応挙の幽霊図

九月ソナタ

応挙の幽霊画

数年前の話なのだが、バークレー大学に行った帰りに美術館(UC Berkeley Art Museum and Pacific Film Archive)に寄ってみたことがある。その美術館は古典絵画や日本の美術品をたくさん所有しているはずなのだが、2015年に今の場所に移ってからは、超モダンアートに力をいれてしまって、最近は古典系美術は、ほとんど展示しなくなった。


ところが、今回、「南画」の展示会が開催されているということなので、行ってみたのだった。それは期待以上にすばらしかった。しかし、その話は後に回すとして、今日は別の話。


肝心の「南画」展は地下に展示されていたのだが、受付の近くの部屋で、「Strange」というエキジビションが開催されていた。入口で、首を伸ばしてちょっと覗いてみたら、なにらか奇妙な彫刻や絵画が見えた。

Strangeというテーマなのだから、 Strangeな作品が並んでいるのは当然、若い人はこういうのを好むのかしらと思った。私はこういうのは苦手だ。


すると、向こうの白い壁に、掛軸がかかっているのが見えた。おお、日本の作品もあったのか。

でも、その掛軸は、何やら格調高い雰囲気を醸し出しているようなのだった。

画色は薄いし、私は近眼なのではっきりとは見えなかったのだが、只者の作ではないということは感じられた。


中にはいって、その作品に近づくと、それは円山応挙(1733-1795)の絵図だった。

「お雪の幻」として知られる幽霊図なのだった。

右上に落款が押されていたから、本物だろう。


前に応挙のことを調べたことがあった。

江戸時代には「幽霊図」というのがとても人気があったのだが、足のない幽霊を描いた最初の人が応挙だった。

つまり、この炉の前の絵図が、日本の足のない幽霊図の元になっているということなのだ。


バークレーのエキジビションでは「おゆきの幽霊( Ghost of Oyuki)」というタイトルで、こんな説明がついていた。

「この絵画の銘刻(インスクリプション)によると、円山応挙には若くして亡くなった愛人がいた。ある夜、その彼女の霊が夢の中に現れた。応挙はその姿を忘れられなくて、その肖像を描いた」


その銘刻というのは掛軸の表にはないけれど、どこに書かれているのだろうか。

日本では、この女性は亡くなった先妻だと言われている。

絵図の中の美女が着ているものはただの着物ではなくて死装束、また髪が乱れているから、病死したように考えられる。


妻か愛人かは知らないが、この女性は美しい。

髪を結って、色彩豊かな着物を着せたら、どんなにか映えることだうか。


それにしても、この名作が「Strange」の中にあるとは、なんとおいたわしい。

アメリカ人にとってはこの幽霊図は奇妙に見えるのだろうが。


「姫さま、あなた様はこんなところにおれられお方ではありません」

私は落ちぶれてしまった姫を見て慟哭する爺やだ。


掛軸の両端の部分(耳裏)がよれよれで、収納の仕方にも問題がある。

日本にも同じ「幽霊画」はあるそうだが、落款がない。

つまり本物なのはバークレー所蔵のものだけなのだそうた。


私はそのホンモノを「Strange」の中に見たというわけで、

それを見られたのは幸いなのだが、こういう場所で、こういう姿でお目にかかるこというのは、つらい。

幽霊はこわくはないが、美術品をこういうふうに扱われているのを見るのは、こわい。




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