春の本祭り

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

🍅🥒

 図書館には本がある。当たり前だ。むしろ本があるから図書館なのであってその逆ではない。

 図書が置いてある館、それが図書館だ。

 ただそれだけの場所なのに、どうして人はそこに何か特別な思いを抱くのか。図書館警察、図書館戦争、図書室の神様、泥棒は図書室で推理する——。

 めいめい同じような意図を持ってやってきながら、別個の方を向き、もしくは一様に同じ方を向きながら特に会話も交わさず、黙々と本を読んだり、学習をしたり、あるいは雨露をしのぎ、暖を求め、静寂を求む。

 そういう場所は、他にはないから、なのではないか。


「だというのに……」

 だというのに、いまこの場所では激しい戦闘が繰り広げられている。

 トマト祭りラ・トマティーナ 🍅もかくやといった様子で、宙を無尽に飛び交う、本、本、本……。

 それを、ただ胡瓜をくわえて見ていることしかできない。

「どうしてこうなった?」


     *


 どうしてもこうしてもないのだ。そもそもの発端はおれの彼女が本を投げたからだし、本を投げられた相手が彼女以上の激情家だったからだ。

 わかってる。

 そんなことはわかっているのだ。

 問題は、


 普通であれば司書なりなんなりに咎められ、放り出されて終わりのところが、周りを巻き込み、さながら合戦の様相を呈してきた、ことだ。


「ふ、ふへへ。おいら、この戦闘が終わったら彼女にプロポーズをするんだ」


「おお、神よ。なぜこのような試練を。豆腐の角では死なないかもしれないですが、京極夏彦の本では死ぬかもしれません」


「ぐ。効いた。これは効いた。まさに晴天の霹靂。おれは死ぬかもしれない。いや死ぬに違いない。死ぬ。すぐ死ぬ。いま」


「おーっほほほ。愚民ども。ワタクシにそのような攻撃が当たると思って。神はのたまいたり。いまはまだ死す運命ではないと」


「そんな装備で大丈夫か?」


「やれやれ。本は読むべきもので投げるものではないよ。そんなのは、アシカの小骨を探してハコフグを伸すぐらいばかげてる」


 混乱を極めた状況におれはなす術もなかった。漫画か何かの主人公であれば「五月蝿い!」と檄を飛ばせば、それでぴたっと状況を収束させることができるのかもしれない。

 だが現実は、コトを始めた彼女のことすら制御できない、無力な自分がいるだけなのだ。無念にも川を流されていくかのように。


 おれは開いたまま止まっていた『世界の奇習と奇祭』に目をやり、現実逃避に数行読んでから、己を奮い立たせるようにこくん、とうなずいた。

 そして、立ち上がり、できる限りの大声を張り上げた。


「もう一時間経ったよ!」


 玄関から消防隊がやってきて、一斉に放水を始め、本は流され、血も流されて、そうして本祭りエル・リブロットが行われた時間のわずか三分の一ほどで状況は皆が求めるはずの図書館、あるべき姿へと戻ったのだった。


「でも水や湿気は本の大敵よね」

 水を滴らせた、おれの最愛の彼女は、にっこりと笑った。

 濡れ鼠の彼女は、同じくずぶ濡れの隣の椅子に腰掛け、手を伸ばした。

 額に、何かが押しつけられる。

「いま何したの?」

「一点。三〇点集めたら、アルクの白いお皿もらえるからね。それに」

 彼女がおれの皿を撫でながら、

「君はお水は大好きでしょ。ソレもそろそろ取り替えどきだしね」

 ウインクした。


 ……あと29回もコレやるの?

 やだなあ。

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