嫌だったんだからな⁉

それに…!」


急に言葉に詰まる。「小さい時に『デカ姫』ってどっち?」と挙げ足とってやろうと思ってやったのにタイミングを逃したんだけど。


「それに…何?」


「いや…その、学生の頃は好きに恋愛して良いとか言われてもそれまで告白なんてした事もされた事も無かったから…。

だからだな…。」


あー焦ったい、イマイチ何が言いたいか分からない。

要点をまとめて欲しいのに完全に目の前の筋肉ダルマがただの縮こまった肉団子になってしまった。















————————


「お疲れ様でしたー。

皆さん気をつけて帰って下さい。」


「パパッと着替えて帰るんやでー。

はよう着替えんと、咲姫アホに覗かれるでー。」


「ハハハ…。」と苦笑いで締められた部活終わり、誰がアホだよ⁉︎私は自分の欲望に忠実なだけだよ。

とは先輩相手には流石に言えず解散する選手(の筋肉)を見ながら私も物品の残りを片付けて帰ろうとしていた。


「えーと…剛力、いいか?」


「はい?それと私は咲姫と…うぉデカい。」


目の前に現れる大胸筋、顔を上げると先日婚約を申し込んだ短髪のまぁまぁなイケメンが照れた顔をした先輩ハルちゃんが立っていた。


「えーと…どうしました?」


「いや…その、せっかくだから一緒に帰らないか?って思ってな。」


「おぉー早速イチャコラしてくるやん。」


「あ、無理しなくても良いですよ。

先輩も恋愛くらい学生の頃は自由にして良いんですよ。」


「「はい?」」


「私の申し込んだのは婚約ですから、結婚前の恋愛は好きにして下さい。

先輩だって私みたいなちんちくりんじゃなくて好みの女くらいいるでしょ?


じゃあ、お疲れ様でしたー。」

















————————


「みたいな事が学生時代結構あってだな…デートらしいデートとかも殆どしてない。

同棲も大学卒業後だし…。」


「ホウホウ…つまりハルちゃんはサキちゃんの告白を真に受けてコレまで恋愛なんてして来なかったって訳やな?」


「つまり〜男子高校生ししゅんきを咲姫ちゃんの事だけ考えて過ごしてきた純粋無垢ピュアッピュアって訳ですね先輩〜?」


「…ああそうだよ!

この年で女性と付き合った事もないし童貞だよ!」


マジか…そこそこのイケメンだし雰囲気陽キャだから少しくらい遊んでると思ってた…。


「うわぁ…先輩も先輩だけど…咲姫、お前ひっでぇな。

男子高校生にあんな事言ったらそりゃその気になるだろうがよ…。

別れる訳でもないし、自由にさせてるように見えて最大級の束縛じゃねーか?」


「えーと…私、何かやっちゃいました?」


「「やかましい。」」


「でも、ソレはソレ!コレはコレ!

剛くんも同じ気持ちだっては分かったけど先に行動して告白したのは私だよ?

剛くん、私が告白しないと私の事なんてただの後輩で終わってたでしょ?

それに、」


「そうだとしても…俺はお前の家に入りたい。

形だけでも。」


先ほどまでの喧嘩口調を残してはいるものの、急に真面目な表情で私を見つめてくる。

でも、その表情はどこか悲しいようにも見える。


「…なんで?」


「そうだよな…知る訳ないよな。

今まで言う事が出来る時間なんて無かったもんな。」


「だからなんなのさ?」


「どの道結婚するなら話さないといけない事だもんな…なら、ちょうど良いかも知れないな。」


剛くんはそのままの悲しい表情で語り始めた。

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姫と剛力 @180point

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